見出し画像

NY駐在員報告  「情報スーパーハイウェイ(その4)」 1997年6月

 先月に引き続き、情報スーパーハイウェイについて報告する。

失われた楽園

 かつてインターネットは、研究者や技術者、教育関係者のネットワークという色彩が濃かった。手元にある統計を見ても、91年7月当時、米国内のインターネットに接続されているホストコンピュータに教育関係機関(ドメイン名がeduのもの)の占める割合は48%であり、民間企業の割合(ドメイン名がcomであるもの)は34%程度であった。ちなみに、教育関係機関(edu)の割合より、民間企業(com)の割合が大きくなったのは94年10月からである。教育関係機関の割合は、時間とともに縮小しており、97年1月には全体の約26%まで低下している。

 アカデミックなネットワークであったインターネットは、90年代の商用化によって、世界を覆う巨大なネットワークに発展するとともに、大企業から家庭の主婦や子供までが利用する万人のためのネットワークになっていった。研究の成果が生かされてネットワークが成長していくことは、ネットワーク研究者にとって喜ばしいことであったと思われるが、それは、よいことばかりではなかった。商用ネットワークの発展によって、連邦政府の研究・教育用ネットワーク支援の考え方が変化したからである。

 インターネットが生まれてから90年代半ばまでは、研究のためのバックボーン・ネットワークは連邦政府によってサポートされていた。ARPANETやNSFNETなどである。ちなみに、86年に構築されたNSFNETのバックボーンネットワークの回線速度は当初56kbpsであったが、88年には約1.5Mbpsに強化されている。現在のバックボーンの100分の1から400分の1程度しかないが、インターネット接続ホストコンピュータ数も5万程度と現在の300分の1の規模であり、当時はWWWもブラウザソフトも発明される以前で、画像情報や音声情報の利用が現在よりはるかに小さかったことを考えれば、十分な容量があった。余談だが、当初NSFNETは、情報技術関係の研究者に限定されていたが、88年にすべての研究者、教育関係者に解放された。これを契機にNSFNETの利用者数が爆発的に増加し始めたため、ネットワークの運営をNSFから委託されていたANS(Advanced Network & Services)社は、91年から92年にかけてバックボーン回線をT3回線(45Mbps)にグレードアップしている。

 80年代後半から90年代前半にかけて、NSFNETは研究者や教育関係者にとって必要不可欠な情報スーパーハイウェイであった。しかし、商用ネットワークの発展にともない、連邦政府は、研究・教育関係者ならNSFNETを無料で利用できるという方針を変更した。NSFは、95年5月以降、一般の研究者や教育関係者のためのバックボーン・ネットワークであったNSFNETを廃止し、NSFがサポートしているスーパーコンピュータ・センターを結ぶ超高速のバックボーン・ネットワーク(vBNS:very high-speed Backbone Network Service)のみをサポートすることにした。つまり、アカデミックな利用でも、スーパーコンピュータセンターを利用する研究でなければ、商用のバックボーン・ネットワークを利用しなければならなくなったのである。NASAやDOE、DODの運営するネットワークは存続しているが、当然ながら利用は限定されている。

 したがって今日、多くの研究・教育目的の情報も、インターネットを流れる洪水の中で、他の情報と競い合って流れている。別に研究目的の情報だけが優先して流れる仕組みにはなっていない。インターネット上では、遠隔教育の実験をしている研究者も、週末の天気を心配してウェザーチャンネルのホームページをチェックしている主婦や上司に隠れてペントハウスのホームページを覗いているプログラマーと同等に扱われるのである。

 これまでインターネットを利用して情報、アイデア、プログラム等を交換し、共同研究を行ってきた研究者にとって、混雑が激しく、情報伝達が遅延するネットワークを利用することはとても耐え難いことに違いない。また、自分たちが(あるいは自分たちの仲間が)今のインターネットを創り上げてきたという自負を持っている情報技術分野の研究者なら、自分たちが創った世界なのに、他人がどやどやと入り込んで、自分たちが肩身の狭い思いを強いられるというのは理不尽だと感じていても不思議ではない。

 また、ネットワークが混雑していることが、実際に研究の進捗に影響を与えることもあるだろうし、先端的なアプリケーションの開発は、高速な通信環境を必要とするかもしれない。

