【英国判例紹介】Okpabi v Royal Dutch Shell ー親会社の注意義務ー
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
今回ご紹介するのは、Okpabi v Royal Dutch Shell事件(*1)です。
ロイヤル・ダッチ・シェルといえば、イギリスを代表する超巨大企業ですが、ここ数年、ナイジェリアでのスキャンダルに見舞われています。彼らのオイルビジネスが、周辺地域の自然や住環境を破壊しているとして、メディアからバッシングを受けているためです。
例えば、こちらの記事が詳しいです。
今回はこの騒動の中身には深入りせず、実際に進行中の裁判の内容にフォーカスして、解説していきたいと思います。
なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。
事案の概要
怒れるナイジェリアの住民たち
この事件は、ナイジェリア・リヴァース州のオガレという共同体の長であるEmere Godwin Bebe Okpabi氏が共同体の住民を代表して、また、ビレという共同体の住民2335人が、原告となって、シェルグループを訴えたものです。
シェルの子会社であるSPDC(以下「シェル・ナイジェリア」)は、石油パイプラインとインフラを運営するナイジェリア法人です。原告らによれば、シェル・ナイジェリアは、海岸線沿いで石油の漏出を起こしており、環境破壊と汚染を引き起こしていました。そこで、原告は、シェル・ナイジェリアに対して損害の賠償を求めるだけではなく、シェル本社も被告に据えました。その理由は、シェル本社はシェル・ナイジェリアの操業に重要な支配を行使しており、同じく漏出防止の義務を負っていたと、原告が考えたからです。
もっとも、原告は、シェル本社をメインの被告、シェル・ナイジェリアをサブの被告として、英国の裁判所に訴訟を提起しました。
シェル・ナイジェリアへの域外送達
サブの被告であるシェル・ナイジェリアは、英国の裁判所にとっては、域外の当事者であり、シェル・ナイジェリアを訴訟に巻き込むには、裁判所の許可が必要でした。そのため、原告は、裁判所に対して、原告の訴状をシェル・ナイジェリアに送達することの許可を求め、裁判所はこれを許可します。
これに対して、シェル本社は、そもそもナイジェリアの石油漏出の防止の義務を負っておらず、原告のシェル本社に対する請求が成立しないのは明らかであり、シェル・ナイジェリアへの送達も認められるはずがないと反論し、許可の取消しを求めます(*2)。
原審では、シェル本社の反論が認められたため、原告が抗告を行います。抗告審では、控訴裁判所は原審のアプローチの誤りを認めたものの、改めて審理を行い、やはり、シェル本社は、石油漏出の防止の義務を負う余地はないとして、判断を維持しました。
事件は最高裁へ
原告はシェル・ナイジェリアへの域外送達を引き続き争います。
事件は、いよいよ最高裁までたどり着きます。
争点:控訴裁判所の審査のアプローチは適切だったのか?
読んでいて不思議に思われた人もいるはず。
実は、原告と被告は、まだ裁判所で戦っていません。訴訟以前の問題として、訴状の送達の是非を争っているのです。
例えるなら、武道館でのボクシング勝負について、ボクサーたちが、そもそも武道館を使用できるか否かを口論しているようなものでしょうか。
実は、国際的な訴訟や仲裁は、このタイプのやり方で争われることが多いです。管轄が異なる者同士の紛争という性質から、裁判の開始に関して慎重な内容の規定が設けられていることが多く、訴えられた側としては、規定の隙を付きやすいのでしょうね。
ミニ裁判となった控訴審
本件は、いわば裁判の前提の問題を審理する手続に関する紛争であり、本来は迅速に裁判を進めるべきです。原告の請求が認められるか否かは、本手続の場で審理されるべきであり、それはこの場でねちっこく争われるべきではないはずです。
しかし、原審と控訴裁判所での審理には、なんと2000枚の陳述書と8個の証拠ファイルが提出されていました。判決ではミニ裁判と形容されています。
裁判所の判断
最高裁は、シェル・ナイジェリアへの送達を認めました。
判決文では次のように述べられています(*3)(太字はぼく)。
続けて、「請求の裏付けとなる事実の主張は、明白に真実でないか裏付けがない例外的な場合を除き、受け入れられるべきである」とも述べています。
こうして、控訴審の判断には誤りがあったとされました。
考察
裏争点:子会社の不法行為についての親会社の責任
本件の当事者は、形式的には、シェル・ナイジェリアへの訴状の送達の可否について争っていたものの、実質的には、原告が主張するシェル・ナイジェリアによる石油漏出について、親会社であるシェル本社が責任を負うのか、と言う点が争われていました。
この点、控訴審は、親会社であるシェル本社に注意義務が生じる余地は無いと結論付けていました。
しかし、最高裁は、そうは断じていません。
親会社による支配がどの程度及んでいたのかという観点から、一般的な過失の原則を強調しています。
本番(?)の裁判ではどういう結末を迎えるのでしょうか。
今後の行方を注視する必要がありますね。
ナイジェリアの住民は、なぜシェル本社に請求したいのか?
理由は、子会社と親会社では、財布の大きさが桁違いだからです。
シェル・ナイジェリアとシェル本社は、同じグループの企業とは言え、別々の法人です。つまり、原告がシェル・ナイジェリアとの裁判に勝ったところで、得られる賠償金の上限は、事実上、シェル・ナイジェリアの資産が上限ですが、シェル本社に請求できるのであれば、心配いりません。
逆に、シェルのように英国に本拠を置くグローバル企業の立場からすれば、世界中の子会社の不法行為について、本社にまで直接銃弾が飛んでくるのは、相当な脅威ではないでしょうか。
もちろん、親会社とはそういうものと考えるのも一つの価値観です。他方で、子会社は別の法人なのだから全て面倒を見るギリは無いと考えるのも一つの価値観だと思います。
おわりに
本件、ぼくが調べた限りだと、2023年4月のこちらの記事が直近の状況を伝えています。まだまだ審理中のようですね。
原告の代理人によれば、本件の決着は、2029年ごろまでずれ込む可能性があるそうです。英国の訴訟費用は本当に桁違いなので、原告の資金がもつのか心配です。
なお、シェルはシェルで、石油漏出の主な原因は、パイプラインの石油の違法な引き込みや妨害行為にあると反論しています。
このように、事態は混とんとしていますが、シェル本社に責任が認められる形で本件が終結することがあれば、英国に本拠を置くグローバル企業にとってはきっとアンハッピーだろうなと思います。
お読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。
【注釈】
*1 HRH Emere Godwin Bebe Okpabi and others v Royal Dutch Shell plc and another v International Commission of Jurists and others [2021] UKSC 3
*2 この反論の意味するところをもう少し詳しく説明すると、民事手続規則の運用指針6Bの3.1(3)が、「原告と被告(注:シェル本社)との間に、裁判所が審理することが妥当である現実の問題が存在」することを海外送達の要件の一つとされています。つまり、裁判所は、この要件を満たすと判断してシェル・ナイジェリアへの送達を許可したのです。シェル本社は、このような「裁判所が審理することは妥当である現実の問題が存在」していないと反論しているわけですね。
*3 Para 107
*4 Para 146
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