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君の今日は僕の明日

「ふむ」と博士は現状を確認し短い言葉を漏らす
博士は人語を喋るフンボルトペンギンだ
何故博士が人の言葉を使えるのかは説明が長くなるのでここでは語らない
博士の仕事は母星を飛び出し遥か彼方にある惑星の地質を調べる事だった

宇宙の片隅にポカンと浮かぶオレンジ色の星の調査に一人用探査艇でやって来た博士は
星の持つ予想外の重力に想定していなかった着地をしてしまった
大まかな機器類は無事ではあったがこの星の重力を脱し飛び立つには
選んだ探査艇はややパワー不足であった
「やはり安物は良くないな、帰ったら機構に予算の見直しの進言をせねば」と言いつつ
博士は母星に緊急事態の連絡メッセージを送った、母星とはかなり離れている物の
途中に置いて来た通信ビーコンを経由すればメッセージは2日程で届くはずだ
そこから救出艇の準備に1日、移動に2日、合計で5日をやりすごせばどうにかなる計算だ
所属している宇宙研究機構の事務員が有能な事を博士は祈った。

幸い水分補給も出来る高カロリーな丸薬が100粒以上はあるので
このままじっとしていれば問題無いはずだ、博士はそれを一粒噛み締めると
「食べた事はないが苦虫というやつはきっとこんな味に違いない」とぼやき
苦虫を嚙み潰したように目を細めた。

「しかし思ったより暑い星だな、惑星外からの観測算出よりも全然気温が高い
大気自体が熱エネルギーを持っているようだし生身の調査には不向きかもしれないな」
船内の計器類が示す表示を博士は見ながら降り立った星の性質を見極めようとしていたその時

どぉんと外で何かが落ちる音がした
「なんだ?気候変動か何かか?」と計器の変動に集中するが特に差異はないようだ
そしてさらに博士の耳元に聞きなれた単音が届く
背面の黒いモニターの中央に赤字で「通話着信あり」と博士の見慣れた文章が示されていた
「通話?通話が来てるというのか?」
母星からにしては早すぎる、まだこちらの遭難メッセージも届いてないはずなのだ
また降り立った惑星に文明が無い事もわかっている、だとすればこの通話はどこから来ている物なのだろう?
博士は恐る恐るモニターの受話パネルを押すとモニター上部に長方形で半透明の通話ビジョンが投影されるとその主は開口一番
「ワープビーコンを設置してくれ」と博士に言ってきた
「え?なんだって?」と博士が聞き返すと
「1秒でも惜しいとにかくワープビーコンを今すぐその場に置いてくれ」と必死な声が返ってくる
その勢いに押され「ガジェット、ワープビーコン設置座標は現在地」と博士は船の天井に向かって言うと
天井中央のマイクから「ワープ基点ビーコンを設置、以後この座標にワープが可能になります」と返答が返って来た
「すまない、これで次のターンから無駄が省ける、この星は大気層が濃く君を探すのに難航したからね」と通信相手が言う
落ち着いた博士はその言葉の意味もあまり飲み込めないでいる
「もしかして君」
「あぁそうだ僕は君だ、明日の君だよ」
通話ビジョンに投影されてるその相手は博士とと同じ顔をしていたのだ。

「使ったのか?」と博士が狼狽えながら明日の自分に問うと
「あぁ、明日から飛んで来た1日分しか余裕が無かったのでね」明日の博士は思っていた通りの返答をした
「それ程の緊急事態だって言うのかい?残り燃料を使ってまでの?」
「あぁ、落ち着いて聞いて欲しい。この星は明日には爆発する」
「爆発だって?もしかしてこのやけに暑い大気層と異常重力に関係が?」
「そうだ、星に降り立つ前に概算した数値のどれもが遥かに高くなってる、大気が爆発的に増えてこの星が耐えられなくなりつつあるんだ」
「一体何が起きているんだ?」
「確かに星の最後に興味はあるが、それを調べるには時間が足りない、まずは生きてこの星を脱する事を最優先で考えよう」
「何か手があるのかい?」
「あぁ、考えてきた。シミュレーション算出でも6割くらいの成功率のプランを用意した、ただ」
「ただ?」
「君は反対すると思うがね」

