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「夜天一族」第八章

第八章「魔法の言葉を唱えましょう」マホウノコトバヲトナエマショウ

天井を二つの睛が不思議そうに視詰めている。
「お兄さまとセイちゃんはナニをしてますの?それに月の貴公子までご一緒ですのね」
コザル王女が辿り着いたのは光りに溢れた空間であったが、天井部分に当たる上空では星葉とコザル王子と月の貴公子ことユージン・ムーンシャインが、ナゼか同空間にいるようだった。
「アラアラ」
コザル王女の隣りで同じく天井部分を視ていた人物が面白そうに笑った。
「お兄さま達をここに辿り着けないようにしているのはどうしてですの?」
並んで観ている隣りの人物に問い質す。
「あら、バレてたのね。さすがコザル王女だわ、フフッ」
コザル王女の問い掛けに、半ば誤魔化して応える。
「はぐらかすのはヤメテ欲しいですの、月の女神は何を企んでおりますの?」
なんと!王女の隣りにいたのは月の女神と云うから驚きだ。
「企んでいるなんて心外だわ。ワタシは楽しみたいだけですのに?」
コザル王女の指摘に月の女神が悪びれることもなくニコリと笑う。
それは本当に女神の微笑みと云うに相応しい笑みである。
「キンちゃんを早くここへ招いて欲しいですの。なぜ、今回このようなことをしましたの?」
「そんなに怒らないで王女。ワタシは退屈だっただけ。誰かに呼び掛けたら、彼女・・・彼?に繋がったまでのことなのよ」
少々、イラつき気味のコザル王女に、月の女神がニコリと微笑む。
本心が掴めない月の女神の言葉にコザル王女はどう対処して好いのか言葉が視付からない。
「イーシャ、そんなに退屈ならば元いた場処に戻れば好いですの。月の世界は楽しいこと沢山ですのに」
宙に浮き上がって月の女神ことイーシャを視下ろす。
コザル王女にとって菫青は大切な友である。
その友人を退屈しのぎに呼び寄せたイーシャに納得ゆかないコザル王女なのだ。
「それはそれで普通すぎて面白くないじゃない?ワタシは楽しいことがしたいだけなの。ワクワクドキドキしたいじゃない?」
まるで子供のような無邪気さが恨めしい。
菫青と一緒にいる時とは別人のような、眉間にシワを寄せたコザル王女のイラつき具合もピークに達しそうだ。
「きっかけはなんにしろ、久々にキンちゃんに逢えたことはイーシャに感謝するですの。でも、退屈しのぎにキンちゃんの大切な時間をムダにするのは赦せないですの」
コザル王女が本気で怒っている。
いつもは温厚な性格の王女が誰かに対してイラつくなんてことは珍しい。
「そんなに怒らないでコザル王女。ふざけていた訳ではないのよ。ワタシはアナタにも逢いたかったのだもの、それは本当よ」
取り繕うようにコザル王女を宥める月の女神像はレアである。
ナゼなら、信仰の頂点に立つ者が何ぴとたりとも膝間着くことはしないのだから。
「イーシャはいつまでここにいるつもりですの」
月の塔に閉じ込められている月の女神に対してのコザル王女の問い掛けは妙である。
「あら、いつまでとはどう云うことかしら?ワタシはここに閉じ込められているのに?自分ではどうにもならないから、アナタのお友達に頼んだのよ」
「そうですの。いずれ月の貴公子もここへやって来るでしょうから、真実も分かりますの」
お互いにお互いを牽制しつつ、若干の緊張感を孕みながら均衡を保つ。
コザル王女と月の女神の関係も気になるところであるが、それよりも、他の面々はどうしているのだろうか。
「お兄さま達はどうなりますの。ここにはいつになったら現れますの?」
ホログラフィヴィジョンとして映し出されているが、彼等の行方は知れない。
「さあ?彼等はどうかしら、そのうちに現れるのではないかしら?」
我関せずと云った体のイーシャは、特に彼等を待っているとは云い難い。
「もう、分かりましたの。イーシャ、早くキンちゃんをここへ呼んで下さいですの。アタシはもう、月のお邸に帰りたいですの」
正直なところ、この状況にコザル王女は飽きていた。
月の塔に突入して菫青と生き別れてから、行き着いた先は月の女神の居塔であった。
「そんなこと云わないで、ワタシはコザル王女にとても逢いたかったのですもの。彼等には少しの間、時間を潰して頂くまでのこと、さあ、王女、もうご機嫌直して、いつものように笑ってちょうだい」
すっかりヘソを曲げてしまったコザル王女を宥めるのに必死な月の女神像も仲々レアである。
「・・・・・」
いつもなら、月の女神との楽しい穏やかな団欒のひと時であるはずなのだが、今日に限ってはコザル王女のご機嫌はかなり悪い。
月の女神と云えども、コザル王女のご機嫌取りは容易ではない。
「仕方ないわね。それじゃあ、唄いましょうか。王女のために唄わせてね」
不機嫌極まりないコザル王女の機嫌を取るかの如くイーシャが唄声を披露する。
その澄んだ唄声は、天上に響き渡る天使の調べと称されている。


