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第6話 「ストレスの必要性」(富山県)

自転車日本一周旅 〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜


雨が降りそうな曇り空。
滋賀から北陸地方を日本海沿いに縦断して新潟に至る国道8号線をひたすら北上。
本日は金沢市を出発し、国道8号線を富山方面に北上。
適当な屋根のあるところを探し、野宿を予定。
まだ見ぬ、北海道は遥か先にある。

石川県と富山県の県境辺りで、雨が降り出した。
自転車旅にとって、雨は厄介な存在だ。
全身ビショビショになる。カッパを着込んでペダルを漕いだら、サウナ状態になる。
メガネが雨粒と体温で曇り、視界が悪くなる。
ブレーキの効きが悪くなる。
だから、基本的には雨天時は基本的に自転車に乗らずに、身体を休める日にしている。
困るのは雨が降りそうで降らない今日のような曖昧な日。

富山市を少し過ぎたところに簡易パーキングがあった。
屋根付きのあずまやがあったので今晩の野営地に決定。
富山県滑川市の道の駅だ。
道の駅は、自転車旅行者にとってありがたいオアシスだ。
トイレ、屋根付きの休憩スペース、飲食関係が完備。
充実しているところだと温泉も併設している。
さすが京阪神から新潟へ至る幹線国道だけあって、大型トラックの行き来がすごい。日本海の新鮮な海の幸を京都や大阪の市場まで運搬しているのだろう。

素早く着替えを済まし、自転車の荷物整理をしていると、地元のおじさんがやってきた。
今は雨だから、立山連峰を臨むことはできないが、晴れた日のここから眺める立山は最高なのだそうだ。
間近に迫る半分雪をかぶった3000メートル級に近い山々、北アルプスなのだ。
この立山連峰の一つに剣岳(2998m)という百名山がある。
この頂から富山湾の1番低い勾配差が5000mあるらしい。実はこの富山湾はホタルイカの名産地で、米もとてもうまいらしい。この山から流れる冷たい雪解け水に秘密があるらしい。
立山連峰から急角度で湾や田畑に流れ注ぐ冷たい天然水が、生物、植物を育むのに適しているのだそうだ。
特にここはホタルイカの大群の発光が見られる。
日本中でも滑川近くの富山湾に限られているのだそうだ。
この時期、ホタルイカの集群が見られるのは、富山湾がすり鉢状の地形になっており、立山連峰から流れる勢いのある天然水が富山湾に流れ込み、すり鉢状の底から上に向かって流れる湧昇流の影響でホタルイカたちは岸近くまで押されるのだという。
なるほど。
勉強になった。

しばらくすると、今度はトラックの運転手が近づいてきた。
自転車の大量の荷物が気になったのだろう。

「にいちゃん、どこから来たんや?」

とトラック運転手は、缶コーヒーをポンと投げてくれた。

「関西です。兵庫の篠山からです」

これまで何十回と聞かれた質問に答える。

「そうか、同じやな。俺は大阪や。どこに行くんや?」

トラック運転手は気さくな人だった。

「自転車で日本一周中です。まずは北海道の最北端宗谷岬を目指して、8号線を北上しています。」

雲に隠れた遠くの立山を見る表情は、俺ももう少し若かったらやってみたかったなぁ、と語っているようだ。

「気つけや。この道はトラックが多いからな」

「おっちゃんは何を運んでいるんですか?」

「おれのトラックか。そうやな、オモロイ話、教えたろ」

「にいちゃんは自転車で日本の遠くまで行きたいんやろ。おれのトラックの荷台には大量の熱帯魚が泳いどる。
その熱帯魚を九州から新潟まで運んどる。」

「あの沖縄とか南の綺麗な海で泳いでいる熱帯魚ですか?」

「そうや、何百匹もトラックの水槽で泳いどる。ここで質問や。
この熱帯魚を元気な状態で目的地まで届けるのがおれの仕事や。
水槽にあるちょっとした工夫をしてやらないと、目的地に到着する前に大半の熱帯魚が死んでしまう。
そのちょっとした工夫、にいちゃん、分かるかい?」

僕は少し考えた。

「水温が問題でしょう。南の海のように少し水温高めで適正な水温を保てばいいんではないですか。」

「いいや、そんな問題ではない」

クイズ番組のように答える。

「酸素でしょう。酸欠状態にならないようにする」

「それも違う。」

「わかりました。揺れだと思います。人間も船酔い、車酔いをします。運ぶときに揺れに気をつける。」

「ブーッ」

「時間でしょう。九州から新潟までだと時間がかかり過ぎます。国道ではなく、高速道路で運ぶ時間を出来るだけ短くする。

「違うな、運搬用のエサにしても答えは一緒。大半の熱帯魚は弱ってしまう」

「わかんないっすね。どんな工夫があるんですか。教えてください」

さて、どんな答えか・・・。

「答えはな、この熱帯魚が最も苦手とする天敵を水槽に、数匹入れる。
熱帯魚は天敵に襲われたら大変だから、水槽の中を必死で天敵から逃げまくる。
逃げて逃げて逃げまくっていたら、目的地に到着していたということや。」


「なるほど、数匹ぐらい犠牲になるけど、そんな気がします。」

人生勉強だと感心していたら、トラックおじさんは続ける。

「この話は何を意味しているか、分かるか。
充実した人生を歩もうと思ったら、ある程度のストレスが必要なんや。
自分に負荷をかける。良い意味でな。
おれやったら、自転車旅だけの生活は退屈しそうやから、たまにアルバイトをしてみるとか、するやろな。
変化のない生活は退屈やろ。
自分にストレスをかけるんや。
そしたら、生活が充実するもんや。
人は能力があるから、重荷を背負うんではない。
重荷を背負うから力が出るっちゅうもんや。

そろそろ出発の時間や、にいちゃん事故には気をつけて頑張りや。」

トラックおじさんは、もう一本缶コーヒーを手渡して、トラックに乗って走っていった。

以前聞いた話を思い出した。
ある海外で起こった高層マンションでの火事の話。
どんどん炎と煙が上ってくる。
火事で逃げ遅れたお母さんとその赤ちゃんが屋上に取り残された。
しかし、高層マンションなので、はしご車も届かず救出ができない。
そこで消防隊員は突破劇のように考えた。
隣のマンションの屋上から、母子がいる屋上にはしごを渡して助けることにしたのだ。
消防隊員は、はしごを渡って、火事になっているマンションに移り、最初に赤ちゃんを抱いてはしごを渡り、隣のマンションに救出した。
「お母さん、今度はあなたの番ですよ。渡ってください」
そういうと、そのお母さんは首を横に振る。
「子どもが助かったから私は、ここで死んでもいい」
「私に渡れるはずがない。怖い」
いろんな思いがお母さんの心の中を錯綜し、生きることを諦め、死ぬ覚悟を決めてしまった。
そのとき消防隊員がとった行動がすごい。
もう一度、赤ちゃんを抱いてお母さんのいるマンションの屋上に戻り、お子さんを手渡しながら、こう言った。
「お母さん、次はお母さんが赤ちゃんを助ける番ですよ」
一人では渡れなかったお母さんですが、子どもを抱いたとたん、子どもを助けたい一心ではしごを渡りきったのだ。
環境や条件が整っていて、楽だから力が出るのではない。
人は力があるから重荷を背負うのではなく、重荷を背負うから力がでるのだ。


「う〜し、旅でバイトだ。
北海道でアルバイトだ。」
充実した人生を歩むためには、変化とストレスが必要なのだ。

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