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〈 短編小説 〉明太フランス 第3話

明太フランス第2話→

https://note.com/toru_5/n/n53c3f422fb38

「いい宿だったよなぁ、ただちょっと遠いな。往復5時間で滞在4時間ってのしんどいわ。」
「ごめんね、運転もお金もいつも・・・」
「うるせーな、いいんだよ俺は男だし、まいは甘やかすって決めてんだ」

すっかり暗くなった帰り道、高速道路を走りながらたわいも無い話を続けていた。
聞きなれた愛しいはずの声は少し遠くに響いて、私は窓の外に見える都会とも田舎とも言えない街並みの灯りをみていた。小さな灯り一つ一つの中には幸せな家庭も、寂しい思いをしている人もいる。私は・・・

「ねぇ、お腹すいてきたし夕食どうしよっか?
次のサービスエリア新しくて美味しそうなお店結構入ってるよ」
「あー。確かに減ってきたな。なんだよぉ、次は何を食べたいのですかお嬢様?って言えば気が済むんかー」
笑いながらタバコを吸うタカシの口元から風に乗ってほの青い煙が窓の外に逃げていく。

新しいサービスエリアは空いていて、その中でもお肉料理が美味しそうな店舗に入った。

「お前さ、飲めばいいじゃん。ワインとか美味そうだし。」

タカシは一緒に食事をする時必ずそう言う。私が食べたり飲んだりする姿を見るのがすごく好きなんだそうだ。こんなに美味しそうに食べるやつ見たことないから楽しくてしょうがないって。
「そだね、じゃ今日は少し飲ませてもらおーかな。運転手さんには申し訳ないけど」
瞳をみつめて笑う私に彼は少し驚いた表情をするが、すぐに店員さんを呼んでワインを注文してくれた。

お互いタンシチューを頼み、タカシはライスで私はバケットとワイン。料理が届いて1口味わったところで

「あ、ねぇここのお会計は私ね」
と提案した。
「は?何言ってる?いいんだよ俺はお前の財布なのでー」笑いながらタンを口に運ぶ。
「ううん、今日は絶対私がご馳走したいの。今まで1度も私払ったことないもん。今までありがとうって、今夜は絶対私が払う!」
「あーー。わかったわかった。じゃ今夜だけはご馳走になるかなぁ。こえーなぁ、後でとんでもないもの買ってとか言うなよ!」
少し困ったような顔で笑うタカシの顔をみつめて私も笑った。見慣れた笑顔は少しだけ違ったように見えて、テーブルを乗り越えて抱きつきたい衝動に駆られたのを必死で抑えた。



「やっぱまいは甘いパンが好きなんだなぁ。あ、でも俺の好きなやつも選んでくれてるじゃん」

トレイに乗ってる明太フランスを見て微笑むのは、あの時のタカシそのままだ。
笑うと線になる一重の目、高い鼻、片方だけ八重歯のある口元、そして私を迷わせるパーラメントの香り。

ふわふわとする気持ちに気付かないふりをして会計の列に並んだ。

「ねぇ、私さっき言ったの聞こえてる?」
「あー。子供ね。だってまいあの後急に連絡くれなくなるしさ、メールしだって返信こないしさぁ。おれ、めちゃくちゃ寂しかったんだからな。あんなに好きになることってないし。そんな時にたまたま嫁とさ」
「年齢的にどう見ても5、6歳だから、私たち一緒にいた頃だよね?奥さんとそーゆーことしてないっていってたじゃん。」
「あー、そーだな上のボウズは。あまりにもさ、ほっとくとアイツ病んじゃうから1回したらできちゃった感じだったかも。」
「そっか。でも子供欲しがってたしよかったね。それからさ、住所」

窓をチラッと見ると、外のベンチで子供たちと話してる奥さんの姿が見えた。細い肩、柔らかな笑顔、ショートの綺麗な黒髪
幸せを身体中に纏うその姿は、私が一番欲しくて手に入らないものだった。

「住所はさぁ、悪かったよ。やっぱりさ、あんな関係だったからなかなかホントの住所言えないじゃん?俺昔付き合ってた彼女がストーカーみたくなって家にまで来て大変だったからさ」
「私と付き合う前もそんなことしてたんだ。それじゃ奥さんも大変だね」

バカな人・・・聞こえないくらいのため息をついて進むと

「なぁ。また会えないかな?俺電話も変えてないし、近所って知ってるならむしろこれからの方が会いやすいじゃん」

列に並びながら周りに見えないように私の右手小指を握ってきた。
小指から伝わる痺れるような快感に気が遠くなる。


明太フランス第4話(最終話)→

https://note.com/toru_5/n/nace463f3fdaf