 まあこれがプロジェクト発足の理由のすべてではないにしろ、こうした歴史的な背景があって、「インターネット2」というプロジェクトが始まったのである。

インターネット2

 インターネット2が生まれる契機になったのは、95年9月に開催されたMFuG (Monterey Futures Group) の会議である。MFuGは、「今のインターネットでは、大学や研究機関が必要としている情報伝達容量やサービスを十分に提供できなくなる」との結論をだした。この中核となったメンバーは、96年8月に、連邦政府の代表も入れた会議をコロラド州で開催し、この問題をさらに深く検討した結果、10月に「インターネット2」プロジェクトを発表した。
 インターネット2の目的を一言でいえば、大学の教育、研究機能の強化に役立つような次世代のコンピュータ・ネットワーク・アプリケーションを開発することにある。その次世代のアプリケーションが利用されるインフラになる次世代のインターネットは、現在のインターネットより100倍も1000倍も高速であると想定されている。ネットワークの速度が飛躍的に上がれば、画像がたくさんあるホームページの表示も一瞬ですむようになることは容易に想像できる。リアルタイムで動画の転送もできるだろう。しかし、それだけではないはずだと研究者は考えている。高品質なビデオ情報が容易に転送できるようになれば、動画や音声をふんだんに利用した(マルチメディア)教材を利用した遠隔教育が可能になる。遠く離れた研究者と膨大なデータを共有することも可能だし、コンピュータが創りだしたバーチャルな空間を共有することができれば、共同研究の形も教育も、製造業を含む産業にも大きな変化が生まれるに違いない。具体的にどのようなアプリケーションが生まれるのかを予言することは困難だが、超高速な次世代インターネットは、もう一つのパラダイム転換をもたらすかもしれない。インターネット2は、そうした夢を実現するためのアプリケーションを研究しようとしているのである。つまり、ARPANETやNSFNETを舞台に大学がアーチー(Achie)やゴーファー(Gopher)、モザイク(Mosaic)を生み出した時代を再現しようとしているプロジェクトだと考えると分かりやすい。

 このためには、まず第1に、研究者のための高速なネットワークが必要である。今のインターネットは、こうした研究をするにはあまりに混雑しすぎている。第2段階は、その高速なネットワークの上で、遠隔教育やヘルスケア、ネットワークをつかった共同作業に利用できる新しいアプリケーションを開発することである。そして第3段階では、今のインターネットにインターネット2の成果を生かし、ネットワークの進化を促進する。これがインターネット2のシナリオである。

 したがって、インターネット2は、今のインターネットを置き換えるネットワークでもなければ、新しいネットワークをつくることが目的でもない。現状では、NSFがサポートするvBNSを物理的なネットワークとして利用している。また、インターネット2のメンバーである大学でも、インターネット2プロジェクトに関係のないものは、通常のインターネットを利用することを誓約している。

 このプロジェクトに必要な資金は、メンバーとなった大学と企業パートナーによる拠出、連邦政府や州政府の助成金によって賄われる予定である。プロジェクトの発足が公表された時、参加大学数は34であったが、現在は110校を超えている。各大学は、このプロジェクトに毎年50万ドル資金を投じることになっているので、これだけで5500万ドル規模のプロジェクトになる。また、企業パートナーは、インターネット2のホームページを見ると、現在4社が名乗りを上げている。かつてNSFNETを運営していたANS社、ネットワーク機器大手のシスコ・システムズ社、ATM技術を用いたネットワーク構築で知られているフォア(Fore)社とIBM社である。例えば、シスコ社は97年4月9日に100万ドル以上相当のネットワーク機器とサービスをインターネット2プロジェクトに提供すると発表している。IBM社は5月21日に同様の発表を行い、350万ドル以上の協力を約束した。一方、連邦政府では、NSFがこのプロジェクトを支援しており、たとえば5月20日にNSFは、35の大学・研究機関に対して、高速バックボーン・ネットワークであるvBNSへの接続経費として、計1230万ドルの助成金を出すことを発表したが、この中には、インターネット2のメンバーである大学が24校含まれている。ちなみに、すでに20校のメンバーがvBNSに接続しているので、併せて44校が高速ネットワークに接続されることになる。

