米国でも「両手」が増えてきて問題になっているという話し
自分はフィードリーダーを使って色々な情報をまとめ読みしているのですが、購読している中の、Hacker Newsというテック系ソーシャルニュースサイトで、 "Impact of Pocket Listings on Housing" というのが話題になっていて、自分のアンテナがピコンと反応しました。と言っても、特にテックが絡む話題という訳でも無かったのですが一応紹介しておきたいと思います。
ネタ元はPBSという米国の公共放送局(どちらかというと日本でいうとNHK的なイメージ。ただし、運営は非営利の財団で寄付等によって運営されているため、英国の偏向したBBCなどとも違い、独立性は非常に高く、質も良いメディアなので自分も毎日視聴している)の記事で、「住居が募集に出される(掲載される)前に取られてしまい、住まいを所有する権利が脅かされている("Houses are getting scooped up before they’re listed. It’s shutting people out of homeownership"」的な内容。
背景として、米国における近年の住宅の圧倒的な供給不足 - これは地域差が激しく、人気のある都市に人口流入が集中している事に加え、木材価格の高騰と歴史的な低金利が追い打ちをかけた格好 - が原因としてあります。
そういう状況では、不動産エージェントが物件を募集に掛ける前に売れてしまう、というぐらい過熱しているエリアがあって、結果として、不動産エージェントとしては美味しい「両手仲介(両手取引)」が増えている傾向にある、と。
「結果として」というのは、どういう構図かというと、もともと「両手仲介」と「Pocket Listing(いわゆる非公開物件=ポケットリスティング)」は切っても切れない関係にあります。
「ポケットリスティング」とは、本来、MLS(multiple listing service)に物件情報を登録して公開し、他の不動産エージェントと広く物件情報を共有すべきところを、自分の懐(ポケット)の中だけに留めて公開・共有しないことを言います。
因みに、アメリカの場合、「両手」っていう表現はそぐわなくて、売り主が払う手数料を買い手側のエージェントと分けるのが一般的なため、どちらかというと「独り占め」みたいな感じになると言えるかも知れません。
つまり、昨今の不動産市場の過熱によって「ポケットリスティング(非公開物件)」が増えている(から「両手仲介」も増えているだろう)という様相です。Redfinのアナリストの推定によると、「ポケットリスティング」での成約は2019年の2.4%から2021年は4.0%にまで増えているそうです。
(それでも少ない!w)
日米の数値上の比較は難しいけれども(必ずしも「Pocket Listing」=「両手仲介」という訳ではないですし)、これでも米国の方が圧倒的に少ないはずです。日本では、イメージ的には大手ほど「囲い込み」と「両手仲介」をしている感。この記事によると日本の大手不動産会社の取引の内、20%~60%が両手。
日本では、「米国では売り手と買い手にそれぞれエージェントが付くことが一般的で、『両手仲介(dual agency)』は少ない」、という話しが一般的な認識としてあるかと思います。
これはこれで事実なのですが、なぜなのか、という説明はどこでもされておらず、中には「アメリカでは両手仲介は違法」などというデタラメも出回っています。そもそもアメリカは連邦制の国なので、州によって不動産取引における法律が異なります(免許も州ごとに違う)。不動産業における「両手仲介(dual agency)」が違法または規制が強いのは、50州あるうちの9州ほどに過ぎず、それぞれ例外など色々と規定も異なります。厳密な意味においては4州だけ、という話しもあるのです。
なので、一概に「アメリカでは」というのは誤りなのです。
基本的には、必ずしも「両手取引=利益相反」では無いし(潜在的になりうるという話し)、それ自体も双方代理ではないので、違法行為というわけでは無いのです。
また、「ポケットリスティング」も違法ではありません。自分の不動産を知人に売る際に、それをMLSに登録しろ、というのも無意味な話しであって、そんな義務はありません。また、著名人が自宅を売る際や、事情があって手放す必要がある場合など、人に知られずに売買したい場合に「ポケットリスティング」となる場合はあります。それらを禁止する法律なんぞ存在しませんし、売り手の自由というかプライバシーにかかわる権利であります。
しかし、言うまでもなく行き過ぎた「ポケットリスティング」による情報の「囲い込み」は、蔓延すると不動産取引の根本を揺るがすような問題となり得ます。
