見出し画像

おしゃべりなぬいぐるみと無口な両親

 「お誕生日おめでとう」とパパとママがプレゼントしてくれたのは、まるっこい小熊のぬいぐるみだった。やわらかい服を着ていて、一番上の襟元のボタンだけ黄色くて大きい。私はプリンと呼ぶことにした。
 「プリン、こんにちは」と言うと、プリンも「こんにちは」と言った。ママがあの映画みたいだねと言うと、パパはあんなに下品じゃないよと笑った。

 プリンは毎朝「おはよう」と言って、起こしてくれる。テレビを見ていると一緒に笑ってくれる。ママに言われる前に「そろそろご飯だよ」と教えてくれる。パパに言われる前に「お風呂の時間だよ」と教えてくれる。いい子にできるようになって、あまり叱られなくなった。パパは私と話すよりも、スマホを触っている時間が増えたみたいだ。
 家にいる間、私はいつもプリンと一緒にいるようになった。そして内緒の話、たとえば友達とケンカしたことなんかを、こっそりプリンには話した。それから毎晩、
「おやすみ」
「おやすみ」
と挨拶をして、一緒に眠るようになった。

 晩ごはんのあと、パパとママがケンカをしていた。最初は少し大きな声で、やがてとても大きな声で。お互いを叩いたりしなかったけど、ママがテーブルをどんっと叩いたはずみで、コップと、お皿と、パパのスマホが落ちて大きな音がした。私はびっくりして、プリンをかかえて、部屋の隅っこで黙って座っていた。
 どのくらい時間がたったか分からないけど、ママに「お風呂の時間だよ」と言われた。プリンが教えてくれなくて、気づかなかったのだ。お風呂でママにそのことを話したら、
「え? ああ、そうかぁ。」
と、と困った顔をした。パジャマを着て、プリンに「おやすみ」と何度も話しかけてみたけれど、プリンは黙ったままだ。それを見ていたママはため息をついて、パパの隣に座って何か話していた。そして、戻ってきた。
「ちょっとこのボタンを借りるね」
そう言って、プリンの服の一番上の、襟元の大きなボタンを取り外して、パパのほうに行ってしまった。ママとパパはもうケンカしていなない。仲直りしのだろうか。私のことをほうっておいて、ママのスマホを触っている。

 いつもなら寝ている時間をずいぶん過ぎたらしく、眠たくなってきた。パパがこちらに来て、プリンの服にボタンを取りつけた。そして、もう遅いから寝なさい、プリンは大丈夫だから、とも言った。
 私はプリンを見て、おそるおそる「おやすみ」と言うと、プリンがいつもより小さな声で「おやすみ」と言った。パパがボタンのうしろを触ってから、もう一度言ってみてとうながす。言われたとおり、もう一度あいさつをする。
「おやすみ」
「おやすみ」
いつもどおりの声が返ってきた。ママはあっちのほうでスマホを触っている。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?