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溜池随想録 #2 「ソフトウェアのオーバーシューティング」 (2009年7月)

オーバーシューティングとは何か

 先月紹介した”IT Doesn’t Matter”の中で、カーは、ITが抱えるもう一つの問題を指摘している。それが「オーバーシューティング」である。オーバーシューティングとは、目標に向けて何かを調整する場合に目標を超えてしまうことをいう。ここでは、ITの技術進歩が利用者のニーズを超えてしまい、IT製品が利用者の必要とする以上の性能や機能を持つことを言う。

 実際、我々が日常利用しているPCの情報処理能力は、かつてのスーパーコンピュータを凌ぐものになっている。表計算ソフトで一部のセルの数式を修正した場合、再計算は一瞬にして終了する。複雑な数式の入った巨大な表でない限り、再計算が行われていることに気付かないくらいだ。かつては専用のコンピュータが必要だったグラフィックスの処理も特別なものを除いてPCで処理可能になってしまった。

 もちろん、PCにより高い性能を求めるユーザは存在する。しかし、ほとんどのユーザは現在のPCの性能で満足しているばかりか、実際には、そのPCのもつ情報処理能力を十分に利用しきれないでいる。ストレージ(外部記憶装置)も同様である。コンピュータワールド誌の推計によれば、典型的なウィンドウズ・ネットワークに接続されたストレージの約70%は無駄に利用されている。
 これはPCだけに見られる現象ではない。IT分野におけるほとんどのハードウェア分野においてオーバーシューティングが起きている。

ソフトウェアにおけるオーバーシューティング

 オーバーシューティングはソフトウェアの分野でも見られる。ワープロソフトなどのオフィス用のパッケージ・ソフトウェアには、普通の利用者が生涯にわたって利用することのないだろうと思われる機能が数多く備わっている。

 企業内のほとんどのPCは、ワープロ、表計算、電子メールなどの限られた用途にしか利用されておらず、そのパワーも機能も一部しか利用されていない。そのような状況にもかかわらず、企業は3年程度でPCを更新している。また、ソフトウェア・ベンダーも機能強化した新しいバージョンを2~3年毎に発表し、利用者に新しい製品を購入するように勧める。

 カーは、こうした支出の多くはITベンダーの戦略に起因しており、利用者のニーズに基づいたものではないと指摘し、システムの更新サイクルを少し長くするだけでかなりのコストが節約できると述べている。
マイクロソフトのCEOであるスティーブ・バルマーは、カーの論文を「くだらない(hogwash!)」と評したそうだが、くだらないと思った理由は、ここにあるのかもしれない。
 

ソフトウェアにとってより深刻な問題

 オーバーシューティングの問題は、ハードウェアよりソフトウェアの方がより深刻である。なぜなら、ハードウェアは物理的な老朽化という問題があり、ある程度長い期間利用すれば更新されることになるが、ソフトウェアは朽ち果てることがないからである。

 仮に、現在利用しているソフトウェアの機能に不満がないのであれば、そのソフトウェアは、それに対応するハードウェアなどのプラットフォームがある限り未来永劫使いつづけることができる。つまり、そのソフトウェアが、売り切りのパッケージソフトであれば、二度とそのソフトウェアにお金を払う必要はない。

 これをベンダー側からみれば、利用者が十分に満足するパッケージソフトを開発して販売してしまえば、それをどれだけ改良して新しいバージョンをつくっても商売にならないということを意味している。これはパッケージソフト・ベンダーにとっては致命傷になる。

ソフトウェアのサービス化

 ソフトウェア・ベンダーは、オーバーシューティングが自分たちのビジネスにどのような影響をもたらすかを十分認識している。

 対策は、パッケージ・ビジネスからの脱却である。一つの方策はライセンシング・モデルへの転換である。つまり、利用者からライセンス料を毎年徴収する代わりに、ライセンス期間中はその製品のサポート、バージョンアップを行うというビジネスである。しかし、これは抜本的な解決になりえない。同種のソフトウェアを提供しているベンダーがすべてライセンシング・モデルを採用すればよいのだが、パッケージによる提供を並行的に行っていたり、ライバル企業がパッケージを販売したりしている場合には、利用者がパッケージを選択するかもしれないからである。

 そこで現在注目されているのが、SaaS(Software as a Service)である。次回はSaaSについて考えてみよう。


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