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溜池随想録 #20 「ITと企業経営(はじめに)」 (2011年1月)

世界初の電子計算機

 かつて、世界最初の電子計算機は、米国陸軍の弾道計算のために開発され、1946年に公開されたENIAC (Electronic Numerical Integrator and Computer)であるとされてきたが、現在では、1936年に試作機が公開され、1942年に完成したアタナソフ&ベリー・コンピュータ(ABC)であると説が通説になりつつある。

 実際、ENIACを開発したジョン・エッカートとジョン・モークリーが取得したデジタル計算機の特許は、ENIAC以前にABCというデジタル計算機が存在していたことを理由に、ミネアポリス連邦地方裁判所が無効と判断している。ちなみに、この裁判は、エッカートとモークリーが取得した特許を保有していたスペリーランド社が1967年に、ライセンス料の支払いをハネウェル社に対して求めたものであり、特許無効の判決は1973年10月19日に出ている。

 ABCは、2進数で数字を表現し、計算をすべて電子的に処理する計算機であったが、プログラム内蔵方式でなかった点が現在のコンピュータと異なっている。ちなみに、ABCは連立一次方程式の解を求めるための電子計算機であり、計算はコントロール・スイッチによって制御され、1秒間に30回の加減算が可能だったと言われている。

コンピュータの商用利用のはじまり

 一方、世界で最初に商用利用されたコンピュータは、英国で喫茶店チェーンを経営していたJ・ライオンズ社が自社開発したライオンズ・エレクトロニック・オフィス(LEO)である。LEOは1947年に開発が開始され、1951年に稼働している。LEOの利用によって「従業員一人につき8分かかっていた週給の計算が、LEOでは2秒以内に短縮され」かつ「材料の発注や商品の配送効率も上がった」と言われている1。
 ただ、このLEOは商品として販売されるために開発されたコンピュータではない。商品としての最初のコンピュータは、エッカートとモークリーが開発したUNIVACⅠである。

 ENIACの開発に成功した二人は、1946年にエレクトロニック・コンピュータ・カンパニーという会社をつくり、そこでEDVACⅡの開発を始めた。この会社は、1950年にタイプライター・メーカーであったレミントンランドに買収され、EDVACⅡは、UNIVACⅠと改名され、1951年に完成した。初期のUNIVACⅠの販売価格は100万ドル以上であった。
 このUNIVACⅠの一号機は、1951年3月に統計調査を担当している商務省センサス局(国勢調査局)に納入され、1950年の国勢調査の集計作業や産業連関表の逆行列演算に利用された。

 しばらくの間、UNIVACⅠを購入したのは政府関係機関だけであったが、原子力委員会向けに製造された5号機を使って、テレビ局のCBSが1952年の大統領選挙でアイゼンハワーの大勝利を予測したことで有名になり、1953年春にゼネラル・エレクトリック(GE)が8号機を導入した。つまり、GEが商用コンピュータを利用した最初の企業だったということになる。その後、UNIVACⅠは、メトロポリタン生命保険、USスチール、デュポン、フランクリン生命保険などに出荷された。 

ITの進歩と企業経営

 UNIVACⅠの主記憶装置(メモリ)は1000語(word)の水銀遅延線メモリで、演算装置は約5000本の真空管によって構成され、入力装置は磁気テープ装置であった。計算速度は、11桁の数値計算の場合、加減算は1900回/秒、乗算は465回/秒、除算は255回/秒である。単位が異なるので、そのまま比較はできないが、最近のパソコンに搭載されたメモリはギガバイト(10の9乗バイト)の単位になっており、最新のゲーム機に利用されているマイクロプロセッサの浮動小数点演算の速度が、数百億回/秒から数千億回/秒になっていることを考えると、マイクロエレクトロニクスの進歩のすごさが分かる。半世紀あまりでメモリは100万倍に、計算速度は1億倍になっている。

 このITの進歩によって、小型でリーズナブルな価格のコンピュータが生まれ、コンピュータを利用する企業の裾野は拡大し、現在では、コンピュータはほとんどの企業にとって不可欠なものとなっている。
 ITの進歩は事務処理に利用するコンピュータを小型化、高性能化させただけではない。コンピュータ・ネットワークの進歩は、取引や企業間連携のあり方を大きく変えてきた。特に1990年代半ばから急速に普及したインターネットは、世界規模の電子商取引市場を創り出すとともに、新しいタイプのビジネスを生み出した。また、マイクロプロセッサが組み込まれたロボットや工作機械のような産業用機器は、生産、製造プロセスに大きな変化をもたらしている。さらに、マイクロエレクトロニクス技術と無線通信技術の進歩によって生まれたモバイル端末や非接触ICカード/無線ICタグは、ビジネスに大きな変化をもたらしつつある。

 今回から、情報技術と企業経営の歴史を辿り、その未来について考えてみたい。

(注)1. ニコラス・カー『ITにお金を使うのは、もうおやめなさい』ランダムハウス講談社、2005年、p.96

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