なるべく明るい乳がん日記5再婚しようそうしよう
〜前回のあらすじ〜
上下の歯石取りと最終確認の計3回、虫歯もないのに通院回数が増えるのは歯医者にそういうルールがあるからなんですって。へぇ〜
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手術日も決まり、歯医者で歯石を取りながら準備を進めていたことがある。
それは入籍。
乳がんを告知されたあの日その足で私は役所へ向かい、婚姻届を入手した。
(なんたる豪胆。可愛げのない。)
検査を重ねていくうちに、もうそうなんだろうなーと思っていたので告知に大きなショックもなく、まずは一緒に暮らしている人に乳がんになったことを伝えた。
彼は私の乳がんを知っても特に気を遣うでもなく、変わらなかった。
人間ができている。
そして相談の結果、正式に夫婦になることを決めた。
ちなみに私は20年ぶり2度目の婚姻となる。
もう一生一人で暮らしていくんだろうと、ひとりの部屋にすわって鼻をかんでたあの頃の私よ、病気にはなるが超優しい伴侶を得るぞ。
お互いの家族に会ってはいるものの改めて挨拶せねばなるまい。
婚姻届の提出に必要な証人のこともある。
なにより乳がんのことがある。
年齢的に孫の期待はないにしろ、嫁ががん患者でもいいのだろうか。
まず私の実家に電話した。
両親は健在で500キロ以上離れたところに住んでいる。
なかなかの距離なので車と飛行機と電車を乗り継いで帰る。
すぐに行き来出来る距離じゃないので極力心配はかけたくない。
「元気?」
と聞かれ言葉に詰まる。
「元気そうでよかった。」
の言葉になんて返したらいいのかわからなくなる。
両親の予定を聞いて帰省の段取りをする。
原油価格の高騰で飛行機代は目が出るほど高い。
往復二人分、歯を食いしばりながら予約する。
彼がコタツで婚姻届を書いている。
読みやすい字を書くところも好きだ。
自分さえ読めたらいいやんという人とは上手くやっていける気がしない。
以前一緒に働いていた人は数字の4と9の書き分けが出来ず、揉めた。
なぜ書き順の違うものが同じ仕上がりになるのか意味がわからない。
2月中旬。
彼を連れて実家に帰り、結婚すると決めたこと、証人をお願いしたいことを伝え、実は乳がんになったと告げた。
両親は私の様子から何かを感じていたようでショックを受けつつも受け止めてくれた。
母は涙ぐみながら「周りに乳がんになった人は何人もいるけど、みんな元気にしているから大丈夫!」と励ましてくれた。
母の周りの人たちが回復し、元気に暮らしていることが母の受けるショックを小さくしてくれたのだ。
罹患した人が回復し、いま元気に暮らしていること。
その存在が、母と、そして私を安心させる。
これから治療する人とその家族にとって大きな励みになる。
本当にありがたい。
しかも医療は年々どんどん進歩してるのだから、大丈夫。
彼の実家はここからさらに遠いので電話を繋げ、スピーカーにして私の両親と彼の母とみんなで話した。
彼の母も「周りに乳がんになった人はいっぱいいるけど、みんな元気だから大丈夫!」と同じことを言い、娘として受け入れてくれた。
電話の向こうから私をハグしてくれてるような温かい声。
コロナもあるのでみんなで会ってとはいかなかったけど、ひとまず私たちは家族になった。
ちなみに会社勤めをしていたが元々退職する予定で動いていたのでそのまま退職し、主婦となった。
婚姻届を提出してからはとにかく大忙しだった。
名字変えるの大変すぎる!!!
めんどくさーーーい!!!!!
各種名義変更、と同時に車検を通し、あれ?銀行印いる!と慌ててハンコを新調したり、とにかく私だけがバタバタしていた。
何?この名字を変える人と変えない人の差は。
クレジットカード会社から郵送されてきた名義変更書類に記入捺印しながら「私は二度と名字変更しない!!ずっとこの名字でおる!!」と夫に言う。
夫は笑って頷いた。
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