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誰も悪くない。〜プリンタを見に来ただけなのに〜

気まずい瞬間は、思いがけず訪れる。誰が悪いわけでもなく...


10月のはじまり。秋の風も感じたい残暑の中、大阪は梅田に降り立った。用事を早々に済ませ、時間を作った僕は、家電量販店ヨドバシカメラに入った。

家での仕事が増えて、どうしても新しいプリンターが欲しくなったからだ。最近は家電を買うにしてもAmazonでポチりとしてしまうことが多くなったが、たまには直に商品を試してみたくなることもある。

エスカレーターを下って地下2階の奥へと歩を進める。目線の少し低い場所に陳列された四角い機械は、どれを選べばいいか分からなくなる程並んでいる。

「何かお探しですか?」

「安いインクジェットのやつありますか?」

「こちらです」

上位機種を横目に、奥へと案内される。電源の落とされたプリンタが久々に電気を喰らい、セットアップに時間がかかる。
モノクロのみのインクジェットプリンタ。

「〇〇できれば大丈夫なんですけど」

「それくらいならできますよ」

「この用紙使えますかね」僕がシール紙を取り出す。

「いけますけど、念の為ちょっとやってみますね」

印刷する予定だったPDFをスマホに表示する。AirPrintで試し刷りをしてもらうことになった。
値段や機能を見て買おうかなと思ったその時、ふと小さなPOPが目に入った。

【入荷待ち(11月上旬予定)】

僕は息を飲んだ。
操作しているのはあくまで展示用で、販売用は在庫が無いようだ。手に入るまでに1ヶ月はある。他の店舗を回れば、気に入った機種が見つかるかもしれないし、すぐ持って帰れるだろう。
だが今、印刷されようとしている用紙には仕事でそのまま使える内容が印字される。タダで印刷した挙句、もう少し考えると言ったら、めちゃくちゃセコい人間に思われる...!

頭で葛藤しながらも、すでに用紙がセットされていたので、もう断ることができなかった。

少し鼓動が早くなる。印刷されるのを待つ。

[[ピー!ガチャコ!!ガチャコン!!ガッ、ガッ、ガッ、ガッ!]]

勢いよく用紙が出て来た。白紙の用紙が...

「あれ、おかしいな〜。ちょっと待ってくださいね。」店員さんが言う。

しばらく使ってないそうでインクヘッドをクリーニングする。
[[ガチャコン!!ガッ、ガッ、ガッ、ガッ!]]

勢いよく用紙が出て来た。また白紙の用紙が...

「あれぇ〜〜〜。。なんだろうな〜〜」店員さんが困って、他の店員さんも駆けつける。こうじゃないか、こうじゃないかと画面を操作している。

[[ピー!ピーーーー!!]]

全く動かない。故障しているようだ。

また店員さんが駆けつける。
大人3人がかりで、見込み単価が低い客のために時間を費やしている。

私は無言でじーーーっと立っているだけ。手持ち無沙汰でどうにかなってしまいそうだ。なんだか気まずくなり、早くこの場を立ち去りたくなった。

試し刷りを提案した手前、実行するしかない店員。
買う意思を見せた手前、引き下がれない僕。

これは誰も悪くない。プリンタのジレンマだ。
昔、営業職をしていた頃クロージングの大切さを嫌という程教わったが、今は早く帰るためのクロージングをどうしたらいいか、それしか考えていなかった。

体感で5分の沈黙が流れた頃、僕が口を開いた。
「また来ますよ。いつ頃治りそうですか」

「1週間以内には、メーカーが持って来てくれますよ」

「わかりました。10日ごろ来ますね」

店員さんは明らかに安堵した表情をしていた。心の中で、ナイス俺!とガッツポーズをした。また来ますねと繰り返し、足早にプリンタコーナーをあとにする。

おそらくもう来ることはないだろう。
他の店を回るから。次の日はもっと探す時間があるから。


後ろは振り返らなかった。


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