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【2ストふしぎ発見】ロータリーディスクバルブ

エンジンオイルをガソリンと一緒に燃焼する構造上、どうしても排気ガスにオイルが混ざってしまう2ストローク(以下2スト)エンジン。
その特性とシンプルな構造ゆえ「4ストローク(以下4スト)エンジンよりも原始的なエンジン」と思われがちですが、実はレシプロエンジン黎明期であった19世紀後半において「4ストエンジンよりもシンプル・高性能なエンジン」を追求し、技術的な確立は4ストより後だった…という意外な誕生の経緯を持っています。

ヤマハ YA-1(1955)
海外製2ストエンジンの構造をマシンごと模倣して生まれた。
初期の2ストバイクらしく、ピストンバルブ式2ストエンジン搭載

シンプルでハイパワー、更にコンパクト軽量でもある2ストエンジンとバイクとの相性は極めて良好でしたが、初期の2ストエンジンは吸排気のタイミングを全てピストン自体で制御しており(ピストンバルブ機構)、シンプル軽量なのは良いのですが、更なる高性能化を追求するにあたり問題が発生しました。

それは、ピストンバルブ機構だと排気と掃気(あらかじめ吸気してクランクケース内で一次圧縮した混合気の圧力で排気ガスを追い払う行程)を完了し、排気ポートも掃気ポートも閉じた状態でないとうまく吸気を行う事ができず「吸気ポートを解放できる時間が短い」点と、高回転・高出力化を目指すと「低中回転域で吸気が幾分か押し戻され逆流してしまう(吹き戻し)」点であり、吸排気コントロールの全てをピストンだけに任せるピストンバルブ機構の限界が見えてきたのです。

そこで、吸気ポートを解放できる時間を長くしつつ吹き戻しを防ぐための「ピストンとは独立して吸気を制御し、逆流を防止するバルブ」が新たに開発されました。
それが「リードバルブ機構」と、今回の主役である「ロータリーディスクバルブ機構」です。

前置きが長くなってしまいましたが、本項では、2ストエンジンに味わい深い個性を与えてくれるロータリーディスクバルブ機構について軽く深掘りしていきます。

(上)リードバルブ概念図
(下)ロータリーディスクバルブ概念図

リードバルブとロータリーディスクバルブ。
どちらも生まれた目的は似ていますが、リードバルブが単純な逆流防止弁である一方で、ロータリーディスクバルブはエンジンの駆動力で穴の空いた円盤を回転させ能動的に吸気ON・OFFをコントロールできる「強制開閉式バルブ」であり、メカ的には全くの別物です。
付記:リードバルブにはピストンバルブと併用したピストンリードバルブやクランクケース上に設けたクランクケースリードバルブといった複数の様式がありますが、本項では詳細説明を割愛させて頂いております)

リードバルブよりも複雑化するきらいこそあったものの、開閉弁自体の弾力で動き「クランクケース内外の圧力差の影響で受け身的に開閉する」リードバルブと比べ「ON・OFFのメリハリがハッキリしている」ので、クランクケース内外の圧力差が大きくなる高回転時に高い吸気効率を発揮できるという強みがありました。
そのため、1980年代前半までのレーシングシーンでは、ロータリーディスクバルブ搭載マシンが大活躍していました。

ヤマハ YZR500(OW70/1983)
背面にロータリーディスクバルブを背負う形式を採用

レーサー用エンジンとしては人気だったロータリーディスクバルブ機構ですが、クランクケース横に回転するバルブ機構を置く事が一般的だったのでキャブレターはその更に横へ置かざるを得なくなり、どうしてもエンジン周りの幅が広くなってしまうという問題点があり、市販車への採用は主にエンジン幅が元々狭い小排気量・単気筒エンジンにて行われました。

カワサキ A1(1966) 愛称サムライ。
カワサキが「最速」にこだわり始めた記念すべきマシンでもある

中型以上のクラスではカワサキA1サムライA7アヴェンジャーブリヂストン350GTR、80年代レーサーレプリカブーム期のカワサキKR250250S、そしてスズキRG400500ガンマ…etc.と、採用されたマシンは限られています。

その一方で、ロータリーディスクバルブの「能動的に吸気タイミングをコントロールできる」という特性は、2ストロークエンジンの弱みでもある低・中回転時の出力特性改善にも積極的に用いられました。
特にヤマハは、1960年代において完成度を高めたロータリーディスクバルブ搭載・単気筒2ストエンジンを70年代以降は実用バイク用途へと積極転用し、YB50を筆頭としたYB一族の繁栄にも繋がったのです。
同様のアプローチはスズキでも行われ、ヤマハ同様「ロータリーディスクバルブ=ビジネスバイク向け」というレッテルを貼られがちになった原因に繋がったと思われます。

60年代まではスポーツエンジンとして多用されていたが…
今では「ビジネスバイクのエンジン」という印象の方が強くなっている

しかし実際は上記の通り、レーサー用エンジンとしては1980年代中頃までバリバリ現役だったメカニズムであり、キャブが横に付き幅広になってしまうという欠点についても、1980年代のヤマハやアプリリアでは「ピストン背面にロータリーディスクバルブを背負わせる」というアプローチでエンジン回りのスリム化と吸気効率の更なる向上(クランクケース横ではなく後方から吸気させる)を実現、理論上は欠点を解決していました。

