Dolby Atmosの衝撃

久しぶりに音楽の魔法にかかってしまって、どう言葉に表していいかわからない。Apple Musicが新しく開始した空間オーディオ音源の配信「Dolby Atmos」で頭がいっぱいだ。この度Apple Musicはロスレス(高音質)配信も同時に開始したが、ロスレス高音質音源の恩恵を受けるためにはまず聴く環境を整える必要があり、それなりにハードルは高い。それよりこの「Dolby Atmos」のサービスは気軽に体験出来、そして衝撃だった。

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あたかも音楽の中に居るかのような「没入する」という新しい体験の先に何があるのか、正直まだ掴み切れていない。手放しに素晴らしい、と言っていいのかも迷っている。なぜなら音楽との向き合い方は人それぞれだし、そしてシチュエーションによって違うからだ。しかしながら音楽の楽しみ方が新しく拡がった事は確かで、少なからず作る事をしている立場としてはこの新しい音楽体験にある程度見識を持っている事は今後必要になるだろうと感じ、この記事を書いている。

さて、このDolby Atmosによる音楽体験は、Apple Musicに登録している人、ヘッドフォンを持っている人ならすぐに体験できる(ミュージックの設定からDolby Atmosを“常にオン”に、基本的にイヤホンやスピーカーでは効果が薄い)。「空間オーディオ」と書いてあるプレイリストを検索すると、対応している音源を楽しめる。AirPods Proなどの一部の対応製品では音源により自動で切り替えてくれる。また、立体音響の規格としてはもう一つSONYの「360 Reality Audio」があり、Amazon music HDなどの他の有償サブスクリプションサービスでも提供が開始されているようだ。

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立体的な音の知覚

そもそも人間は音をどう知覚しているのか。不思議な事に我々は顔の両側のたった2つのセンサーで、音の左右だけでなく、距離感や上下前後の奥行きを判別している。耳の近くで鳴った音か遠くで鳴った音なのか。目の前で鳴った音か、頭の上か、はたまた頭の後ろで鳴った音なのかを感じ取る事が出来ているのだ。これには耳介と頭の形が大きく関わっている。空間による反射の影響や、左右の耳への到達時間や音質の違いもある。ちなみに低い音は回析しやすいので、高音の方が方向を特定しやすい。(→HRTF・頭部伝達関数を参照)

こうした音を認知する仕組みに着目した立体音響の録音技術は100年近い歴史があり、特に目新しいものではない。バイノーラル録音などと呼ばれるこの技術は、一般的に人間の頭部模型(ダミーヘッド)の鼓膜部分に設置したマイクによって録音し、その音をヘッドホンで聴く事で立体音響を楽しむ、という方式のもので、昔から「耳で聴く恐怖の館」のような遊園地アトラクションでも使われてきた。近年では流行りのASMR、Vtuber界隈などで100万円以上するNEUMANN KU100というダミーヘッドマイク(いわゆるダミヘマイク)が垂涎のアイテムとなっていたりもする。しかしいずれにしても実験的な面白みや、環境音などを楽しむのが主流で、楽器や音楽の録音技術としてダミーヘッド録音はあまり進化して来なかった。楽器の録音には楽器や個人の特性に合わせたマイクが選ばれるからであろう。

それが近年、ダミーヘッドマイクに頼らずコンピュータ上での立体音像処理が可能となり、その結果ついにこのDolby Atmosによる新しい音楽体験がもたらされた。楽器に適したマイクで録った音を、あるいは過去すでに収録した音源なども信号処理により任意の方向や距離、立体的に定位する事が出来るようになったのだ。少し離れたボンゴのタイトなリズム、目の前のギターの繊細なタッチ、迫り来るようなボーカルの息遣いも、音像の奥行き感によりそれぞれが際立って聴こえるようになった。

立体音響をどう楽しむか

個人的な感想としては、生の楽器をスタジオ録音した音源の立体音響化がとても面白い。70年代のRockやPops、Soulのような聴き慣れた音の重なりが立体的に散らばり、あたかも新しい音楽を聴いているような発見の連続で目眩がするほどである。少し”処理された音”という印象は残るが、ごく小さなタッチノイズやブレスノイズまで目の前で鑑賞しているように聴こえてくる。また、シンセサイザー音が中心のtechno等electro musicでも、音がこの世に産まれる瞬間を目の当たりにするような新しい感覚に襲われる。クラシック音楽などのオーケストラ音源では全身が包み込まれるようだ。

音楽の没入体験、新しい体験ではあるのだが、冒頭に書いた通り、何もかも素晴らしいかどうかはわからない。気楽に聴いていたくても、驚きに襲われて音楽に意識が向いてしまうのだ。今この文章を書きながらも聴いていたが、しばらくしたら気になってしまって聴くのをやめたほどだ。

さらに私にとって良くないのは、このDolby Atmosの体験は、私の持っていないAppleのAirPods Proの使用で真価を発揮する、という事だ。AirPods ProでDolby Atmosを聴くと、頭の動きにより音楽の聴こえ方が変わるというダイナミック・ヘッド・トラッキング機能がサポートされている。AirPods Proの最新機種の発売は2019年10月、来年新型が発表される予定だ。今は買う時期としてはとても中途半端。しかしもう欲しくてたまらないのだ。もうカートに入っている……。

この技術は新しい録音音楽表現を切り拓くのか、エンターテイメント体験として大きな潮流となり得るのか、とにかく気になって仕方ない。

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