三光作戦の証言者

新聞記者になって間もない、駆け出しの頃、ある取材に赴いて衝撃を受けたことを思い出す。それは、週末の土曜か日曜のどちらかでした。その頃勤めていた新聞社では、週末の紙面をその日あった行事で埋めるため、土日出番の記者たちに何本かずつあらかじめ予定されている取材を割り振る慣習がありました。だから私は自分でそのイベントの取材を選んだわけでもなく、ただ手に持たされた一枚の案内チラシを頼りに、さして事前の準備もせずに会場に出向いたのです。
イベントの主催者は「札幌郷土を掘る会」といいました。ひな壇には、小太りの初老の男性が背広姿で座っていました。初老に見えたのですが、実際は70代の前半でした。男性は、自身が所属していた陸軍の部隊が中国で行った蛮行について語るため、そこに呼ばれていました。
男性は、問わず語りに落ち着いた口調で当時の状況を説明していましたが、自らが犯した残虐な行為を語る段になると、涙にむせびながら体を震わせ、何とか声を絞り出し、中国の民間人を次々と刺し殺した時の様子を明かしていったのです。
男性が具体的に何を語ったのか。記憶をさらに呼び戻そうと探してみたところ、当時の記事が見つかりました。以下に引用してみます(一部固有名詞などは省略)。

 札幌の歴史を発掘している市民団体「札幌郷土を掘る会」が18日、「戦争体験を語り継ぐ会」を札幌市中央図書館で開き、元日本軍兵士で旭川市の会社員Aさん(71)が自らの生々しい戦争体験を語った。
 今年のテーマは「日本は中国で何をしたか」。参加した若者からお年寄りまで約80人は、七三一部隊(石井細菌部隊)をモデルにした戦争映画を見た後、中国で軍の三光政策にかかわったというAさんの証言を聞いた。
 Aさんは「軍事教育で人間の心が失われていた。私は畑の中に身をひそめていた幼い子供から老女まで銃剣で次々と刺し殺したが、その時は早く手柄をたてて出世したいという気持ちだった」と、戦争の狂気を反省を込めて語った。

三光政策(三光作戦ともいいます)とは、当時日本軍が中国で行った掃討作戦をさします。「焼きつくし、殺しつくし、奪いつくす」こと。この記事には、そんな説明も一切ありません。文字数にして300字余り。12字詰めだと25行程度の短い記事でした。目の前で語られた証言は、重大で中身が濃かったにもかかわらず、こんな程度しか伝えられていない自分がほとほと情けなくなります。今となってはアジア各地で日本兵が行った残虐行為一端を伝える貴重な証言に違いないのに……。そんな忸怩たる思いもまた、こんな昔の取材の記憶を今に残している理由の一つなのだと思います。とにかくその頃の私は、戦争のことを何も知らず、記者としての技量があまりにも未熟だったのです。

私自身の苦い思い出はさておき、30年前に書かれたこの記事を今さらながらにほじくり返して載せたのは、当時はまだこういう戦争体験をした人が身近に少なからずいて、その記憶を後世に残そうと活動する市民団体が存在し、その要請を受けて証言に立つ元兵士もいたということを思い起こしてほしかったからです。
戦後78年たって、当時のことをきちんと語ることのできる元兵士は本当に少なくなりました。
8月になると、マスコミ各社は戦争の記憶を語り継ぐ特集記事を一斉に載せます。その暑い夏には、広島、長崎の原爆忌、終戦の日があるからです。それは「8月ジャーナリズム」などと揶揄もされ、一過性の報道には批判もありますが、私は全く意義のないことだとは思いません。日々様々なニュースがちまたにあふれる中、むしろ、この時期くらいは戦争について考えてもらう特集記事が紙面を埋め尽くしていいと思っています。
ただ、今の時代、戦争の記憶をとどめる人たちを探し出して新聞で取り上げるとなると、どうしても幼かった頃に原爆や空爆を経験し、ひもじい生活を強いられた話が中心にならざるを得なくなります。そこには確かに戦争の悲惨さはあるのだけど、戦争被害者としての経験ではなく、日本の軍隊が近隣諸国でどんな野蛮なことを行ったのか、戦争がいかに理不尽なもので普通の人間を狂気に導くのかをリアルに伝えられる人が本当に少なくなった。いや、ほぼいなくなったといっていいように思います。

そして、このAさんの証言には、今につながるとても重要な要素があります。Aさんは、幼子や老女ら日本軍に危害を及ぼす可能性の低い民間人を次々と刺し殺した理由について、軍隊内での立身出世のためだったと明かしました。軍隊に限らず、大きな組織は個人をのみ込んでしまいます。それは官僚化という言葉に言い尽くされています。
日本の軍隊は極めて官僚化された組織でした。そして、軍事教育では、命令には絶対服従とし、戦場でいかに効率よく敵国人を殺すことができるかに特化して精神面を鍛えます。鬼畜米英をうたい文句に、捕虜を相手に竹槍で突き殺す訓練を繰り返して、人間に残っている良心を消滅させようと努めるわけです。そこに、立身出世の道をぶら下げて、競争原理も巧みに働かせていました。

21世紀となった現代にあっても、一定規模の従業員を抱える役所や会社で組織的な不祥事が明るみに出た時、なぜ、こんなにも普通の、優秀な人たちが不正行為に及んでしまったのだろうかと驚くことが多々あります。ちょっと立ち止まって考えれば、誰だって問題だと気づくはずではないか、と。そうした時、個々人に理由を問うと、決まって「自分は命令に従っただけだ」「命令に背くと会社で生きていけなくなる」「そうするしかなかったんだ」などと言い訳が先に立つのです。

付け加えて言うならば、新聞社をはじめとした歴史のあるメディアもまた、官僚化のくびきから逃れられなくなっています。それは、紙面にも投影されています。個人としてのジャーナリスト精神が組織の中に埋没されてしまっている。新聞社から、かつてのような勢いが失われ、そして面白い記事が減ってしまっている理由の一つはそこにあるように思います。


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