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住基ネット/カードの普及を目指して (2004年8月)

 情報化推進国民会議(委員長:児玉幸治 日本情報処理開発協会会長)は6月29日、提言「住基ネット/カードの普及を目指して」を発表した。この提言は、次の5項目を提案している。(1) ネット上での本人確認の手段として住基ネットの活用は不可欠、(2) 安心で公平な社会を実現するために住基ネット/コードをもっと利用すべき、(3) 住基カードの利便性を高めるために制度を見直すべき、(4)個人情報保護のあり方について国民的な合意形成が必要、(5) 国は明確な戦略を示し官民学一体となって実現に努力すべき。この提言の概要を紹介しよう。

 「2005年までに世界最先端のIT国家を実現する」という目標を掲げた「e-Japan戦略」計画が策定されてすでに3年半以上の歳月が経過した。この間、さまざまな情報システムが構築され、高速インターネットの利用者は増えたものの、住民や企業が利便性を実感できる情報化が順調に進んだとは思えない。たとえば、住民基本台帳ネットワークシステム(以下「住基ネット」という。)をベースした住基カードは、ネットを通じた住民サービスの鍵となるはずなのに、2003年度内の発行枚数は、初期目標の300万枚を大きく下回っており、2003年に、我々が実施したアンケート調査では、実に、有効回答者の78%の人が住基カードは「持たない」つもりであると回答している。

 そこで、国民情報化推進会議では、専門委員会(委員長:中島洋 MM総研所長、主査:筆者)を設置し「e-Japan計画がめざす健全でかつ安心、平等な情報ネット社会を実現するためには、誰もが信頼できる個人認証基盤の存在が必須であり、その役割を担うものが、住基ネットである」という認識の基に、この住基ネットの活用方策を検討し、次の5項目を提言としてとりまとめた。

  1. ネット上では他人のIDを使ったなりすましやデータの改ざんなどの問題があるため、信頼できる住民向けのPKIが必要とされる。このため、公的個人認証システムと連携している住基ネットをベースにして、誰もが信頼できる住民向けの個人認証の仕組みを整え、その統一手順を策定すべきだと考える。この際、住基ネットと個人認証の仕組みを外国人住民を含む全ての住民を対象とするものにするとともに、住基ネットを一定基準を満たす民間企業にも開放することを進めるべきではないだろうか。

  2. 税金や年金の徴収や社会保障事務、運転免許事務を始めとして、さまざまな行政事務がコンピュータによって処理されるようになっているが、現在はそれぞれのシステム毎に異なる個人コードが使われている。もし、こうした業務システムに個人を特定できる統一コードが導入されれば、行政の効率化は著しく促進されるだろうし、行政機関をまたがるワンストップサービスも容易に実現できる。住基ネットでは個人情報漏洩の危険性ばかりが話題になったが、すでに個人に関する情報がさまざまなところで電子化されて蓄積されている現状を踏まえ、個人情報保護のためのセキュリティ対策を講じた上で、「住基コード」を活用するメリットについて議論をすべきだと考える。たとえば現在、税や年金保険料などの国民の義務に対する不公平感が高まり、行政に対する不信感につながっているが、このような徴収事務に「住基ネット/カード」を導入すれば正確に漏れが発見でき、迅速に対処することが可能となるのではないだろうか。

  3. 現在の住基カードは、別の市町村に転居すると使えなくなる。これでは住民本位の仕組みとは言えない。まず、転居しても同じ住基カードを利用できるように制度改正すべきである。また、最新のICカードには複数のアプリケーションを搭載することができる。したがって、規格にあったICカードであれば、個人が自由にICカードを選択し、希望するアプリケーションをそのICカードに搭載できるという仕組みに変更すべきである。さらに、カード自体の利用制限を極力なくし、カード上に国や自治体のサービス向けの情報のみならず、民間企業のサービスを受けるためのアプリケーションソフトや個人データを自由に載せることを認めて、民間の知恵による住基カードの利活用を進めていくことが望まれる。

  4. 個人情報には、単に個人を識別するだけの基本情報と、個人の所得や資産、病歴などのセンシティブ情報とがあるが、これまでの個人情報保護の議論では、これらをほとんど区別なく取り扱ってきた。しかし、これらは本来区分して議論する必要がある。また、同じように個人情報を扱う情報システムも、その取り扱う情報の種類に応じて確保すべき安全レベルは異なるはずである。守るべきものはきちんと守り、その上で、個人を単に識別するだけの基本情報は共有することにすれば、そこから得られるメリットは大きくなると考えられる。したがって、この前提として、個人識別のための基本情報とセンシティブ情報とを区分して取り扱うという新しい個人情報保護のあり方について、国民のコンセンサスを得る必要がある。

  5. 国民が利便性を実感できる電子政府・電子自治体を構築していくためには「住基ネット/コード」を基盤としたネットワーク社会の構築が必要である。このためには年度毎に各省庁が縦割りの計画を立て予算を要求していくのではなく、継続的かつ総合的な計画を立案し、それに見合う予算を確保すべきである。このため内閣の中に、独立行政委員会を設置し、民間から委員を集めて予算などの権限を与え、ITの活用による革新性と継続性をもったわが国の戦略を策定し、これを官民学が一体となって実現していく体制を整えるべきである。

 以上が、情報化推進国民会議の提言の概要である。ここからは、少し個人的な意見を述べさせていただきたい。

 今から30年ほど前、政府は個人情報を扱う行政事務の効率化を考える一環として国民一人ひとりに識別番号を振ることを検討し始めた。この動きを知ったマスコミは、これを「国民総背番号制」と命名し、個人情報が政府によって一元管理されるようになり、ジョージ・オーウェルが『1984年』で描いた監視国家につながる動きであるかのように報道した。これ以来、行政に必要な個人情報を統一番号で処理するというアイデアはタブーとなってしまった。

 しかし一方で、行政事務の情報化は着々と進み、行政に必要な個人情報のほとんどはデジタル化されコンピュータによって管理されるようになっている。システム的にも社会的にも不効率なのだが、個人識別番号はそれぞれの業務毎に異なっている。情報技術の専門家からみれば、統一した番号で管理することが、『監視国家』やプライバシー侵害につながるとは思えない。統一番号の利用と一元管理とは別物だからである。問題は番号の振り方ではなく、情報へのアクセス管理にある

一方、個人を識別する番号を統一することによる合理化メリットはとても大きい。行政事務の効率化を通じた国民負担の軽減や住民サービスの充実につながるし、国民負担の公平化も期待できる。

この30年間で、コンピュータとネットワークによって、何が可能で、何が難しく、何が危険なのかがはっきりしてきた。国民のITへの理解も高まっている。理想的な電子政府・電子自治体の構築のために、30年のタブーを破って統一番号の利用に関する議論を市民レベルで始める時期に来ているのではないだろうか。


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