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米国のインターネット・サービス・プロバイダー (1995年 Doors)

100以上のプロバイダー

 「米国にはいくつのプロバイダーがありますか?」という質問を受けてうろたえたことがある。この時の質問のプロバイダーとは、インターネットへの接続サービスを提供する「インターネット・サービス・プロバイダー(ISP) 」のことだ。厳密に区分されているわけではないが、米国ではこの他に、インターネット関係のソフトウェアを開発したり、ユーザにコンサルティング、技術的サポートを提供する「インターネット・サポート・プロバイダー」とインターネット上で情報を提供する「インターネット・インフォメーション・プロバイダー」がある。この質問を受けた時には、「94年5月にニューヨークに赴任したときに、ニューヨークのプロバイダーを調べたのですが、その時にはニューヨーク市周辺だけをカバーしている比較的小さなプロバイダーだけで6つもありましたから、全米ではかなりの数になると思います」と答えてその場をごまかしたのだが、それ以来、ずっと気になっていたので、95年3月に思い切って調査することにした。インターネット関係の本から基本的なリストを作成し、インターネット上にあるいくつかのプロバイダー名簿と照合し、追加、訂正する作業を行った。しかし、これはまったくの徒労に終わってしまう。なぜなら作業をしている期間中に、プロバイダーのサービス内容や料金が変更され、新しいプロバイダーが生まれ、あるいはプロバイダーの名前が変更になってしまうからだ。作業がエンドレスになることに気付いた時、手元には100以上のプロバイダーの名前とそのサービスの概要をまとめたリストができていた。それで今は、「100以上あります」と答えることにしている。

 これらの中には、全米をカバーする大手のプロバイダーもあれば、一つの都市だけをサービスエリアにしている小さなプロバイダーもある。大手の企業を相手に専用線による接続をサービスの中心にしているところもあれば、電話回線によるアクセス(ダイヤル・アップ)だけをサービスしているところもある。

 料金は様々だが、個人向けのサービスであれば、ダイヤルアップ接続で月20ドル前後、PPPなどのダイヤルアップIP接続で月35ドル前後というのが定額料金の相場になっている。かつては利用時間の制限を設けない定額制をとっているプロバイダーが大半だったのだが、最近は基本料金(通常数時間の利用料を含む)と超過1時間当たりの料金という課金制度を採用するプロバイダーも増えている。時間当たりの料金は、安いところで1ドル、高いところで6ドルと思っていたより差がある。

ちょっとした歴史

 商用インターネットの歴史を無理やり遡ると、インターネットのご先祖であるARPANETの交換機を開発した、ボルト・ベラネク・アンド・ニューマン(BBN)社に到達する。1975年にBBN社は、民間向けデータ・ネットワークのサービスのためのテレネット社を創設している。このテレネット社が独立系の地域電話会社GTE社に買収され、その後、GTE社と関係のあるスプリント社の所有となり、現在のスプリントリンクの母体となったのだが、これを最初のプロバイダーと呼ぶのは無理がある。

 現在のプロバイダーのようなネットワーク事業者が現われ始めたのは1980年代の後半である。現在、AlterNetを運営しているUUNETテクノロジー社が電子メール、電子ニュース利用を可能とするUUCPサービスを開始したのが87年であり(IP接続が可能なInternetサービスの開始は90年)、89年にはゼネラル・アトミックス社がCERFnetの運営を開始、90年にはPSI(Performance Systems International)社がPSInetを開始した(会社の設立は89年)。

 当時、国立研究所や大学の研究者のためのネットワークとして、NSF(National Science Foundation、連邦政府の一機関)の資金によってNSFNETが運営されていた。異論もあるが、商用インターネット事業者の発展の契機となったのは、90年にNSFがこのNSFNETの商業利用を禁止するために公表したAUP (Acceptable Use Policy)である。このNSFNETのバックボーン回線の利用規則であるAUPには、NSFNETを商業目的で利用してはならないという条項が書かれていた。このため、インターネットをビジネスで利用しようとするユーザは、商用インターネット事業者を利用するしかなくなった。91年3月にはゼネラル・アトミックス社、PSI社、UUNET社の3社によってCIX (Commercial Internet Exchange) と呼ばれる組織が設立され、NSFNETなどのアカデミックなネットワークを経由しなくても相互に通信が可能になり、商用インターネットは本格的な発展期を迎えたのである。

