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日本の不動産業における職業倫理とはコンプライアンスに過ぎないのか

本日、たまたま不動産流通推進センターの、「コンプライアンス講演会 動画(2021年8月)申し込み受付 (魚拓)」というのが引っかかってページを閲覧してみたのですが、なんとも酷い内容で、半ば脱力してしまいました。

不動産流通推進センターは、本noteでも度々触れている国交省の天下り団体であります。そこが「不動産業におけるコンプライアンス(職業倫理)確立に関する講演会2021」と題して、色々と変な人達を呼んで講演会をするようなのですが・・・

私が一番問題であると感じるのは、不動産流通推進センターが、これに限らず色々なところで、繰り返し繰り返し「コンプライアンス(職業倫理)」、と表記し広報している事であります。この文脈上、カッコで括るのはコンプライアンス=職業倫理を意味する、ということを主張しているのだと思われます。

事実は全く違います

コンプライアンスとは、ウィキペディアの以下の説明の通りであります。

コンプライアンス(英語: compliance)とは、元来は英語で「要求や命令などに従う事」を、正式な文書で記載するための単語である。

コンプライアンス ウィキペディア

これ以上でも、以下でもありません。広義だろうが狭義だろうが、そんなの存在しません。

これがビジネスなどの文脈で使われる際には「Regulatory compliance」つまり文字通り「法令等遵守」の事であり、日本では「企業コンプライアンス」なんて訳されたりします。これを略して単に「コンプライアンス」と言ったりします。それはそれであくまでも文脈上でのことなので間違いではなく、問題はありません。ビジネスの文脈上は「コンプライアンス=法令などの規定を遵守」で通じますね。

英語での「Regulatory compliance」の定義や説明にも当然ながら倫理とは無関係ですから一切倫理なんて出てきません。

In general, compliance means conforming to a rule, such as a specification, policy, standard or law. Regulatory compliance describes the goal that organizations aspire to achieve in their efforts to ensure that they are aware of and take steps to comply with relevant laws, policies, and regulations.

企業コンプライアンス(きぎょうコンプライアンス英語: regulatory compliance)またはレギュラトリー・コンプライアンスとは、組織が、関連する法律、政策、および規制を認識しており、それらを順守するための措置を講じていることを確実なものとするための取り組みにおいて達成すべきことの目標を設定することを意味する。

Due to the increasing number of regulations and need for operational transparency, organizations are increasingly adopting the use of consolidated and harmonized sets of compliance controls. This approach is used to ensure that all necessary governance requirements can be met without the unnecessary duplication of effort and activity from resources.

現代においては、関連する法令等が増え、運用における透明性確保のため、組織にとって統合され一貫性あるコンプライアンス管理の必要性が高まってきている。 この統合管理のアプローチは、リソースを不必要に重複させることなく、必要なすべてのガバナンス要件を確実に満たすために必要となることとされている。

ウィキペディア英語版 Regulatory compliance
ウィキペディア日本語版 企業コンプライアンス

一方、職業倫理(Professional ethics、ビジネスエシックス、プロフェッショナルエシックス)とは、ウィキペディア英語版からの翻訳の以下の説明の通りであります。

プロフェッショナルとして期待される個人や組織の倫理的な行動基準をいう

職業倫理 ウィキペディア

これは、時に法律をも上回る概念であり、様々な職能団体がその発足の由来と共に作り上げて来た職業ごとの倫理であり、それぞれの職業倫理に共通する要素は以下のように挙げられているものです。

正直さ(Honesty)
信頼性・インテグリティ(Trustworthiness)
透明性(Transparency)
アカウンタビリティ(Accountability)
守秘(Confidentiality)
客観性(Objectivity)
相手に対する尊重(Respect)
順法(Obedience to the law)(いわゆるコンプライアンス)
忠誠心(Loyalty)

