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第19話「2つの最西端を制する」(長崎県)

自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜


自転車旅は、神奈川県茅ヶ崎から西に向かって爆進する。
ひたすらペダルを漕ぐ。疲れたら休む。
少し休憩してまた走る。
友人知人宅を渡り歩き、時に健康ランドや安宿を利用し、道の駅、東海道新幹線の高架下の空き地、運動公園、キャンプ場、工場跡地、湖畔、バス停留所などにテントを張って夜を凌ぎ、東海、関西、山陰、中国地方を駆け抜ける。
どんどん距離を稼ぎ、九州付近までやってきた。

自転車旅での主な休憩場所は、国道沿いの道の駅、トイレや自動販売機のある公園などの公共施設や、ブックオフなどの古本屋が多い。
古本屋で買った文庫本を片手に缶コーヒーを飲んで公園のベンチで腰をかけて休憩する。
公園のそばにはよく石碑が立っている。
その地域に貢献した偉人などだ。
多くの公園で目にしたのが、伊能忠敬(いのうただたか)が立ち寄った場所を記す石碑だ。

伊能忠敬という人は、江戸時代に日本地図を作った偉人。
日本地図の測量の旅に出たのは、55歳の時だ。
73歳までの18年間、日本列島を歩き回り、日本地図を完成させた。
人生を始めるのに年齢はあまり関係ない。
日清食品の安藤百福氏は、48歳でチキンラーメンを開発した。
マクドナルドのレイクロックは、52歳でバーガーショップを始めた。
カーネル・サンダースは、65歳でケンタッキーフライドチキンを始めた。
今日は、残りの人生を始める最初の日である。
情熱と挑戦が人生を作っているのだ。
かっこいい大人たちは、人生にチャレンジして、自分のやりたいことに向かってセカンドステージに挑んでいる。
往年の偉人の代表格伊能忠敬氏は語る。

「人間は夢を持ち続け、前へ歩き続ける限り、余生はいらない。」

余生。「余りの生」などどこにもない。人は生きている限り何歳になろうが現役なのだ。


文庫本を片手に本の一説と今いる場所がシンクロすることがある。
公園の石碑に刻まれた伊能忠敬の言葉と文庫本に書き記された一文。
「おお、ビンゴ」と偶然に驚くことがある。

茅ヶ崎を出発して、33日間を要して、山口県下関市の本州最西端「毘沙ノ鼻(びしゃのはな)」を制し、関門海峡を越え、念願の北九州に入った。

そこから本土最西端「神崎鼻」を目指す。
小倉、福岡、唐津を経て、長崎県佐世保市の「神崎鼻」へ到着。
そこはただの公園だった。最西端を示すモニュメントがひっそりと海のそばに立っていた。最北端「宗谷岬」、最東端「納沙布岬」に比べると控え目な印象だ。

その公園のベンチで休憩していると、ランニングをしている地元のおじさんが、走ってきた。タオルで汗をぬぐい隣のベンチに腰掛けた。

「兄ちゃん、自転車で走ってるのかい?」

いつもランニング中、この公園のベンチで休憩するようだ。

「はい、自転車日本一周中です。夏の間、北海道を巡って、日本列島を南下してきました。次は鹿児島の佐多岬に向かっています。寒くなる前に沖縄に行くつもりです。」

「ワイもランニングをして身体を鍛えているけど、自転車で日本一周はすごいな。」
おじさんは自転車旅に興味を持ったようだ。

「自転車はいいですよ。ランニングより風を切って走る感覚、たまりません。」

「ワイも自転車やってみようかな。」

「ぜひ、お勧めします。」

「ありがとう。君に元気をもらったよ。」

とランニングおじさんは、ボクサーばりに軽快に走り去った。
これまで幾度となく、同じような内容の話をたくさんしてきた。

自転車旅を始めた頃は、ヨレヨレのTシャツと短パン姿だった。
無精髭を伸ばしてあえて貧しい風貌で人に接していた。
可哀想な旅人を演じて、何かを恵んでもらう魂胆があった。
「あ、この人、大変なんだ。」
そう思わせておごってもらう。
でもこれはうまくいかないことを出会いを繰り返していく中で学んだ。
出会いを繰り返せばアイデアが生まれるのだ。
デアイデアイデアイ。
デアイを繰り返するとその中に「アイデア」が隠されている。


旅も人生も基本は、出会いと人間関係だ。
「メラビアンの法則」と呼ばれる法則がある。
心理学者のメラビアンが提唱している概念。
人の第一印象は初めて会ったたった5秒で決まる。
その情報の殆どが視覚情報。つまり見た目が決定している。
見た目や表情、仕草で55%。
声の質大きさ話す速度が38%。
言葉の意味や内容が7%。

相手から見て感じのいい印象を与えなければならない。
そのためには、人柄を良くする。笑顔で接する。見た目を良くする。
以前の旅のスタイルと180度違う型だ。
人と接する時の鉄則。
それは、
聴くことを多くし、
語ることを少なくし、
行うことに力を注ぐべし。

如何に相手の話を引き出すかが出会いを深めるコツになる。
そのためには「すなお」になることが大事だ。
先のトレーニングおじさんの例でいくと、

「兄ちゃん、自転車で走ってるのかい?」

「はい、自転車日本一周中です。夏の間、北海道を巡って、日本列島を南下してきました。次は鹿児島の佐多岬に向かっています。寒くなる前に沖縄に行くつもりです。おじさんはいつも走っているんですか?」

「そうそう、ワイも毎日ランニングをして身体を鍛えているんだ。」

「すごいですね」
と相手の立場になる。

「こうして走っていると身体も心も空っぽになるんだよね。汗を流した後に飲むビールは最高だからね。」

「なるほど」
と相手に共感をする。

「そしていつかフルマラソン に挑戦して、孫たちを驚かせたいんだよ。」

「それは面白いですね」
と感動して、相手と一体となる。

「フルマラソン より、自転車の方が孫たちは驚くかな。」

「自転車はオススメですよ。お孫さんと一緒に自転車ツーリングしたら喜ぶんじゃないですか。」

「ありがとう。君に元気をもらったよ。今晩家で泊まって行けよ。旨い魚があるんだ。孫たちに自転車の話をしてやってくれないか。」

「いいんすか、ありがとうございます。」

というオイシイ展開が待っている。

コミュニケーションの真髄は、話上手ではなく、聞き上手でもない。
聴き出し上手である。
聴くことに注力することだ。
「すごいですね」で相手の立場になって、「なるほど」で共感する。
「おもしろいですね」で感動して、相手と一体になる。
素直な人の口癖は、
「すごい!」
「なるほど!」
「おもしろい!」
だから、す・な・お!


一日だけ幸せでいたいなら、肉を食え。
一週間だけ幸せでいたいなら、風呂に入れ。
一ヶ月だけ幸せでいたいなら、本を読め。
一年だけ幸せでいたいなら、自転車に乗れ。
一生幸せでいたいなら、素直でいることだ。

新しい人との出会いは新しい自分との出会いと同じである。
新しい自分と出会いたければ素直になることだ。
そして人の話を聴くことに徹する。

季節は巡って11月中旬になった。
吐く息は白く、冬が近くなった。南国の楽園に向かって急ぐ自転車旅なのだ。

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