プロバイダーの市場と企業決算

 インターネット・サービス・プロバイダー(ISP)の市場に関するデータは非常に少ないのだが、ある調査会社の推計によれば、94年の売上高の合計はおよそ5億2100万ドルである。これにはコンピュサーブ、アメリカ・オンライン、プロディジーのような商用BBS(パソコン通信)市場は含まれていない。企業別にみると、UUNETテクノロジー社、NETCOMオンライン・コミュニケーション・サービス社、スプリント社、PSI社の順となっているが、商用BBS市場と異なり、市場の寡占化は進んでおらず、上位10社を合計しても市場の35%にしかならない。プロバイダーのほとんどの企業が株式を公開していない関係で、多くの企業情報は秘密のベールに隠されているのだが、数少ない株式公開企業の最近の決算をみてみよう。
 NETCOM社は、カリフォルニア州サンノゼに本拠地を置く、主に一般利用者を対象にした全米規模のプロバイダーである。92年8月にサービスを開始し、現在、全米約171箇所にアクセス・ポイントを持っている。95年度第2四半期(4-6月期)の決算では、売上高が1053万ドルで前年同期の228万ドルの約4.6倍と急成長している。ユーザ数は6月末で16万8500人で3月末の11万4200人から3カ月で5万人以上増えている(ちなみに、94年6月末は2万4800人である)。ただ、アクセス・ポイントの増設とネットワークの強化のためにコストも急増しており、第2四半期は約290万ドルの赤字を計上している。

 UUNETテクノロジー社は、前にも述べたように、87年に設立された最初のプロバイダーである。NETCOM社と異なり、専用線でインターネットに接続する企業ユーザが多いのが特徴である。95年度第2四半期(4-6月期)の決算では、売上高が1047万ドルで前年同期の273万ドルの約3.8倍とやはり急成長している。企業ユーザ数も6月末で7074と1年前の2852の約2.5倍になっている。ただ、やはり経営は楽ではなく、この第2四半期は56万5000ドルの赤字となっている。

大手企業の例(UUNET)

 87年に設立されたUUNETテクノロジー社は、最初の商用インターネット・サービス・プロバイダーとして知られており、企業や個人だけでなく、中小のプロバイダーにインターネット接続サービスを提供しており、インターネット関係のアプリケーション・ソフトウェアやコンサルティング・サービスも提供している。米国内のバックボーンネットワークは、45MbpsのT3回線とATM交換機で構成されており、ニューヨーク(ニューヨーク州)、ボストン(マサチューセッツ州)、ブーン(バージニア州)、アトランタ(ジョージア州)、ダラス(テキサス州)、ヒューストン(テキサス州)、サンノゼ(カリフォルニア州)、ロサンゼルス(カリフォルニア州)、シカゴ(イリノイ州)を結んでいる。このT3回線はどこで障害が起きても、別ルートで通信が可能なように網の目状に張り巡らされている。また、カナダとインドには独自のネットワークを持つ他、スウェーデン、フィンランド、オランダ、ドイツ、ロシア、南アフリカ、日本、タイへの国際回線をもっている。
 サービス料金は次のようになっている。

(1) ダイヤルアップIP(PPP/SLIPによる接続)
 月25時間までの利用料を含む基本料金が30ドル、利用時間が25時間を超える1時間につき2ドル、初期登録料が25ドル。

(2) ISDNによる接続
 初期登録料が395ドル(64Kbps)あるいは495ドル(128Kbps)、月額料金が295ドル(64Kbps)あるいは495ドル(128Kbps)。1年間あるいは2年間の契約をすると割引がある。

(3) 56Kbpsの専用線による接続
 初期登録料が795ドル、月額料金が695ドル、1年間あるいは2年間の契約をすると割引がある。

 現在、上記のT3回線で結ばれている都市を含め98のアクセスポイントを持っているが、今年中に52箇所(うち20箇所は米国外)の増設が予定されており、95年末には世界の150都市にアクセス・ポイントを持つことになる。また96年中には200都市まで増強される計画になっている。技術力には定評があり、北米の700以上のセキュリティ関係企業の団体であるSIA (Securities Industry Association) から、会員向けインターネット・サービス・プロバイダーとして選ばれている。

地域ネットの例(PanixとTELECOMET)