職業倫理 ウィキペディア

順法(Obedience to the law)は、職業倫理の要素の一つにしか過ぎません。倫理というのは法律や規則より高い位置にある概念なのです。

つまり、法律などの規定で要求されなくとも自ら培った高い倫理観にあてはめて行動する、という事であります。

職業倫理は自主的に培って自ら実践する一方、コンプライアンスは誰かから言われて従う、という真逆の方向の話しなのであります。

このように歴史的にも由来と概念が確立しているそれぞれ全く異なる言葉について、日本の天下り団体である不動産流通推進センターが「コンプライアンス=職業倫理」という独自の定義を無理やり日本の不動産業界において広めようとしている事は本当に異様としか思えません。

正直いって、不動産流通推進センターが、このように日本の不動産業における職業倫理の意味を貶めていることに対しては、軽い怒りすら感じます。

特に、自分は数日前、「米国でも『両手仲介』が増えてきて問題になっているという話し」を書いたばかりで、その中でも次のように触れています。

米国のリアルターの間では、MLSに登録するなどして協力し合うことは"Code of Ethics"、つまり倫理綱領に定められたことであり、リアルターのもっとも基本的な「職業倫理であるとしています。

全米リアルター協会(NAR)の成り立ちを軽く調べた事があれば誰でも、リアルターの倫理綱領(Code of Ethics)が、全米リアルター協会の起源であり、現在もその存在意義そのものであることが分かるはずです。

倫理綱領(Code of Ethics)が採択された1913年当時、不動産業の黎明期でもあり、不動産の取引を行う上で、詐欺などを行う悪い輩も跋扈していたわけです。そういう中で、「我々はそういう輩とは違う、プロフェッショナルな高い職業倫理を持つ集団なのだ」ということをアピールして差別化する為に、倫理とスタンダード向上の為に組織を作り、倫理綱領(Code of Ethics)を採択して、今の全米リアルター協会(NAR)の元が出来ることになるのです。

具体的には、1908年に全米リアルター協会(NAR)の元となる団体が設立され、1913年に倫理綱領(Code of Ethics)を採択し、現在のthe National Association of Realtor(NAR)へと繋がっていきます。(参照:"History" )

全米リアルター協会(NAR)のサイトを訪れると、トップページの一番にCode of Ethics(倫理綱領)のへリンクするボタンが目に飛び込みます。

文字通りトップページにドーンと「REALTOR Code of Ethics」というボタンが出てくるのです。

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アメリカの不動産エージェント(特にリアルター)が尊敬される存在である、という話しを聞いた事があるかも知れませんが、その理由はここにあります。

NAR's Code of Ethics, adopted in 1913, was one of the first codifications of ethical duties adopted by any business group. The Code ensures that consumers are served by requiring REALTORS® to cooperate with each other in furthering clients' best interests.

NARの1913年に採択された倫理綱領(Code of Ethics)は、職能団体の中でも最も早く成文化された倫理的な義務である。この綱領は、リアルターに対してお互いの協力を求めることによって顧客への利益を最大化させることを消費者に保証するものである。

https://www.nar.realtor/about-nar/governing-documents/the-code-of-ethics

この倫理綱領(Code of Ethics)は、リアルターにとっては憲法のようなもので、文字通り「この倫理綱領(Code of Ethics)を順守しないものはリアルターに非ず」、な訳です。特に、職能団体の中でも成文化したのが一番に早かったという事もあり、リアルターの倫理綱領(Code of Ethics)は現在の会員(リアルター)の誇りでもあり、実際、そういう話しを色々な所で見かけます。

One hundred years have passed since a key document in the REALTOR® organization’s history first made its debut. Written in 1913, the Code of Ethics was seen as a declaration of the real estate industry’s principles and beliefs, a “golden thread” uniting those devoted to raising the standards of professionalism and service in real estate.

