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クルマの神様が目の前にいた話
故・徳大寺有恒さんに多大な影響を受けました。
クルマに本格的に興味を持ちはじめたのも。工業デザインというものがあるということも。階級というものがあるのも。ブランドというものがあるというのも。国で文化も服装もスタイルの違いがあるということも。経済も、歴史も。あらゆることをクルマという存在を媒体に教えてくれて目を向けさせてくれて自分のちっぽけな世界を拡張してくれたのが徳大寺有恒さんとその本でした。
そんな背景もあって定期的に送られてくるQuoraのメールで「徳大寺有恒」の文字を見かけてしまい、思わずROM専だったQuoraで初めて解答を書いてしまったのがこちら。
故徳大寺有恒さんの「間違いだらけの車選び」シリーズは参考にしていましたか?参考になりましたか?
自動車には人々の足となる機能以外にも文化、文明、ブランド論、社会学、環境、エネルギー、地政学など様々な視点で語ることのできる稀有な工業製品でしょう。「愛車」という言葉でクルマを表現するのは一般的かと思いますが、クーラーや冷蔵庫に「愛クーラー」「愛冷蔵庫」とは言わないと思います(言ってる人を否定するものではありません)。このことからもクルマは個人の好みや重視するものが多様で、文化的側面があることはお分かりいただけるかと思います。
これを前提に御説明いたしますと、徳大寺有恒氏が偉大だったのはこうした視点を日本で初めて明確に主張して提示したことにあるかと思います。もちろんそれまでもカーグラフィック創刊者にして主筆の小林章太郎さんなどもおられます。ですが、徳大寺有恒氏ほど様々な文化的形而上的側面を橋渡しし、縦横無尽に語った方はいないでしょう。また、あまりに趣味と審美眼に長けている方でしたので当時では彼の”テイスト”はハイレベルかつハイコンテクストすぎて一般的に理解されなかったのではないかとも思います。当の私は小学一年生の頃から小遣いで「間違いだらけのクルマ選び」やモーターファン誌、カーグラフィック誌などを買うようなヘンな子供でしたが、氏のテイストの凄さを理解できたのは20年も30年も後の氏が晩年となられる頃でした。
そして、氏は「間違いだらけのクルマ選び」という単なる自動車の評論の本、本来ならばバイヤーズガイドを毎年何十万部というベストセラーにし、民放テレビ局にまで出てお茶の間に自動車評論という存在を知らしめたのです。
また、バイヤーズガイドとして役に立つたたないは、人によるでしょう。全ての人に役に立ってバイヤーズガイドは存在し得ないと思います。なぜらな全ての人の好みと求めるものが違うから。例えばラーメンガイドブックなどを選ぶ時のコツですが、自分が美味いと思ってるラーメン屋の評価を見て自分が感じてることと同じように褒めているガイドブックを買うのがコツです。なぜなら、その筆者と好みが合うからそのガイドブックはその人にとって役に立つでしょう。
ですので徳大寺氏とクルマの好みや求めるものが近しい人にとっては有効なバイヤーズガイド、合わない人にはダメなバイヤーズガイドになると思います。個人的には「間違いだらけの…」は参考になると思ってましたが、バイヤーズガイドというより比率としては読み物として面白いものという解釈で読んでいました。
また、徳大寺氏はバブル後の日本車、特に直後の経済縮小による開発コストと時間の切り詰めによる没個性化した小型車を指して「将来自動車は家電のような存在になるかもしれぬ」ですとかミニバンに対して「これからの日本の自家用車の主流の一つになるであろう」(表現はうろ覚えです)というようなことをおっしゃってました。この辺り個人的には20年を経て読み返すとまさに「よげんのしょ」であったと思います。
最後に。
徳大寺有恒氏のエッセイ集「ダンティトーク」に掲載されている英国車ジャガーのブランド論を記したエッセイは、その論の展開のダイナミズム、語彙・表現の鮮やかさ、リズム感の素晴らしさにおいて、日本語で書かれた空前絶後並ぶもののない原稿だと思います。私は寡黙にしてこれを超える日本語で書かれたクルマの原稿を知りません。
絶版ですし電子書籍化もされてませんが、機会があれば是非御一読をお勧めいたします。今後、このような方は出てこないでしょう。
とあるクルマの発表会にたまたま潜り込んだとき、ゲストにいらした晩年の徳大寺有恒さんをお見かけしました。勇気を出して話しかけました。
「初めまして徳大寺さん。あなたのせいでクルマ好きになってしまいました。寝ても覚めてもクルマのことを考えてます」
過去の自分よ、ちょっと待て。いきなりのキミのそれは不審者そのもののムーブだぞ。
でも、当時はそういうしかなかったのですよ(笑)
そして、徳大寺さんは私をじっと見ていいました。
「そうですか……。それは良かったです。もっともっとクルマを好きになっていただけますか」
クルマの神様は目の前にいたのです。
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