 前述のとおり、94年5月にニューヨーク市を中心にインターネット接続サービスをしている中小のプロバイダーは6つあった。ECHO、Maestro、Mindvox、Net23.COM、Panix、Pipelineである。現在はさらに数が増えている。この中で最も古いプロバイダーはPanixである。81年にAlexis RosenとJim BaumbachによってUUCPによるメールとネットニュースのサービスが開始されている。当時はBaumbachの自宅の地下におかれた1台のマッキントシュと5本の電話回線で運営されていた。ユーザが増加し、プロバイダーと呼ぶに相応しくなるのは89年以降のことで、この時のユーザ数が130だった。現在は設備も充実し、本拠地のマンハッタンには計20ギガバイト以上の磁気ディスクを備えたサン・マイクロシステムズ社製の5台のワークステーションと245台のモデムが設置されている。この他にロングアイランドに2箇所、ハドソン川の向こうのニュージャージー州のジャージーシティに1箇所、アクセスポイントを持っており、ニューヨーク市の北のウエストチェスター郡への進出も計画されている。これらのアクセス・ポイントはすべてT1回線(1.5Mbpsの専用回線)で接続されている。また、Panixのネットワークは、全米をカバーしているSprintとMCIのネットワークのそれぞれにT1回線で接続されており、どちらかが障害でダウンしても、サービスに問題がないように配慮されている。現在のユーザ数は6000以上、そのほとんどが電話回線による接続である。平均年齢27歳という25人のスタッフによって運営されているが、スタッフの数もネットワーク設備と同様に増えていく一方だという。大手のプロバイダーとの競争をどう考えるか質問したところ、PanixのSimona Nassは「インターネットの市場は十分大きく、各プロバイダーはそれぞれ特徴を持っているので、ユーザは自分に適したプロバイダーを選んでいる。Panixは技術的にしっかりしたプロバイダーであると同時に、初心者でもダイヤルアップIP接続可能なネットワークをつくっている。また、Panixは、本当のユーザのコミュニティをつくりたいと思っている。そのためにPanix独自のニュースグループも持っているし、ユーザが実際に会って話ができるピクニックのような催しも企画しようとしている」と答えてくれた。利用料金はダイヤルアップIP(SLIP/PPP)で月35ドルの定額である。

 ニューヨークは米国の中で日系企業が多い都市でもある。最近、そうした企業あるいはそこに勤める日本人のインターネットへの関心も高まりつつある。そうしたニーズに呼応して、日系企業のプロバイダーも登場した。言うまでもなく、どのプロバイダーを利用しても、IP接続できれば日本語でメールを読み書きしたり、日本語のWWWのページを見ることができる。しかし、ネットワークにはトラブルがつきものだ。ネットワーク接続のためのソフトウェアの設定も簡単ではない。ニューヨークに駐在している日本人だからといって、全員が英語に堪能ではないし、英語ができてもコンピュータの世界は専門用語だらけだ。日本語でいろいろと相談できれば、それに越したことはない。国際通信事業者のKDDの子会社TELECOMET社(TELECOMET INC. New York)もそうしたプロバイダーの一つである。まだサービスを開始して間もないが、PPP接続のユーザが40人、専用線接続のユーザを2社獲得している。ネットワーク名は「JapanNet」で、利用料金は1カ月の基本料金が50ドルプラス1時間当たり3ドルとなっている。詳細は<www.kdd.net> で見ることができる。

今後の見通し

 最近、大手のプロバイダーが中小のプロバイダーを買収したというニュースがいくつか流れた。たとえば、93年7月にNEARNET (New England Academic & Research Network) を買収したBBN社は、94年6月にはBARRBET (Bay Area Regional Research Network) を、94年12月にはSURANET (Southeastern Universities Research Association Network) を買収している。BBN社が買収した地域ネットワークは、いずれも大学を中心とする学術・研究用のネットワークで、NSFNETに接続されていたものである。大学は自ら地域ネットワークを運営していくよりは、民間のプロバイダーからインターネット接続サービスを購入した方が安上がりだと判断しているのである。ちなみに、93年にNSFも、NSFがサポートするインターネットの民営化という方針を打ち出し、95年5月からNSFがサポートする高速ネットワークの利用はNSFのスーパーコンピュータセンターの利用者に限定され、一般の研究者は民間プロバイダーの提供するバックボーン・ネットワークを利用している。

 この他、94年11月にはアメリカ・オンライン社がANS CO+RE社を買収しているし、PSI社は95年2月にニューヨークのPipelineを、95年8月にはNETCOM社がテキサス州ダラスのPICnetを買収している。こうしたプロバイダー間の買収は、プロバイダー業界が再編に向けて動き出していることを意味しているのかもしれない。中規模の事業者は市場から姿を消し、UUNET社、PSI社などの大手企業が市場を独占するようになると見ている専門家もいる。しかし、一方ではベーシックなインターネット接続サービスを低料金で提供する小規模なプロバイダーが存続し続けるという意見もある。実際に、多くのプロバイダーは、業界の統合が進むという見方には否定的だという。日本から見れば、インターネット先進国である米国も、まだ市場は拡大の一途を辿っている。おそらく今後も大手企業による買収は行われるであろうが、市場再編が本格化するまでにはまだ数年を要するのではないだろうか。

 最後に、米国でプロバイダーを捜すなら、コマースネットが便利なデータベースをサービスしている。都市名などを入力すれば、そこで利用可能なプロバイダーを教えてくれるというものである。このWWWのホームページは<http://www.commerce.net/cgi-bin/isp/geo_isp_q>である。但し、米国のすべてのプロバイダーを網羅しているわけではないので、その点は注意されたい。

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