リアルターの団体として、カギとなる文書が採択されてから100年。1913年に採択された倫理綱領(Code of Ethics)は、不動産業界の原理原則(プリンシプル)と信念の宣言と見なされ、不動産業のサービスとプロフェッショナリズムのスタンダード(標準)を高める為に身を捧げる者たちを紡ぐ『金糸』となっている。

https://www.baraonline.com/news/2013/02/11/uncovering-the-origins-of-%E2%80%9Cunder-all-is-the-land%E2%80%A6%E2%80%9D

そんなアメリカのリアルターに対して、「コンプライアンス(職業倫理)」なんて話しをしたら、卒倒するぐらいの勢いで「冒涜するな」、と怒られるレベルであります。

一般的にも、全米リアルター協会(NAR)のような職能団体は、倫理綱領(Code of Ethics)を持つわけですが、その成り立ちの背景を知れば、その重要性を理解することが出来るのです。

これは、西洋医学の世界でも同様で、医療と言っても倫理がなければ医師は、闇診療を行ったり、臓器売買に手を出したり、なんでもありな訳です。医療の歴史を見れば、「人体実験」から「強制堕胎」から、色々あったのです。そういう中から、西洋では、「ニュルンベルク綱領」などもあり、学問としてだけではなく実践としての医療倫理が発達してきた訳です。

しかし、日本の医療では、そもそもこのような倫理観に乏しく、長らく医師の教育にも「医療倫理」すら無く、そこそこの年齢の医者だと「医療倫理?なにそれ」の人も少なくありません。何しろ、日本で「インフォームドコンセント」の概念が普及したのは比較的最近の事ですし、未だに、「説明と同意」の意味を取り違えて「何があっても異議を唱えません」的な単なる「同意書取り」に化してしまっていたりします(個人的にも経験済み)。

日本の医師会はと言えば、長らく「患者の権利」や「患者の自己決定権」を認める事にも抵抗し続け、日本の医療では未だに「パターナリズム」が蔓延しているのです(個人的にも体験済み)。倫理審査の規定もなければ(治験の場合しかない)、「患者の権利」すら法制化すらできずにいますからね、日本では。

日本の不動産業界においても、それは同様で、日本の不動産業界団体は、倫理綱領(Code of Ethics)を柱とする、というよりかは、同業者の互助会か政治的ロビー団体的な側面の方が強いような気がします。

いや、日本の不動産業界団体にも、倫理綱領(倫理規程といったり倫理憲章といったりする)はあるんですよ、一応。ただ、内容もなにも、NARの倫理綱領(Code of Ethics)と比較するとショボ過ぎて・・・。しかも検索しても出てこない。(追記:もしかして、全宅のってそもそも存在しない?自分が見たのは宅建支部独自のだったかも)

 Orz

それでも昔気質の街の不動産屋の社長同士の間では、昔から「信義則」といった倫理コードが存在し、お目付け役、みたいのもいたりして、任侠チックな倫理観が存在していたのです。今では、チェーン店や中堅・大手も増え、そういった倫理観は通用しなくなって来ました。

話しを主題に戻しますが、不動産流通推進センターが、不動産業における「職業倫理」を推進し、講演会などを行いたいのであれば、このアメリカの事例である、NARの倫理綱領(Code of Ethics)についての解説と紹介をしていく方が100倍マシなのです。

なんなら、日米不動産協力機構(JARECO)に頼んで、NARの倫理綱領(Code of Ethics)を解説する講師を依頼すべきだったでしょう。既にそういう講座があるそうですから。

倫理綱領研修 (Code of Ethics Training) 米国不動産業の仕組みを支え、全米リアルター協会(NAR)が提供している 100年以上の歴史を持つ倫理綱領を、日本語、英語で学びます。

事業内容 日米不動産協力機構(JARECO)

不動産流通推進センターがやるという講演で拾ってきた「講師」は、よりによって、郷原弁護士という日産ゴーンの起訴にあたってひたすらゴーンを擁護し、日本の司法にイチャモンを付け続けた人間であり、無責任な立場で批判だけして目立ちたがるだけという体たらくであって、個人的にゴーン案件当初からずっと見てましたが、ゴーン逃亡という不正義と世界にデタラメを喧伝して日本の恥をさらした責任はこの人にとって貰いたいぐらいのアレな人選であります。その次は、良く知らないけれども、漫画原作者・・・等々。

なんていうか、脱力しか感じません。誰だよこんな人選したの。あ、天下り官僚か。ったく。

余談ですが、全米リアルター協会(NAR)のCode of Ethics(倫理綱領)、内容を紹介したくて、日本語に翻訳しようと思ったのです。

でもですね・・・一行目からして「あ、これダメだ」と思ったのです。なぜなら・・・

Preamble(前文)

Under all is the land. Upon its wise utilization and widely allocated ownership depend the survival and growth of free institutions and of our civilization. REALTORS® should recognize that the interests of the nation and its citizens require the highest and best use of the land and the widest distribution of land ownership. They require the creation of adequate housing, the building of functioning cities, the development of productive industries and farms, and the preservation of a healthful environment.