 この他、インターネット2への支援を約束している非営利機関が数多くある。たとえば、ノースカロライナ州のマイクロエレクトロニクスの研究所であるMCNC (Microelectronics Center of North Carolina) 、NSFのサポートするスーパーコンピュータ・センターの一つであるNCSA (National Center for Supercomputing applications) 、ニューヨーク州の教育・研究ネットワークであるNYSERNET、ワシントンDCからフロリダ州までの南東部13州にある41の大学のコンソーシアムであるSURA (Southeaaten Universities Research Association) 、ミシガン州の大学間ネットワークを運営しているMeritなどが、インターネット2に参加を表明している。

HPCC計画の評価とその後

 連邦政府は、このインターネット2の兄貴分(規模は大きいが、生まれは遅いので本当は弟分かもしれない)とも言えるプロジェクトを始めようとしている。
 ちょっと遠回りになるが、このプロジェクトを紹介する前に、3カ月前のレポートで紹介した HPCC(High-Performance Computing and Communications)計画のその後について説明しておく必要がある。研究開発プロジェクトとしてのHPCC計画は、91年HPC法案(High Performance Computing Act of 1991)が失効した96会計年度で終了した。クリントン・ゴア政権は、91年HPC法の延長を要求せず、またこれに替わる法案を議会に提出することもなかった。しかし、HPCC計画の一貫としてして進められていた研究は基本的に、新HPCC計画とも言うべきCIC(Computing, Information and Communications)計画に引き継がれることになった。

 終了したHPCC計画は(当然かもしれないが)連邦政府では、多くの成果を挙げたと評価されている。連邦政府の資料を読むと、たとえば、高性能なコンピュータ・システムに必要な基本的な技術開発は、5年前の最高速なコンピュータより1000倍も高速なスケーラブルな並列型コンピュータの開発に寄与し、並列コンピュータ用の高性能なツールやソフトウェアを生み出した。地球規模の気象モデルは、世界中に洪水、旱魃、冷夏などの異常気象をもたらすエルニーニョ現象の予測を可能にし、地域気象モデルはハリケーンの進路予測に利用された。高分子化学の分野では、種々のRNAの構造の解析・決定にHPCC計画で開発された技術が利用され、エイズウィルスや小児麻痺ウィルスなどの研究に役立った。製造業においてもHPCC計画の成果は有効に利用され、様々なシステムの設計やシミュレーションに要する時間を短縮した。ある航空機エンジンの場合には、設計に要する時間を半分にできたなどと紹介されている。この他、ルームサイズのバーチャル・リアリティ・システムである「ケイブ(CAVE)」や、現在のインターネット用のブラウザの原点となった「NCSAモザイク(Mosaic)」もHPCC計画の成果として挙げられている。

 つまり、「HPCC計画は満足できる成果を収めたので、個別のテーマは見直すにしても、引き続き高性能なコンピュータ・システムとネットワークの研究開発プログラムは継続すべきである」というのが、連邦政府の書いたストーリーになっている。では、次にCIC計画の概要をみてみよう。

CIC計画の概要

 旧HPCC計画は、次の5つの構成要素(サブ・プログラム)でできていた。(1) HPCS (High-Performance Computing System)
(2) NREN (National Research and Education Network)
(3) ASTA (Advanced Software Technology and Algorithms)
(4) IITA (Information Infrastructure Technology and Applications)
(5) BRHR (Basic Research and Human Resources)

 これに対して、CIC計画は次の5つの構成要素からできている。
(1) HECC (High End Computing and Computation)
(2) LSN (Large Scale Networking)
(3) HCS (High Confidence System)
(4) HuCS (Human Centered System)
(5) ETHR (Education, Training and Human Resources)

