戦いの裏で~都知事・都議補選を振り返る【無料公開】
5日に投開票された東京都知事選と都議補選では、違反すれすれの選挙ポスターが騒動となるなど「選挙のエンターテインメント化」が進んだ印象だ。政治不信に歯止めがかからない中で、コロナ禍の選挙は何をもたらしたのか。有識者と振り返る。
(上)選挙ポスター/別人の写真、胸の谷間…《2020年7月14日号》
今回の選挙では立候補者の選挙ポスターに有権者からの注目が集まった。
代表事例の一つが「ホリエモン新党」公認で出馬した「NHKから国民を守る党」(N国)党首の立花孝志氏ら3候補のポスターだ。立花氏以外の2候補は立候補していない実業家・堀江貴文氏の顔写真を前面に出し、立候補者の名前の記載がない上、届け出番号が連番で、堀江氏がひときわ目立つ形になっていた。
都選管は「公職選挙法上の問題はない」との見解だが、告示日直後から同選管には抗議の電話が殺到し、職員が対応に追われたという。
また、同党は北区の都議補選に立候補した新藤加菜氏のポスターに胸の谷間を強調した写真を採用。区選管には「なぜあんなポスターを許可したのか」「子どもに悪影響を与える」などの抗議が100件以上寄せられたという。
立花氏は本紙の電話取材に、「当初は堀江氏本人が立候補する予定だった」と明かした。だが、事実上の公約集となる書籍の販売が選挙の事前運動に当たる可能性があり、「捜査当局が動くという情報が入った」として立候補を断念。都選管への確認や堀江氏本人の許可を得て起用したという。
一方、新藤氏の写真については、「本人の将来のためにも当初は採用するつもりではなかったが、本人の意向を最終的に尊重した」と釈明。「得票率が4%もあったのは選挙に関心のない人に一定の効果があったからではないか」と振り返った。
公職選挙法への抵触が疑われる事例もあった。北区の都議補選に都民ファーストの会公認で出馬した天風いぶき氏は、同氏の顔写真とともに推薦人として小池知事の顔写真を掲載。「知事選に出馬中の現職の写真を他の選挙ポスターに掲載するのは公平ではない」と他の都知事選候補者から批判が上がった。区選管は「公職選挙法上、100%大丈夫とは言えない」と注意したが、そのまま掲示に至ったという。
公職選挙法に詳しい一橋大学の只野雅人・法学研究科教授は選挙ポスターについて、「有権者に政治的なメッセージを伝えることが目的。過激なポスターによる活動を否定はしないし、手法は様々あっていいが、そのメッセージが不明確なものや候補者の名前すら書かれていないものはポスターの在り方が問われる」と指摘。「最終的には有権者の判断だが、選挙は公費を使うため、今後はポスターに候補者名を記載することなど最低限のルールを設けるべきではないか」と提言した。
(下)若者の政治参加/「変わらない」あきらめ漂う《2020年7月17日号》
都知事選の投票率は55・00%で前回を4・73ポイント下回った。新型コロナウイルスの感染防止で外出を敬遠したことや街頭演説の自粛、選挙報道の少なさで全体的に盛り上がりに欠けたことなどが要因とみられる。そうした中、東京の将来を担う若年層はどう行動したのか。
東京都立大学の男子学生(23)は今回、投票に行かなかったという。就職活動が難航し、選挙どころではなかったようだ。「就職活動を終えた友人は投票に行ったようだが、今年は就職活動が厳しい。投票に行かなかった学生は多いのでは」と話す。
別の投票しなかったという男子学生(20)も「結果が見えていたし、現状に不満も特にない。それに、そもそも知事選で劇的に生活が変わるとも思えない」と淡々と話した。
リベラル政党を支持している男子大学院生(23)は「投票したいと感じる候補が不在で、泡沫候補に投票した」と話す。「おふざけなしなら、小池氏に入れたが、知名度が高い現職が有利。関心がない人には知名度の差は大きい」と語った。
ある主要候補の選挙演説では、聴衆の大半が20代後半以上で、学生の姿はほとんど見られなかった。報道各社の出口調査で10代の票の大半が現職に流れたと軒並み報じられた。
若者視点の政策提言などを行う日本若者協議会の室橋祐貴・代表理事は、今回の選挙での若者の行動について「コロナという危機の途中で知事を変えるのはどうかという安定志向が働いた上、結果が見えていたため、投票する意味が見いだせなかった。争点となったコロナ対策も若者が当事者意識を持てなかった」と指摘。「Tik Tokなどネットツールを活用して注目を集めた候補もいたが、政策が見えず、投票先にはならなかった」と分析する。
若者はなぜ投票しないのか。室橋氏は「行政に対して期待値があまりに低く、政治に関わることで社会が変わるというイメージがない」と説明。海外では主権者教育が進んでおり、若者が立案した政策に予算が計上される国を例に挙げ、「若者評議会(ユースカウンシル)を設置するなど、行政が若者の意見を政策に反映する機会を創出することが必要だ」と述べた。
一方、投票に行ったという都立大の男子学生は「『ベストではないがベター』という理由で現職に投票した。友人らも『良いことはしていないが、失敗もしていない』などの理由で現職に投票した」という。
こうした傾向について、室橋氏は「今の10代や20代前半は、40~50代と比べて、より現実的で冷静な判断をする傾向がある。『ばらまき』を公約に掲げても、それになびくほど今の若者は甘くない。政党内で若者を組織化するなど日々の活動でどれだけ若者を巻き込んでいけるかが重要だ」と語る。
今回の都知事・都議補選は、有権者の関心を引こうと奇抜な選挙運動に走る候補者に若者らが冷ややかな視線を送り、「他よりもマシ」などの消極的な理由で現職に票を投じるなど、コロナ禍の下で政治への無関心が際立つ結果となった。政治家は今回の戦いの裏側で起こった出来事に目を向け、民主主義が直面する厳しい現実を受け止める必要があるだろう。