あ、無理

これ、アメリカの憲法の前文が、有名な、「We the People of the United States, ・・・」(社会とか英語の授業で習った人も多いのではないかと)で始まる(そして"people"とは)色々と歴史的背景と含蓄のある物凄く重い言葉であるのと同様に、「Under all is the land」とか、カッコよすぎて、詩的で、含蓄があり過ぎて、色々な意味を包含していて、もうですね、訳すのを放棄したくなるような言葉(フレーズ)なんすよw

もうね、深くて、聖書の創世記にある「初めに、天と地を作った」の続きかよ、とかまで言いたくなるんですけどw

これ、リアルターの中でも有名なフレーズらしく、度々引用される言葉で、リアルターの新規会員向けのクイズにも出るくらいになっていましてw

The phrase "Under all is the land":

a. is the first sentence in the Preamble.
b. indicates the all-encompassing nature of the real estate business.
c. embodies the idea that land is the foundation of food and shelter and sophisticated aspects of economy and prosperity.
d. all of the above.

https://www.nar.realtor/COEEduc.nsf/Quiz3a4?OpenForm&pn=21&nkey=285000022_0

答えは、(d)の「全てに当てはまる」、です(自分は全問正解でしたイェイ)。こんなん一言で日本語に訳せと言われても、無理wwというか、この言葉の日本語訳を考案して広めるような重大な責任は負えないですw。英語の初学者がやりがちな単なる直訳ではマズイことになる良い例でもあります。

NARの倫理綱領については、中々、日本語での情報がないのですが、以下の(PDF)が、不動産業における職業倫理とNARの倫理綱領を絡めてまとまっていたと思います。

宅地建物取引業における職業倫理と内部統制
米国不動産流通業の倫理コードと内部統制強化の動きを踏まえて
https://www.retio.or.jp/attach/archive/106-072.pdf

この中で、自分が、不動産情報デジタル標準化の覚書の中で紹介しているRETSの事も出てきます。

3 - 1 .不動産標準(RETS)
データが完全であることが秩序ある不動産市場の基礎である。不動産標準(RETS:Real Estate Transaction Standard)は、ブローカーとMLS間のリスティング情報交換アプローチを確かなものとする中立的な仕組みである。秩序だった市場維持という目的が確かなものとなるよう、またリアルター情報が信頼おけるデータ資源として確立されるよう、リアルター協会により所有運営されるMLS組織は2016年1月1日までに不動産標準組織
( R E S O :Real Estate Standards Organization)のコンプライアンス認可プロセスを通じて全て標準化すると決定した(2014年11月改定)。これにより、全米各地の不動産取引情報の内容・登録形式等の標準化が進んでいる

あまりテクノロジー系には詳しくない方のようで、表現とかが色々変なのはご愛嬌として、「全米各地の不動産取引情報の内容・登録形式等の(デジタル)標準化が進んでいる」ことは確かです。

一方、日本の不動産業界では、職業倫理もITデジタル流通近代化も、不動産流通推進センターによるこういった妨害で、一向に向上しません。(参照:不動産情報デジタル標準化の覚書国交省が主導した「不動産ジャパン」が大失敗をした理由不動産流通機構:あらためてレインズの問題を考える

不動産流通推進センターは、流通推進をするというよりか、単なる国交省の利権団体で、日本の不動産業の近代化の足を引っ張る「癌(ガン)」のような存在ですが、今回の件で、自分の中ではもう単なるギャグのような存在にまで落ちました。

関連:不動産業界の諸悪の根源〜「不動産流通推進センター」という天下り団体の問題点まとめ

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