いるべき場所


ランダム単語ガチャで出た単語
一途な愛 あぶらみ 売名行為

「俺のやり方が間違ってるのだろうか」開店して早三ヶ月。金曜の夜にも関わらず閑古鳥が鳴いており、この店の店長である矢島は自信を失いかけていた。

趣味がお酒であった矢島は会社員時代には全国各地の居酒屋を廻ってきた。人づてで聞いたオススメ店で気になる店があれば翌日には有給を利用して向かうほど、一途に居酒屋という場所を愛していた。

その熱量を酒場で知り合った飲食店の店長に買われ、その店長の店舗を経営してるオーナーに紹介してもらい、新規オープンの店を任されたのが三ヶ月前。

「矢島君の熱意があればすぐに独立できるよ」とオーナーに説得され、まずは飲食店のノウハウを学ぶということで店を任されるようになった。

早朝から仕込みを始め、この店最大の売りとなっているスープの鍋を見守りながら接客も行うというマルチタスクに最初は覚束なかったものの、徐々に身体も慣れていき今や1人で立派にこなすことができるようになった。

しかし仕事に慣れれば慣れるほど矢島の心には「俺のやりたかった居酒屋はこんな物なのだったのか?まずはノウハウを得たいがために自分の魂を売ってるだけの売名行為みたいな物じゃないのか」とモヤモヤが募っていった。

そんなある日のランチタイム、1人の客が箸もつけずに「あんた、全然分かってねぇよ」と吐き捨てるように言ってきた。

「何かご不満なことでも?」矢島は戸惑いながらそう聞くと「よく見てみろ、このあぶらみ。ただ乗せましたってだけじゃねぇか!細かく刻んで乗せるからこそ麺と絡み合って甘みのハーモーニーが生まれるんだよ!」とその客は熱弁を振い出した。

「申し訳ありません、勉強不足で。今から作り直します」そう言って丼を下げた矢島の中にはここ数ヶ月忘れかけていた情熱が湧き上がっていた。

「そうだ、そうだよな。このまま偽っていたら自分がこの分銅に沈み込んでしまうぞ」矢島の手は力強く、大きく一歩踏み出すようにあぶらみを刻んでいった。

その翌月、二郎系居酒屋「こってりしていきますか」は開店から4ヶ月でひっそりと幕を閉じた。

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