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2022年龍谷大学古文解説(一般入試現代語訳)「紫式部日記」

女房たちの容姿についてあれこれ申し上げるのは、品のない行為であるのではないでしょうか。しかもその対象が現在の人々だったならどれほどでしょう。当面の人については、やはり言いづらいことであるので、さてどんなものかというような、少しでも欠点のある人については、言わないことにしましょう。
宰相の君は、ふっくらととても容姿が整っていて、才気溢れる知性的な顔をした人で、ちょっと対座している時よりも、何度も対面していくうちに格段とすばらしく見えてきて、洗練されていて、口元は品があり、艶やかな美しさもそなわっている。物腰などもとても立派に美しく見えます。性格も悪いところがなく、可愛らしい人なのですが、またこちらが恐れ多くなるほどの品もそなわっているのです。
小少将の君は、どことなく上品で優美で、二月頃のしだれ柳のようです。姿態はとても可愛らしく、性格も、自分の意見を押し出そうとすることもなく遠慮がちで、とても世間に対して恥じらいを持ち、あまりに見苦しいまで子供っぽく繊細でいらっしゃる。意地の悪い人が、悪いように扱ったり、ちょっとでも悪いようなことを言う人がでもあったものなら、すぐにそれを思いつめて、命も亡くしてしまいそうな、弱々しくどうしようもないところを持っていらっしゃるのは、あまりに心配なほどです。
宮の内侍は、またとても清楚な人です。背丈はとてもちょうどよいくらいであるが、その座っている様子、姿格好は、とても堂々として、当世風の姿態で、特にとりたてて美しい人とは見えぬものの、とても清楚ですらりとして、中高な顔立ちで、黒髪に映えた色白の美しさなどは、誰よりもすぐれています。頭髪の格好や、髪の生え際、額つきなどは、何と清らかなんだと感じてしまう様子で、はなやかでいてかわいがあります。自然に振る舞って、気立てなども穏やかで、わずかばかりのどの方面につけても不安なことはなく、すべてにつけてそうありたいと思える、人の模範にしたい人柄です。それでいて気取ったりするようなところはないのです。
式部のおもとはその妹です。とてもふっくらし過ぎて太った人で、色白に美しく、とてもほそくてきれいなお顔です。髪もたいそう美しく、長くはないのであろう、付け髪してつくろって、宮仕えに参ります。その時の太った姿態が、とても美しかったことだったなあ。目もとや、額つきなどは、本当に清楚で、ちょっと微笑んだところなど、愛くるしい感じでいっぱいでした。 
若い女房の中で容姿が美しく思える人では、小大輔の君、源式部の君などがいます。小大輔の君は小柄な人で、容姿はとても当世風で、髪は端麗で、もとはとても豊かで、背丈に一尺以上もあまっていたが、今では抜け落ちて細くなっています。顔も才気があって、ああ美しい人よと見えます。容貌は直さなければならないところなどないほどです。源式部は背丈もちょうどよく、ほっそりとした体形で、また顔も細く、見たままにかわいらしく、愛嬌もあり清らかで、どこかの姫君かと思われるような様子です。
 小兵衛、少弐などもたいそう清らかでございます。彼らは殿上人たちのなかで知らない者がいないほどでしょう。誰もが隠れるところを無いようにしているのですが、人気のないところに行き隠れるほどのことです。
 このようにあれこれ批評してきて、気立てというのは難しいものだなあ。それもそれぞれがあり、ひどく劣っている人もいない。また、格別に趣があって、優しく、才気や嗜みも、風流さも、安心さも、すべて具わっていることは難しい。それぞれ、どの点をとったらよいかと思われることが多うございます。それにしても他人の容姿や気性について好き勝手に批評しているのは、あまり感心できないことであるなあ。

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