♫マホウのコトバをとなえましょう
アナタのクチからほとばしる
ユメはまわりはしりだすよ
ダレかをさがしてる
カゼはくる トキはたつ ワタシはあいたい
みつけたいのはナガレ星
キノウもみつけたよ
ヨゾラにホシがひかったら
ソラをみあげてとなえよう
ココロにユメをいだいたなら
ツキにいのりをとどけましょう


カゼにながれクモはわたり
ワタシのおもいはダレのもの
アナタ ヒトリ たびだつように
ダレかのところまで
シアワセをとなえたら ココロはみたされ
ユクサキをしめされたなら
どこまでもかけてゆく
ヨゾラにホシがひかったら
ソラをみあげてとなえよう
ココロにユメをいだいたなら
ツキにいのりをとどけましょう

とんでゆくよ ダイチをこえて
テをとりあって
エガオたくさんのホシをつかんで
シアワセに
ヨゾラにホシがひかったら
ソラをみあげてとなえよう
ココロにユメをいだいたなら
ツキのいのりをとどけましょう
リョウテをかかげてシアワセいのれ♫ 


いつもだったら、嬉しくて楽しい唄の時間も、今日に限っては全然詰まらない。
コザル王女にとって、月の女神に逢える日はそれなりにワクワクしていたのだが、菫青と合流出来ないことにより、かなりイラついているのも事実だ。
そして、突然、コザル王女が変態化を実行し始めた。
「あら、あら、あら?まあ、まあ、まあ、コザル王女ってば、なんてステキに変身したのかしら!」
唄い終わったイーシャが感嘆の声を上げた。
「別に、今日はちょっとタイクツですの」
コザル王女の姿形が今までとは違い、人間同様に変化している。
元々が美意識の高い王女である。
それなりの衣服を身に纏っている姿は別人だ。
素材は綿ローンの白いドレスのティアードスカート。
それには細やかなピンタックとピコットでフチ取られている。
頸回りは丸衿に施されたフレンチレースの繊細さは芸術品だ。
マトンスリーブの両袖は乙女の憧れが沢山詰まっていて、袖口にもピコットが施されてある。
かつて、地球では、名作となっている赤毛の少女の物語がある。
赤毛の主人公が憧れて止まないワンピースがそれだ。(別名、提灯袖)
前身頃には縦に幾重にもピンタックが走っている。
狭い感覚で留められた釦には等間隔で共布リボンがアクセサリーのように縫い付けられていて、リボンを縁取るのもフランスレースだ。
ワンピースの下にはペチコートを重ね履きする。もちろん、共布で同色の白色である。
ワンピースの上には白エプロン。エプロンは腰に巻き付ける紐でたくし上げるように前で結ぶのが鉄則だ。
そして、胸元には花のコサージュが欠かせない。
本日のコサージュは、一輪薔薇のミニコサージュである。
紅と白の二色の二個付けは定番中の定番である。
乙女の夢を一杯に詰め込んだファッションに身を包んで、人間の少女と化したコザル王女は仲々の美少女だ。
「コザル王女のその姿にお目に掛かるのは久々ね。いつもその姿でいれば、もっとオシャレできるのに」
清楚な姿の少女と化したコザル王女に、イーシャが無神経な言葉を投げ掛ける。
「そんなにホイホイ変身していられませんの。それにキンちゃんの前では素の自分でいたいですの。イーシャこそ、いつまでここに閉じ篭っているつもりですの」
コザル王女は何やら事情を知っているような口振りである。
「そうねぇ、ここにいるのもソロソロ飽きて来たところかしら?でも、元に戻るのは面倒臭いのよね。ねぇ、コザル王女、ワタシと一緒に銀河の旅へいかない?」
はぐらかすようにイーシャが、また突拍子もないことを云う。
「イヤですの。アタシはキンちゃんと一緒にいるですの。だからイーシャとは旅行には行けませんの」
イーシャの提案をいとも簡単に撥ね退ける。
「あらぁ、そんなにハッキリとお断りされるのも哀しいわね。それじゃあ、ワ
タシと勝負しましょうか。勝った方が自分の好きなようにするのはどうかし
ら?」
勝負とは一体、この人は何がしたいのか?理解し難い。
またイーシャの思いつきで他人を巻き込もうとしているのだろうか。
月の女神の気まぐれも大概にして欲しい。
「今日のイーシャはどうかしてしまっているですの。一体、何がしたいですの」
月の女神に振り廻され感が不愉快でならない。