一通り明日からやってきた博士が今日の博士に説明すると
今日の博士は「ありえない!!」と怒り始める
「まぁそう言うだろうな、僕も言うだろうし」と明日の博士は対照的に冷静な口調だ
「探査艇単体ではこの星を脱出出来ないという事は理解しているし、今ある君と僕の2基のエンジンを連結すれば
重力圏突破の可能性があるという事も理解は出来る、しかし君がこの星に残るというのは了承出来ない」
「とは言え僕らの舟はあくまで一人用に設計されている、脱出するなら絶対君だ。君が死ねば翌日の僕も死ぬんだから」
「他に方法はないのか?」
「君は僕だ、わかるだろう?」
「そうか……あればこんな馬鹿な提案はしないか……」
「どのみちもう手遅れだ」
「手遅れ?」
「計画を実行させる為にエンジンユニット移送及び接続の準備はもう済ませている」
「なんだって?」
「時間があまりないんだ、それに」
「それに?」
「もしこれが失敗したら今度は2基エンジンを積んだこいつを今度は君が前日の君に届ける必要があるんだ」
「そうか……僕はまだ1日前に飛べるのか……」
「時空の乱れを出来るだけ最小に留めたい、飛ぶのは今から18時間後のここにしよう。重力圏が突破出来ればそれで良し
もしダメだったら前日に飛んでくれ、その際おそらく出現地点がブレる。時間移動後3時間15分経ったらさっき設置した
ワープビーコンを目指して飛んでくれ、効率よく前日の君と会えるはずだ」
「そうか僕を探して3時間彷徨ったのか」
「あぁおかけで燃料はもうギリギリだ、この消費が無ければもう少しマシなプランも立てられたかもしれない
もし今日が失敗したら次に生かして欲しい」
「本当に助かるつもりは無いのかい?」
「死ぬのが怖くないと言えば嘘になるが星の最後を目の当たりに出来るというのも悪くない、それに」
「それに?」
「君が生き残ってくれれば僕は続く、命を捧げるのにそれ以上に魅力的な対価なんて無いさ」
「君はいいやつだな」
「そうさ、今更気付いたのかい?」

明日の博士が船内の天井に向かって
「エンジンユニット移設」と宣言すると天井から
「この探査艇のエンジンを移動させると以後飛行出来なくなります本当に移設して構いませんか?」と返事が来た
「あぁ、構わない、やってくれ」
「移設を受理しました、半径15メートル先に同系統の探査艇を確認しました、移設先はこちらでしょうか?」
「あぁそれで構わない、頼む」
「かしこまりました、移設シークエンスは30分程度で完了します」

「さて、ここからは自分と対話する貴重な時間だ」と明日の博士は博士に語り掛ける
「確かに自分自身と話す機会なんて滅多にないかもしれない、惑星連邦にも同時存在の可能性を含むタイムトラベルは
固く禁じられているしね」と博士は答えた
「緊急事態だ、仕方ないさ」
「それもそうか、かと言って何を話せば良い物なんだろうこういう時は?」
「例えばそうだな……君は神はいると思うかい?」
「それをどう答えるか、自分なんだからわかっているんじゃないか?」
「そうだな、しかしこんな貴重な自己確認の機会はないからな、それにほら作業終わるまで僕らヒマだろ?」
二基の探索艇の外ではエンジン移送の音ががこんがこんと鳴っている
「なるほどね……そうでなんだったかな?質問は神は存在するかだったっけか?」
「そうだ、君は神はいると思うかい?」
「観測した事が無いから現状はわからない、ただ」
「ただ?」
「僕たちはいつか神を観測するかも知れないその日に備えて研究をしているはずだ」
「そうだな、そして神を観測するのは僕の人生ではどうやら無理な様だ、だから」
「だから?」
「君は備えてくれ、君が神を観測出来なくったっていい、いつか僕たちが残した研究データが
誰かの神の観測のきっかけになればそれでいいんだ、それだけで僕は君を送ろうとする意義がある」