 HECCはCIC計画の中核ともいえるサブ・プログラムで、旧HPCC計画で言えば、従来型のスーパーコンピュータの限界を超えた計算能力をもつコンピュータ(ハードウェア)を研究開発のターゲットとするHPCSと、先進的なソフトウェアとアルゴリズを研究するASTAの2つを継承するものである。高性能なコンピュータシステムのハードウェアとソフトウェアを研究対象とするこの2つのサブ・プログラムの合体は極めて自然なものだと考えられる。CIC計画全体の予算は97年度で約10億ドル、98年度(要求額)で約11億ドルであるが、このHECCの予算が4割以上を占めている(表1、表2参照)。システム・アーキテクチャ、デバイス技術、システム・ソフトウェア、プログラミングやデバッグのためのツール、アプリケーション開発環境、シミュレーションやモデリング、映像化のための高性能なアルゴリズムなどが研究テーマである。長期的な目標としては、ペタFLOPSクラスの(1秒間に10の15乗の浮動点小数演算が可能な)計算とエクサバイト(10の18乗バイト)の記憶装置に必要な技術を開発することになっている。

 LSNは、旧HPCC計画のNRENとIITAの一部を継承するもので、高性能な広域ネットワークの構築と運営に必要な技術を研究対象としている。光通信はもちろん、高速なワイヤレス通信技術も含まれている。98年度からはNGI (Next Generation Internet) の研究がこのサブテーマに含まれることになっているのだが、このNGIについては後述する。予算的には2番目に大きなサブ・プログラムである。

 HCSに該当するサブ・プログラムは旧HPCCにはなく、新設のサブ・プログラムである。信頼性の高いコンピュータ・システムとネットワークを構築するための技術開発と考えてよい。キーワードは「プライバシー」と「セキュリティ」である。CIC計画の中では、もっとも予算が小さい(全体の約4%程度しかない)のだが、暗号に関する研究を含んでいることもあり、HCSの予算の約4分の1をNSA (National Security Agency) が占めている。

 HuCSに含まれている研究テーマの多くは、コンピュータ・システムをいかに身近なものにするかに焦点を当てている。バーチャル・リアリティやコンピュータに話し言葉や身振りを理解させるための技術、多言語技術、エージェント技術の他、電子図書館プロジェクトも含まれている。予算的には3番目に大きなサブ・プログラムである。HuCS予算を省庁別にみると、DARPAが4割以上を占めており、次がNSFなのだが、NIHの割合が比較的多いのが注目される。

 ETHRは、旧HPCC計画のBRHRを継承するもので、教育、訓練、人材開発がテーマである。

CIC計画の研究管理体制

 CIC計画を担当している連邦政府の委員会はCICC(Committee on Computing, Information, and Communications)である。このCICCは、連邦政府の科学技術政策の最高意志決定機関であるNSTC(国家科学技術会議、National Science and Technology Council)に属する委員会で、CIC計画だけでなく、通信やネットワークを含む情報技術に関する研究開発すべてを調整、監督、指導する役割を担っている。(ちなみに、NSTCはかつてのFCCSET (Federal Coodinating Council for Science, Engineering, and Technology) である)

 CICCの下には、2つの協議会と1つの小委員会が設けられている。FNC(Federal Network Council)と名付けられた協議会は、CIC計画の円滑な推進のために、NSFやDOE、NASA、DODがサポートしている(インターネットの一部である)ネットワークの運営・拡充を調整することを目的にしている。もう一つの協議会であるApplications Councilは、CIC計画から生まれてくる成果をいち早く連邦政府機関自身で利用することを目的に設けられている。つまりこの協議会では、CICの成果をどのように生かせるかを検討すると同時に、連邦政府機関が必要としているシステムに役立つような研究開発テーマは何かという問題も併せて議論している。CICCの下に設けられたCIC R&D小委員会が、CIC計画立案、予算、実行、評価の調整を行う委員会で、CICの各サブテーマに対応した5つのワーキング・グループを持っている。

 また、NCO for CIC(National Coordination Office for CIC)という事務局が設けられており、CICCだけでなく、2つの協議会、小委員会、その下の5つのワーキング・グループの活動をサポートしている。

NGI (Next Generation Internet)

 さて、かなり回り道をしてしまったが、問題のNGI(Next Generation Internet)計画の予算は、このCIC計画の98年度予算の中に含まれている。サブ・プログラムのLSNの中で、合計1億ドルが計上されている。
 NGI計画がホワイトハウスから公表されたのは、96年10月10日のことであった。NGI計画の目標は次の3つである。

1. 大学及び国立研究所を現在のインターネットの100倍〜1000倍速い高速のネットワークで接続すること
2. 次世代のネットワーク技術の実験を促進すること
3. 高速なネットワークを生かした新しいアプリケーションのデモを行うこと