「ふぅ、そんな怖い顔しないで、コザル王女。ワタシはね、退屈しちゃってるの。ここに一人でいるのもつまらなくなってしまったわ」
イーシャにとってはコザル王女は唯一の友人とも云える存在だ。
度々、訪れて人の姿となり、イーシャとガールズトークを繰り広げている。
「それでしたら、もう元の棲処へお戻りになられたら好いですの」
コザル王女は何か知っているのだろうか。
「んー、それは余りしたくないことの一つなの」
即答するイーシャの眉間には思い切りシワが寄っている。
「なぜですの?理由は面倒臭いだけではないですのね。もしかして、月の貴
公子と何か関係でもありますの」
月の貴公子と云えば、やはり、この塔へ来ていることは先ほどフォログラフィヴィジョンでコザル王女の目に焼き付いている。
コザル王女の兄であるコザル王子と「夜天家」の双子の兄弟で兄の「夜天星葉」が月の貴公子と同空間にいたのを視ていた。
「お兄さま達もですが、キンちゃん達は何処にいるですの?早くここへお連れして欲しいですの」
「そんなにここにいるのが詰まらないかしら?いつもの王女は何処へ行ってしまったのかしら・・・?」
そう、いつもなら、一人で月の塔へやって来るコザル王女である。
イーシャとはとても仲の好い友人とも云えた。
しかし、今、現在の王女はとても友好的とは云い難い。
「ええ、つまらないですの。つまらなすぎて待ちくたびれてますの。だから、イーシャ、アナタと勝負しても好いですの。何にしますの?」
何もせずに只、待つだけの状況に飽きて来たのだ。
「まぁ、ホント?」
不機嫌極まりないコザル王女をものともせずに、嬉々とした表情を視せる月の女神は何処までも無邪気だ。
「ええ、ナニで勝負しますの。アタシが勝ったらキンちゃんと家に帰りますの」
イーシャの嬉しそうな笑顔にも騙されることはない。
寧ろ、挑むような鋭い視線を投げ掛けている。
「そうねぇ、ナニが好いかしらねぇ、どうしましょ。コザル王女はナニがしたいかしら?」
どうやらイーシャも本当にバトルをしたい訳ではなく、思い付きが口を吐いただけのようだ。
こんな不自由な場処にいつまでもいないで、さっさと元いた居住地に戻れば好いのにとコザル王女は思う。
「そんなに考えるくらいなら、何もしませんですの。いつものように美味しい紅茶を淹れて欲しいですの」
争い事を好まないコザル王女が、提示した要望にイーシャは睛を輝かせた。
「ええ、もちろんよ。ティータイムにしましょう」
イーシャにとって月の塔に直接入って来られたのは、コザル王女とコザル王子の兄弟くらいしかいず、彼等が唯一の友人とも云えた。
「ええ・・・」
至ってクールに王女が応える。
「それじゃあ、さっそく、用意するわね。紅茶はどのフレーバーがよろしいかしら?」
嬉々として睛の輝きを取り戻したイーシャは身も軽やかに着ているドレスの裾を翻す。
「パンッ」と手を打ち鳴らした。
それは先ほど、ユージンが別の空間でしたのと同じ動作だった。
イーシャが手を叩いた瞬間、部屋の様相が一変する。
辺り一面が薔薇の園と化していた。
薔薇園の中心に、こじんまりとした東屋が出現した。
四本の石柱と天井部分には、白色の蔦薔薇が絡まり美しく咲き誇っている。
天井の真下に丸テーブルが設えてあり、その上には繊細な磁器のティーセットが用意されていた。
白一色の透明感の美しい地肌の上に、甘やかで華やかな月面産のフルーツ、ムーンシャインマスカットがふんだんに使われたケーキが乗せられている。
「さあ、ティータイムに致しましょう」
コザル王女の好きな甘い香りの漂う紅茶をイーシャがティーポットからカップに注ぐ。
「さあ、どうぞ、召し上がって」
カップに注がれた紅茶をソーサーごと王女の目の前に差し出した。
「ありがとうですの」
イーシャの淹れた紅茶をカップの取っ手を持ち、一口含み咽へ流すと甘いバニラの香りが口中に広がった。
「さあ、いつものようにお茶会をしましょう」
月の塔は「人魚の国」に存在するが、当の人魚達は入場が禁止されているために、イーシャには楽しく会話が出来る相手がいなかった。
そんな折に、ひょっこり現れたのがコザル王女とコザル王子の兄妹だったのだ。
一人孤独の中にいたイーシャにとって賑やかなコザル兄妹の訪問は、楽しみの一つと化していた。
