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〈 短編小説 〉明太フランス 第4話(最終話)

明太フランス 第3話→

https://note.com/toru_5/n/nb9d9e3be4449


「まいちゃーん!私会計終わったから出てるね!お客さんに電話もしなくちゃならないし!」
意識が飛ぶほどの感覚に見舞われていた私を正気に引き戻してくれたのは、いつも必要以上に大きな声を出す先輩だった。普段だったら恥ずかしくて仕方ないところだけれど、今日ばかりは心の底から感謝した。

コクコクっと頷き、彼女がドアから出たのを見届けてから彼を見上げた。

「それはないっしょ」
「なんで?いいっしょ。だってイヤなら小指振りほどくじゃん、まいなら。」

なんでこの人は・・・
悔しいけど私の事全部わかってるんだ。何が好きで何がダメか、どうすれば喜ぶか、何をしたら怒るのか、何を幸せと感じるのか。


ただ一つ、わかってなかったのは


「・・・うん。わかった。1回会おうか、少しだけ」
「おー、よっし、じゃ連絡するわ。まいもスマホ変わってないだろ?」
「変わってないよ。相変わらずメールなの?今どき珍しいね」
「あ、あの頃はあれ会社の携帯からずっと連絡してたからさ。俺の個人の番号教えてなかったもんな。LINEにしよ。すぐ連絡するわ」

悪びれもなくさらっと酷いこと言うなぁと、少し痛む歯を気にしながらレジにパンの乗ったトレイを出した。
お金を払ってレジを離れる時
「待っててな」
といつもの少年のような少し狡い、私の大好きだった笑顔が瞳の端に映っていた。


仕事の早い男だったわ、思えば。
その日20時を回った頃、スマホがLINEの通知を告げた。
私は昼に買ったパンで夕食を済ませようと袋から出したところで、指に付いたフレンチトーストの卵液をペロッと舐めてスマホの画面を開いた。

今日はマジ驚いたな!
今から会える?15分後にアパート前に行くわ

私の意思確認無しかよぉ。
相変わらずだなぁと思わず笑い、化粧直しをしながら

会ってどうするの?

と、鏡にうつる自分に聞いてみた。

それを確認するために会うんでしょ?

と鏡の中の彼女は言ってるようだった。

きっちり15分後に電話がきて、私はアパートの外に出た。
そこには私の知らない白のワンボックスカーが停まっており一瞬ためらったが、窓が開くと人懐っこい笑顔が私を迎えてくれたのでそのまま助手席に滑り込んだ。

「車変えたんだね」
「そーなんだよ、子供2人が男で暴れるしさぁ、大きい車の方が便利なんよ」

もう子供のことを隠す必要も無くなったからか迷いもなく話し始めるタケシを見て、チカラが抜けた。

どこ行くー?と聞くタカシが欲しい答えを私は分かっていたけれど、これからお母さんから電話かかってくるから近くのコンビニの駐車場に向かって欲しいと告げた。

「それならまいの部屋でもいいじゃん」
「今は散らかってるし、付き合ってるわけでもない男を部屋に入れるほど軽くないんだよねー」
「わー。なにそれ今更だろー俺たち」

コンビニの駐車場についてとりあえず何か飲みたいから買ってくると告げる私の手を握り、

「っしゃ、じゃ買うかぁ」
とそのまま店内に入った。
ドリンクコーナーの冷蔵庫のドアを開けると、私が好きなコーヒーの缶を迷いなくつかみ、これでしょ?とレジに持っていく。パーラメントも一緒に買い、車に戻った。

窓を少し開けてタバコを吸う時には、一瞬3年前に戻った気がして首筋の脈が聞こえるんじゃないかと思うくらい鼓動が激しかった。激しかったのだけど・・・不思議に心は落ち着いていて、あの頃とは明らかに何かが違っていた。

「驚いたよなぁ、まさかあんなとこで会うとか。しかも嫁と子供一緒だったからビビったわ」
「ほんとだね、私もたまたま仕事帰りに先輩に誘われて寄ったから普段はそんな行かないお店だし」
「まいさ、全然変わってないってゆーか、むしろ綺麗になったんじゃねーの?俺最初分からなくて、いい女いるなーって見てたらまいだったから」

タカシはいつもそうやって私の喜ぶ事を言ってくれる。そんなところは相変わらずなのね、いい気分に、お姫様にしてくれる。

「なぁ、また会わない?俺さ、まいと会わなくなってからほんと寂しくて。」

私の缶コーヒーのプルタブをカコンッと開けて

「あの後何人かと付き合ったり、今も彼女いるけど、まいみたいに愛せないってゆーかさ、エッチする時も燃えないんだよなぁ。まいにできたことも彼女にはできないし。」

私に渡した。

多分その時の私の瞳はガラス玉みたいだったと思う。開いているけど光がないような。

「そっかぁ、相変わらず女の子好きだねぇ。子供2人もいるのに、奥さんにも子供にも悪いとかないのぉ?」
「まーまー、それはそれこれはこれだしさ。まいに会えたのも、また仲良くした方がいいって神様がいってくれてるんじゃないのー?」

悪びれずに酷いことを言う人。あの頃はそれさえも分からないほど、この人に夢中だったんだ。

「だからさ・・・」

俯く私の肩に手を乗せて引き寄せ、抱きしめながら唇を重ねようとしたけれど、

「ごめんごめん、そーゆーんじゃなくて、私今日はあの時急に連絡しなくなったお詫びと、今までありがとねーって言うために来たんだよー!」

と、明るく、でも自分にこんなチカラがあったんだと驚くほどの腕力で彼の胸を押しのけた。

暗い車内でも分かるくらいのビックリした顔を彼はしたけれど、すぐに

「おーい、まじかー。参ったなぁ俺さ、まいとやる気満々で来たんだけどなぁ」
と笑い始め、パーラメントの火を消した。
なんだよー、ちょっとくらいいいじゃん?ねー?と言う彼の声はもう遠くに聞こえ、私はスマホを出して、
「あ、ごめんごめん。お母さんから着信あったから、話しながら歩いて帰るわ」

と車のドアを開け外に出た。
送るよーと、背中越しに聞こえたけれど、近いからいいわって聞こえないだろうけど呟いた。

できるだけ早く、早く歩いた。歩きたかった。

私の事全部わかってる男〈 ひと〉
好きな物も嫌いな物も、嬉しいことも怒ることも、喜ぶことも全部知ってるはずなのに

たった一つだけ分かってなかったことは

今でもわかってくれてないんだね

早く、早く歩いた。

アパートのドアを閉め夕食がまだだったことを思い出してパンの袋を開けた私は、さっきつまんだフレンチトーストを頬張りながら明太フランスをトースターに入れた。
少し温めた方が美味しいし、と思いながらタカシのことをすこしだけ考えた。
会って良かった。ちゃんと頭が整理できた。認めているようで認めていなかった自分の気持ちにケリがついた。

そんなことを考えているうちに、焦げ臭い匂いが部屋中充満してる事に気づき、トースターをあけたら明太フランスは見事に焦げてどう工夫しても食べられる状態じゃなかった。
暫くそんな哀れなパンを見つめていたけれど、なんかクスクスと笑いが勝手に漏れてきて、冷めてカチカチになった真っ黒パンをゴミ箱にポイッと捨て、窓を開けて空気の入れ替えをしアップルパイを頬ばった。

やっぱり私は甘いパンが好きだ。

次は甘いパンを一緒に頬ばれる、大切で大好きな人を見つけよう。

歪んだお月様を見ながらそう心に刻んだ。


おしまい