 第1の目標は、2つに細分できる。100箇所のサイトをend-to-endで100Mbps以上の性能をもつネットワークに接続することと、10箇所のサイトをend-to-endで1Gbps以上の性能をもつネットワークに接続することである。CIC計画の事務局であるNCOでは、97年における大学、国立研究機関や研究パートナーの平均的なインターネット接続回線の速度を1.45Mbpsと推定している。したがって、100箇所のサイトを現在の約100倍の速度で、10箇所のサイトを約1000倍の速度で接続する計画だということになる。

 第2の目標は、先進的なネットワーク・サービスを可能にする技術を開発することである。例えば、QoS (Quality of Service) と呼ばれる技術が含まれるが、これは、end-to-endである一定の通信速度(バンド幅)を保証したり、パケットのロス、最大遅延時間などの通信の品質を保証するサービスで、次世代インターネット・プロトコルであるIPv6 (Internet Protocol version 6) でも採用されている。また、インターネットでも安心してプライベートな情報や企業機密情報を交換できるように、セキュリティと信頼性を高める技術も対象となっている。

 第3の目標は、次世代のインターネットの有用性を示すために、いくつかの分野での利用例を開発しデモを行うことである。現在、候補に挙がっているのは、ヘルスケア、教育、エネルギーや気象などの科学研究、環境、災害対策・危機管理、設計・製造などの分野である。

 このNGI計画の必要性について、連邦政府の資料はおおむね以下のように説明している。
 現在のインターネットは、ARPANETやNSFNETなどの連邦政府によるネットワーク研究の成果であり、少額の研究開発費が現在のインターネット関連の大規模な投資やビジネスを生んだ。しかし、現在のインターネットを支えている技術は、1億人のネットワークとして設計されたものではなく、いくつかの点で限界が見えている。メトカーフの唱えるインターネット崩壊説には異論が多いが、インターネットに危機が訪れていると認識している専門家は少なくない。増大するトラフィックは、通信の遅延をもたらし、ネットワーク研究を阻害するだけでなく、ネットワーク自体のさらなる発展の妨げにもなる。幸いなことに、多くの研究者は、将来のニーズに対応できる新しい技術やプロトコルを開発できると確信している。次世代のインターネットは、信頼性が高く、セキュリティも万全で、通信速度は現在の1000倍以上になることが望まれる。そうした目標を達成するには、プリコンペティティブでジェネリックな研究開発を数年間継続する必要がある。こうしたリスクの高い長期間の研究開発に、民間セクターの資金は期待することができない。したがって、連邦政府の研究開発プロジェクトとしてNGI計画を進める。

ささやかな問題点

 このNGIの予算は、年間1億ドル、5年間で5億ドルと計画されているが、このレポートを書いている時点ではまだ議会は承認していない。議会で指摘されている問題は、NGIが今一つ焦点を欠いたものになっている点と、インターネット2との違い、あるいは補完関係が明確になっていないことである。下院の科学技術政策を担当する委員会は4月初め、NGIの目的、必要性、各連邦機関の役割分担、米国の産業への寄与について詳細な資料を要求した。これに対して、連邦政府はCIC(HPCC)のウェブサイトを通じて、プロジェクトの詳細なプランなどを公開している。

 ただ、下院の科学委員会のメンバーの過半数は、このNGI計画を指示していると言われており、まもなく予算は承認されるだろう。それでも多少の問題は残る。NGI予算のほとんどは、既存の研究開発予算の再配分によって生み出されるのだが、下院はNGIの予算を含まないNSFの予算案を4月に承認している。したがってNSFの予算は、上院を通過する前に修正されることになるのだが、それに伴う問題が何もないわけはないだろう。

 また、こうしたNGIやインターネット2のような研究に連邦政府の予算を充てることを疑問視する声もないわけではない。例えば、EFF(Electronic Frontier Foundation)のマイク・ゴッドウィン(Mike Godwin)は、「インターネットはもはやそんな世界ではなくなっている。政府が研究に注ぎ込もうとしている資金をISPに与えれば、もっと早くより優れたネットワークを構築できるだろう」と述べている。

