正義中毒

「吉木さん、これは正義中毒ですね」と白衣の男がまるで
なんでもないように聞きなれない言葉を言うから
「セイギ中毒?」と吉木と呼ばれた青年は聞き返す
「ええ正義中毒です」
「セイギと言うと、正義の味方の正義ですか?」
「ええ、ええそうです正しい義で正義です」
「正義で咳が止まらなかったり、蕁麻疹が出るんですか?」
「吉木さんはまだ軽い症状で、酷いと死ぬ事だってあるんですよ」
「正義で人が死ぬんですか?」
「ええ、最近多いでしょう、私はやってないんで疎いんですがSNSなんかで
人の意見を目にする機会が増えたと聞きます、はっきりそうとはまだ解明されてはいないんですが
それが原因なのではないか?という予測がされている新しい病なんです」
「人の意見で人が病むという事ですか?」
「もちろんそれが全てという訳ではありません、例えば吉木さんが先ほど口にした正義の味方がその代表ですが
テレビをつければ勧善懲悪の構図なんて物は結構ありふれてますよね」
「言われてみればそうなのかもしれません、ではそれも原因なんですか?」
「メディアで語られてた正義は恐らく適量だったんですよ、先ほど言ったSNSの台頭の時期が
正義中毒の発見と時期が重なっているので、超過した正義に耐えられない人が出て来たのではないか?
というのが専門家たちの見解ですね」
「はぁ……と言われてもピンと来ませんね」
「まぁ医者の私でも全然ピンと来てませんからね」
「これは治るんでしょうか?」
「そうですね、見たところ軽度ですので念の為インターネットを絶ち経過を見てみましょう、適度に悪い事もしてください」
「悪い……事ですか?」
「あぁ、いえ悪事を働けってわけじゃありません、例えばそうですね吉木さんには嫌いな人はいますか?」
「そうですね……心当たりはありますが……」
「その気持ちを大切にしてください、憎悪は正義を散らします、しかしやりすぎはだめですよ?適度に正義を保つ事も重要です」
「はぁ……わかりました……」
「しかし吉木さんはラッキーですよ」
「どういう事ですか?」
「医者というのは大なり小なり使命感や正義感を持ってる仕事です、根っこは人助けですから」
「それの何がラッキーなんですか?」と吉木が訪ねると
「僕はね、悪徳な医者なんです」と白衣の男は口角を上げて笑った

釈然としないまま吉木は小さな診療所を出ていく
ともかく大事ではないらしくほっとしている

そんな吉木を見送った白衣の男の後ろから
この診療所で唯一の看護師が「損な役回りですね先生」と語り掛けると
「そうかい?僕は楽しんでるがね」とそれに返す
「アレグロですね」
「あぁ、アレグロだ」
その病名を知ってしまうと不安を媒介としてやがて死に至る精神性の病の通称である本来の病名は安全に配慮してここでは伏せる
白衣の男は張り詰めた顔で「アレグロの治療は繊細だ、患者にそうと知られずに別の病気であると思い込ませる必要がある」
「だから損な役回りだって言うんですよ」
「そうかい?そう見えるかい?」
「だって先生、嘘が下手じゃないですか、それに」
「それに?」
「全然悪徳な医者には見えません」と看護師が白衣の男に伝えると
「それは良くな……いや」と白衣の男は少し恥ずかしそうに言いかけて
「そいつは良くねぇな」と喋り方を変えた

少し沈黙が室内に流れ
「損な役回りですよやっぱり」と看護師が口を開き正義中毒者のカルテを書庫に運んでいくのを
白衣の男が恥ずかしさを隠しながらその背を見送り
「迫力を出すために葉巻でも吸うかな」と呟くと
「禁煙ですよ」と奥から少し強い声色が聞こえると
なんなら君の方が適役じゃないか?と苦笑をしながら次の患者を待つ

自分がでっちあげただけの存在である
本物の正義中毒患者が来たらどうしようなんて思いながら

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