では、アメリカではどうやって行き過ぎた「ポケットリスティング」つまりは「両手仲介(dual agency)」を目的とする「囲い込み」が蔓延することを抑えてきているか、というと、全米リアルター協会(NAR)の規定にあります。正確に言うと、NARのMultiple Listing Policyという規定の中の"Clear Cooperation Policy"と呼ばれる項です。
つまり、一般向けに広告をする住居用不動産物件の情報は、広告を出す1営業日以内にMLSに登録して物件情報を他の不動産業者やエージェントと共有しなければならない、という規定です。これはチラシや看板、ウェブサイト、メール、その他SNS等を含めて、一般(事業者間共有も含む)向けに情報を流したり広告するような(居住用物件)ものは全て広告を出した時点から1営業日以内にMLSに登録して共有せよ、というものです。(違反すると、内容に応じて加盟するMLSから警告から罰金や利用権停止等の罰則規定あり。売主が希望する場合にのみ、書面によるオプトアウト。ただし、office exclusive listingという例外あり)
全米に数百とあるMLSは、このポリシーを採用しています。
日本では宅建業法で、売買物件でかつ取引態様が専任・専属専任の場合にのみレインズへの登録を義務付けていますが、一般媒介等では登録義務は無く、ザルというか、NARの自主規定と比較すると、日本の法律は中途半端でガバガバです。
そんな米国でも、昨今の「人気のある都市に人口流入が集中している事に加え、木材価格の高騰や歴史的な低金利」に加えてパンデミックの影響で、一般に広告を出して不特定多数の内見希望者が訪れるのを嫌がって「ポケットリスティング」を自ら希望(オプトアウト)する売主が増えた、という事情がある、ということのようです。
そして、日本よりずっと厳格なNARの規定でさえも穴(office exclusive listing)などがあり、元記事では、「ポケットリスティング」自体は差別的なものではないが、非公開にして顧客を選別するようなことは潜在的に不動産市場に不公平性と人種差別を助長する恐れがある、としています。最悪、現代における「レッドライニング(redlining)」のような事になる恐れさえある、という意見を紹介しています。
「赤線地帯」でなく、そっちへ行くか・・・ま、アメリカなんでw。
で、記事は、「そういう風にさせないのが不動産エージェントとしての責務」という不動産エージェントの言葉で結んでいます。
「ポケットリスティング」にしろ、「両手仲介」にしろ、一概に「違法」というわけではなく、利益相反も含め、こういった「違法なことに繋がりやすい」という問題があるわけですね。
米国のリアルターの間では、MLSに登録するなどして協力し合うことは"Code of Ethics"、つまり倫理綱領に定められたことであり、リアルターのもっとも基本的な「職業倫理」であるとしています。
(追記:「日本の不動産業における職業倫理とはコンプライアンスに過ぎないのか」を書きました)
以下は、NARの啓蒙動画なのですが、「ポケットリスティング」は一般的に顧客の益を損ない、業者の利益を優先するものとされているとし、"Clear Cooperation Policy"の重要性の論点として3つ挙げています。
1)住宅市場の公平性、2)(本来蓄積されるべき履歴の)データの歪み、3)Fiduciary Duty違反のリスク
1、2は分かり易いので良いとして、3のFiduciary Dutyは日本的な法律では丁度良い概念が存在せず、説明しにくいのですが、以下の説明が分かり易かったです。
米国における英米法の「受託者義務(Fiduciary Duty)」には、日本の民法で言う「善管注意義務(Duty of Care)」だけではなく、それ以外にも信託法などで言う「忠実義務(Duty of Loyalty)」などを含む、ということですかね。この辺りも日本はユルい。
因みに、米国の不動産エージェントの「受託者義務(Fiduciary Duty)」には、Obedience, Loyalty, Disclosure, Confidentiality, Accounting, Reasonable Care、という6つの義務が含まれるそうです(頭文字を取ってOLD CARと覚えんだそう)。
で、「ポケットリスティング」や「両手仲介」を顧客に対して明示的な説明と同意なく行って(自己の利益を優先したり)何かあったら、倫理規定違反のみならず、Fiduciary Duty違反で訴えられるリスクがあるよ、という事を言っているんですね。
今回は、特に感想とか結論とかも無く、以上であります。
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