いつも陽気で笑顔の絶えないコザル王女は、ご機嫌斜めで今日に限っては終始笑顔に陰りが視えるばかりである。
「美味しいですの。このムーンシャインマスカット・・・キンちゃんにも喰べさせてあげたいですの。きっとキンちゃんも好きなはずですの」
ムーンシャインマスカットを口に入れた瞬間、菫青のことを思い出してセンチメンタルに落ち込む。
「コザル王女・・そんなに地球の子供のことが好きなのね。ワタシとの時間よりも・・・」
イーシャにはコザル兄妹だけが唯一の友達だと云うのに。
「イーシャ、ごめんなさいですの、アタシはキンちゃんとはいつもは放れ放れに過ごしているですの。イーシャがキンちゃんを月に呼びよせてくれたお陰で今回は逢えましたの。それはとても感謝してますの」
喋り続けたせいか、咽が渇いたため紅茶を一口含み潤す。
「王女は素直ね。自分の本心をいつでも表に出すことが出来るのはステキね」
眉間にシワを寄せたままケーキを頬張る王女を、女神の眼差しそのもので視詰める。
「・・・」
黙々とケーキを喰す王女は返事もしない。
「・・・ふぅ・・仕方ないわね。♬~♪~~♬~~♫」
コザル王女の状態に完全にお手上げのイーシャがハミングを始める。
「・・・」
イーシャの唄が続く中、王女はスイーツに全力を注いでいた。
ハミングと同時に光が粒子となって舞い踊る。
光の粒がコザル王女の上にも降り注ぐ。
キラキラと細やかな光はコザル王女と融合して王女自身も発光してゆく。
「♫~~♩~~♪∻〰∞」
澄んだ透明感のある唄声は水晶の如く。
月の光のオーラが優しく包み込む。
「ごちそうさまですの。とても美味しく戴きましたの」
光の粒子がコザル王女に吸収されてゆく。
それと同時にコザル王女の口から、地球の言語にない言葉がほとばしる。
「∞∞∞∞∞□□□∞∞∞∞∞∞■■■∞∞∞∞∞∞〇〇〇∞∞∞∞」
光の言語が王女の口から留めどなく流れ出る。
「∞∞∞∞♫〜∞∞∞∞∞~~∞∞∞∞∞♩~~~~~∞∞∞∞~~♪~~」
釣られてイーシャも光の言語で歌い始める。
「∞∞∞∞∞△△△∞∞∞∞∞▲▲▲∞∞∞∞∞∞☆☆☆∞∞∞∞」
不思議な言語が宙を舞う。
光の粒子が二人の上に降り注ぎ、その都度、コザル王女とイーシャの輪郭をオーラのような輝きが形造られてゆく。
金色の光に輝くコザル王女、そして、銀色の光に輝くイーシャは月の女神と云うに相応しい。
光りに包まれてコザル王女はとてもゆったりとした気持ちになってゆくのを感じ始める。
「∞∞∞∞∞♡♡♡∞∞∞∞∞∞☆☆☆∞∞∞∞∞∞♥♥♥∞∞∞∞」
睡魔に襲われると同時に、いつもの宇宙人の姿へと戻ってしまった。
半眼で宇宙言語を口から放出する。半覚醒状態に陥っている。
「アラアラ~?」
半呆け状態で空中を漂う王女をイーシャの目が追う。
「∞∞∞∞∞□□□∞∞∞∞∞∞▲▲▲∞∞∞∞∞∞〇〇〇∞∞∞∞」
変わらず王女の口からは光の言語が、何かの呪文のように唱えられてゆく。
「コザル王女?」
完全に無意識なのだろう王女は金色の光に包まれ、光を吸収しながら口から放たれる言葉が留めどない。
光の言語が空間にも影響し始めている。
空気が振動し震える。そして、空間を漂いながら、王女は寝言を唱えているような状態である。
既に薔薇の楽園は存在を亡くし、眩いばかりの光の園と化している。
煌々と光り輝く王女に手を伸ばそうとするが、その手をスルリと抜けてゆく。
「王女!何処へ?」
イーシャの手を擦り抜けたコザル王女の姿が忽然と消えてしまった。
途方に暮れる月の女神は、突然消えたコザル王女の気配を追う。
「・・ダメだわ、王女を追えない」
全く存在そのものがなかったかのように、王女の痕跡を感じられるものがない。
「お手上げね」
目を閉じ、祈るように両手を胸許で合わせて天を仰ぐ。
光りに満ちた空間と同調するように意識を持ってゆく。
やがて、光に包まれたイーシャ自身も空間と同化してゆく。
コザル王女に続いて、月の女神イーシャも消えた光の園だけが存在していた。


第八章「魔法の言葉を唱えましょう」了 


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