ところが、1980年代に入るとリードバルブの材質が進化し、高回転時におけるバルブ追従性が増した事で吸気効率も向上、ロータリーディスクバルブの優位性が失われました。こうして、複雑な機構や大型の回転バルブ設置スペースを要するロータリーディスクバルブをわざわざ搭載するメリットも見出しづらくなったのです。
更に、激烈な進化を遂げていた往年の2ストエンジン界において、ロータリーディスクバルブは「強制開閉式」ならではの弱点も露呈していました

それは、1気筒あたり125ccを超える排気量の大きいエンジンだと吸気する混合気の量が多くなり、吸気自体の慣性質量も増すので…吸気圧に応じて柔軟に動くリードバルブであれば吸気の慣性質量を活かした吸気効率アップを狙えるのですが、強制開閉式であるロータリーディスクバルブだと決められたタイミングにて問答無用で吸気をシャットアウトしてしまい、排気量の大きいエンジンであればリードバルブの方が吸気効率を上げる上ではむしろ有利…というものでした。
要するに、リードバルブであれば「大量に空気を吸った勢いで余分にもう少し吸える」状況であっても、ロータリーディスクバルブだと「決められた以上は吸えないよ!」となってしまうので、自ずと「1気筒あたりの排気量が少ないエンジン向きのバルブ形式」にならざるを得なかったのです。

スズキ GP125(1978)
ピストンバルブ2気筒エンジン搭載で人気だったGT125の下位モデルとして登場。
ロータリーディスクバルブ単気筒スポーツエンジンを搭載した、当時としては異色のモデル。
最近試乗の機会に恵まれたが非常に面白いパワー特性を持つ。さすがは変態スズキ

逆を言えば、125cc以下の単気筒バイクや2気筒250ccバイクにおいては、強制開閉式というロータリーディスクバルブの特色が生きた面白い乗り味のマシンが少なからず存在します。

上記のスズキ・GP125では、パワーバンドに入るやパワーもトルクも「ハイ!ここからガッツリ行きますよ!」と言わんばかりに下から上までキッチリと発揮され、程よくワインディングを流す際にパワーを掛けやすく、非常にテンポよくコーナリングを楽しめました。
これは「マニュアルフォーカス式のレンズを付けた一眼レフカメラでピントをじわりじわり合わせていく時のような」リードバルブ搭載2ストエンジンの「スロットルでフォーカスしていく快感」とは全く異なる感覚ですが、これはこれでアリだな!と感じさせられました。

カワサキ KR250(1984)
「スカイラインから盗んできたかのようなテールランプ」でお馴染み(?)
カワサキ渾身のレーサーレプリカ。凄まじくヒラヒラ曲がる超コーナリングマシンでもある。
このマシンは奇妙なルックス故ネタにされがちだが、中身はガチなので侮ってはならない

1984年に登場したカワサキ・KR250も無視できません。
本車は低中回転域をロータリーディスクバルブで賄い、高回転域になるとリードバルブを併用してパワーを稼ぐという「ロータリーディスクバルブとリードバルブのいいとこ取り」を図った「R.R.I.S.(Rotary and Read valve Intake System)」なる可変吸気機構を備えており、同年代のレーサーレプリカが不得意とする中回転域から充分なパワーを発揮しつつも高回転域ではフィーリングが気持ち変わって繊細さを増します。二段ロケットというよりは二重人格的なパワー特性を備えており、味わい深いエンジンだといえます。
ルックスで全てを台無しにした気もしなくはありませんが…

スズキ RG400ガンマ(1985)
いつかコンディション良好な個体に乗ってみたい。きっと面白いはずだ、スズキだし

そして国産ロータリーディスクバルブ搭載2ストマシンの最高峰といえば、何と言ってもスズキ・400&500ガンマなのですが、残念ながら筆者は良好なコンディションの個体に乗った事がない(とりあえず走る、程度の個体には乗ったが恐らく参考にならない)上に全開走行の経験もなく、本項でのレビューに足るだけのprprふれあい経験値がありません。ごめんなさい。

A1後期型。カワサキには早過ぎたCDI点火

ともあれ、令和の今だからこそ、ロータリーディスクバルブ機構ならではの個性を楽しむのもまた一興なのでは?と筆者なりに思います。
強制開閉式バルブであるロータリーディスクバルブはメーカーの思惑を明確に反映させたパワー特性のエンジンを作り易いのか、特定の回転域というか「ゾーン」でモリッとパワーが出る傾向がある印象です。
それは「ポイント」でドラマティックにパワーを炸裂させる傾向のあるリードバルブ・ピストンバルブ搭載マシンとは明らかに異なる個性であり、同じ2ストロークエンジンでありながらも乗り比べるだけの価値を感じています。

高回転域でパワーを安定して吐き出すセッティングだったり、低中回転域でもりもりパワーを出すためだったり。
そういった「パワー特性的な差異」は、内燃機関ならではの個性だといえます。

これから本格的な普及段階に入っていくであろう電動モーターによる駆動では「パワー特性的な差異」は個性と呼べる程には出にくいでしょうし、最近のEVに搭載され始めた「うそんこエンジン音」のように「うそんこパワー特性」がフレーバー的に付与される可能性もあります。

エンジン大好き。でもきっとモーターも楽しい

もちろん、バイクのEV化については否定しませんし、内燃機関搭載バイクとは違った個性や楽しさもきっとあると思います。
しかし一方で、ただ新しいものが古いものを淘汰駆逐するのではなく、古いバイクと新しいバイクが棲み分けて共存共栄し、それぞれの個性を楽しんでいけるような、そんな素敵なバイク文化が花開いていく事を願ってやみません。

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