 細かなことだが、97年2月12日にクリントン大統領が発表したアドバイザリー委員会のメンバー構成に対する不満の声もある。28人の上院議員は5月28日、この委員会の構成について問題があると、大統領科学顧問のギボンズ(Gibbons)に手紙を送っている。この上院議員たちは、比較的人口の少ない州からの選出議員なのだが、委員会の20人のメンバーは人口の比較的多い8つの州から選ばれているからである。ちなみに、委員の州別構成は、カリフォルニア州11名、ペンシルバニア州とテキサス州がそれぞれ2名、イリノイ州、マサチューセッツ州、ミネソタ州、バージニア州、ワシントン州がそれぞれ1名となっている。

 こうした都市と地方の問題が研究開発プロジェクトに絡んでくるのは、少し不思議だと思われるかもしれないが、上院が開催した公聴会でも、ノースダコタ州立大学がインターネット接続用の十分な太さの通信回線のために支払っている料金は年間30万ドルにもなり、これは高速なアクセス・ポイントがあるデンバーのコロラド大学の3倍の料金であることが取り上げられている。

情報スーパーハイウェイの未来

 インターネットに端を発した「情報スーパーハイウェイ構想」は、クリントン・ゴア政権の誕生と共に脚光を浴び、92年前後にはCATV会社や電話会社が育ててきたインタラクティブTVというビジョンを吸収して膨張し、世界中に期待と夢をばらまいた。しかし、インタラクティブTVの実現が早期には困難であることが判明すると、幾何級数的な発展を続けてきたインターネットこそが情報スーパーハイウェイであるとの認識が生まれ、電話・CATV事業者も本格的にインターネット関連事業に乗り出した(インタラクティブTV最大の実証実験であったタイム・ワーナー・エンタテイメント社のFNSも97年4月で実験を終了した)。無論、いつかは技術の進歩とともにインタラクティブTVの夢が、再度現実味を帯びてくるだろう。ただ、それは90年代前半にCATV会社や電話会社が、想像していたものではなく、インターネット上のサービスになる可能性もある。

 ただ、インターネットの世界もすべてが順調に発展している訳ではない。当初、注目を集めた消費者向けのEC(エレクトロニック・コマース)も、多くの参入企業が期待したほど成長していない。例えば、IBM社が96年8月に開始したサイバー・モール「ワールド・アベニュー」は、97年6月に閉鎖されし、インターネット上で250万種類の書籍を販売しているアマゾン社の売上高は95年(7〜12月)の51.1万ドルから96年は1570万ドルに急増しているが、損益は95年が▲30万ドルの赤字、96年が580万ドルの赤字となっている。調査会社IDC社が96年11月から97年1月にかけてウェブ上で行った調査によれば、回答者の約3分の2はインターネット上でモノを買うつもりはないと回答しているし、約4分の3はインターネットを通じてサービスを購入するつもりはないと回答している。また、現在EC市場では、企業間取引(つまりインターネット EDI)が注目されており、これが短期的なインターネット・ビジネスの牽引役になることが期待されているが、インダストリー・ネットを運営していたネッツ社は倒産してしまった。(注:ここでは都合上、暗いニュースばかり並べてしまったが、逆に明るいニュースだけを並べることもできる)

 ただ、インターネット接続ホストコンピュータは(伸び率がやや低下する可能性が高いが)着実に増加するとみられており、こうした裾野の広がりが、当面のインターネット・ビジネスの糧となり、新技術の誕生を促し、インターネットを進化させていくに違いない。楽観的かもしれないが、中長期的には、大学主導のインターネット2や連邦政府のNGIといったプロジェクトから生まれてくる技術が、超高速なネットワーク・アクセスを可能にし、人々のコミュニケーションを、ビジネスを、教育を、そして社会をよい方向に変えていくことを期待している。

【参考文献等】
「情報ハイウェーからインターネットへ」−米国情報通信インフラの新しい体系−、ワシントンコア、 1997年1月
「ディジタル・ウォーズ」ダニエル・バーンスタイン&デヴィッド・クライン著、鈴木主税訳、三田出版
「米国における電気通信関連事業の規制に関する調査」JETRO New York機械工業部
「マルチメディア 巨大市場の実像」那野比古著、NTT出版
「マルチメディア最前線」日経産業新聞編、日本経済新聞社

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?