それから二人はしばらくこの星の事について話し合った
観測データから見て取れる星の成り立ち、地質の歴史、何故酸素に似た大気があるのに生命が存在しないのか
もしかしたらこの星の生命には我々の星に似た大気は猛毒だったのではと話していた頃には
エンジンユニットの移設は終わっていた

そして今日の博士が飛び立つ時刻がやってきた

「準備はいいか?」と昨日の博士が通信越しに言う
「問題無い、もしこのまま飛べればそのまま母星に帰り、駄目だったら10分後に24時間前に飛ぶ」
「あぁそれでいい」
「なぁ君は死ぬってわかってるのに後悔はないのか?」
「後悔しかないさ、でも」
「でも?」
「その後悔は君が晴らしてくれるはずだ」
「出来るだけ期待には応えられるように生きるよ」
「じゃあ行こうか」
「あぁ……そうだね」
今日の博士が探査艇の天井に向かって「モジュール、発射シークエンスを許可する」と言うと
天井から「探査艇外にあなたに近しい生命体の生体反応が1つあります、回収せずに発射しますか?」と返答が来る
「あぁ構わない、飛んでくれ」と博士が短く言うと「エンジン起動発射まで15秒」
14
13
12
11
10
「どのみちこれでお別れだ明日の僕」
9
8
7
6
5
「僕の分まで後悔の無い旅を」
4
3
2
1
0

機体に本来1つしか付いてないエンジンが2つ並んでうなり声を上げている
圧縮された惑星の待機を真っ黒な煙に変えて行く
やがて探査艇はふわりと少しずつ浮かんだと思ったらあっという間に上昇していく

「上手く行ったか」自分が乗った探査艇と全く同じ機体がオレンジ色の空をまっすぐ昇っていく
数瞬先にはもうそれは見えなくなっていて、通信モジュールの画面越しに見えていた自分の顔は
ノーシグナルの文字に変わっていた

どうせ死ぬなら星の最後を直に見たいと思ったが惑星の大気は80度を超えていて
既に探索スーツの生命維持装置を稼働させる余力も探索艇には残されていなかった
小さな窓からオレンジ色の空を見上げる
やがてオレンジは徐々に赤色の少しずつ変わっていく
「いや、おかしいな」と昨日の博士が呟く
昨日空が赤くなる現象は発生していたがあと10分は遅かったはずだ
「惑星の爆発が早まっているのか?」と困惑している昨日の博士の耳元にどぉんという大きな音が聞こえた
「なんだ?何が起こっている?」昨日の博士は計器類を観察しようとして振り返った時に
先ほどまでノーシグナルと表示されていた通信モジュールに先ほど別れた顔が映っている
「何故だ?何故戻って来た?」
「何故って、君の指示でワープビーコン置いたろ?それに」
「それに?」
「命の恩人を見捨てるようなやつに僕が見えるかい?」と未来からやってきた博士は過去のの自分に言う
「君はいいやつだな」
「そうさ、今更気付いたのかい?」とやり取りをして二人は笑った

「さて時間がない、このまま君の舟を格納してそのままワープビーコン経由にジャンプする」
「そんな事が可能なのか?」
「あぁそれが可能な舟を用意するのにかなり時間がかかってしまった、待たせてすまないね」
「数秒しか待ってないが」
「じゃあ行こう、ついでに地質を回収していこう、これで惑星地質学の歴史がひっくり返るぞ」
「そっちが目的だったんじゃないか?」
「なに、ついでさ。よし飛ぶよ」と言った瞬間には
オレンジの惑星の大地はまるで何も無かったかのように砂ぼこりが舞うだけの状態になっていた

二人を乗せた舟はジャンプした先の宇宙空間をまっすぐ飛んでいく
「これ惑星連邦にはなんて言い訳する?」
「生き別れの兄弟が見つかったとか言えば良いんじゃないか?」と
二人がそう話す頃には舟があった場所には真っ暗な闇だけが残っている

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