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溜池随想録 #6 「クラウド・コンピューティング」 (2009年11月)

SaaSとクラウド・コンピューティング

 「クラウド・コンピューティング」という言葉は、2006年8月にサンノゼで開催されたサーチエンジンに関するカンファレンスで、GoogleのCEOであるエリック・シュミットが最初に使ったという説が通説になっている。しかし、コンセンサスのとれた定義はない。人や会社によって微妙にクラウド・コンピューティングの定義は異なっている。とりあえず、ここではインターネットのあちら側にあるリソース(ハードウェア、ソフトウェア、データなど)を利用して情報処理を行うことだとしておこう。

 この曖昧な定義に従えば、前回まで取り上げてきたSaaS (Software as a Service) もクラウド・コンピューティングに含まれる。この他に、IaaS (Infrastructure as a Servece)、HaaS (Hardware as a Service)、PaaS (Platform as a Service) と呼ばれるサービスはすべて含まれる。
 つまり、情報処理に関連するなんらかの機能を、インターネット(ネットワーク)を介して、サービスとして提供するものはすべてクラウド・コンピューティングだと考えてよい。

 こうした様々なクラウド・コンピューティングを体系的に理解するには、提供されるサービスを、アプリケーション層によるサービス、プラットフォーム層によるサービス、インフラストラクチャ層によるサービスに分類するとよいだろう。アプリケーション層のサービスがSaaSであり、ここにSalesforce.comのSalesforce CRMやNetsuite、あるいはGmail、Yahoo! mail、Hotmailなどのウェブ型メールが含まれる。

 プラットフォーム層のサービスは、アプリケーションソフトの開発環境や開発したアプリケーションソフトのホスティング環境を提供するものである。ここには、Google AppEngineやWindows Azureが含まれる。

 インフラストラクチャ層のサービスには、仮想サーバーを提供するサービスと、仮想ストレージを提供するサービスに分けることができる。Amazon EC2は前者で、Amazon S3は後者である。

クラウドによるパラダイムシフト

 クラウド・コンピューティングがもたらす変化は「所有」から「利用」へのパラダイムシフトであると言われている。これはよく電力にたとえて説明される。つまり、発電所を保有している事業所や家庭は少なく、多くは電力会社が発電した電力を必要な時に必要なだけ利用している。これと同じように、情報システムも、自社で保有するのではなく、インターネットのあちら側にあるリソースを必要な時に必要なだけ利用して情報処理をすればよい。つまり、情報システムを「保有」する必要はなくなり、単に「利用」すればよいという世界に変化するのである。

 これは利用者側からみた変化なのだが、ベンダー側から見れば「製品の販売」から「サービスの提供」へのパラダイムシフトである。

 セオドア・レビットの『マーケティング発想法』に4分の1インチのドリルを買いに来た客が欲しいのはドリルではなく、4分の1インチサイズの穴であるという話が出てくる。したがって、ドリルを売るのではなく、壁に穴をあけるサービスを提供するというビジネスが成り立つ。

 実は、情報システムもドリルと同じである。顧客は情報システムを欲しいのではなく、その情報システムで何かの情報を処理したいと欲しているに過ぎない。そうであれば、顧客にサーバーやパッケージソフトを販売したり、顧客のニーズにあったソフトウェアを受託開発したりするのではなく、ネットワークを介して顧客が欲する情報処理を行うサービスを提供すればよいのである。

 ベンダーにとって、これは大きなビジネスモデルの変化である。情報システムを販売して、あるいはソフトウェア開発を受託して収入を得るのではなく、情報処理サービスを提供して収入を得ることになる。情報システムの開発に要した費用を一括して請求するのではなく、サービスの利用状況に応じて、基本的には毎月、利用料を請求することになる。ビジネスモデル的には、通信事業者に近くなる。

 既存のITベンダーやパッケージソフト・ベンダーにとって、このビジネスモデルの転換は、かなりハードルが高い。クラウド・コンピューティングという新しい潮流に乗ることができるかどうかは、技術的な問題より、このビジネスモデルの転換の方が障害になるような気がする。
 
 次回は、パブリック・クラウドを取り上げよう。


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