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【LAL】ある街角、ある肖像の話

別名義で公開していたライブアライブ西部編の二次創作小説です。名もなき架空のモブと英雄の話。

 期待させちまってたら申し訳ないんだが、俺は正義の保安官様じゃない。恰好いい賞金稼ぎでも、ワイルドな魅力をふりまく悪役でもない。物語の主役を張るようなご身分とは縁のない、その他大勢の一般人だ。

 そんな奴の昔話、といってもほんの数年前のことなんだが、まあ聞いてくれ。

 俺は新聞社に勤めてる。ああ、『サン』だの『ニューヨーク・ヘラルド』だのの大手大衆紙さまを想像してくれるなよ。どこそこできんが獲れたとか、役者の誰それが興行に来るとか、事実半分、作り話半分に店の広告がついた、ローカルな一セント新聞さ。

 記事を書くのも版を作るのも刷るのもぜんぶひとつの部屋でやるような、ちっぽけな職場だったが、景気は悪くなかった。うちの新聞は人気があった。というか、うちの街には人気者がいて、そいつの記事を書けばまず飯の種には困らなかったんだ。

 その人気者ってのは、腕利きの保安官だった。

 なんでも解放戦争の時に北部側に従軍して、戦後はあちこちを渡り歩いて自警団やら用心棒やらをやってたらしい。街の顔役とは戦争中の馴染みで、バーで偶然再会したところを請われてこの街にやってきた。っていう話を、うちの新聞で何度か書いてる。

 経歴はまあ、三十四十がらみの男としちゃ平凡なものだ。平凡じゃねェのはそいつの銃の腕だった。
 抜いたかどうかも見えねえうちに、強盗団がみんな撃たれて倒れた。一発しか銃声は聞こえなかったってのに、賞金首の腕と脚の二箇所が撃ち抜かれてた。ブン屋はすぐそうやって話を盛ると思うだろ? 違うんだよ。これはマジな話だ。そいつはそんな信じられねえ腕の持ち主だったのさ。

 そういう訳で、警備も薄いし娯楽の少ない田舎にあっちゃ、そいつは街の英雄で、格好のネタだった。保安官が悪党を捕まえるたび、うちの新聞は飛ぶように売れたよ。よく撮れた写真入りで刷った日にゃ、隣の隣のそのまた隣町から買いにきた客もいたぐらいだ。そういう客のために夜中にわざわざ印刷機を回してやったこともある。もちろん手間賃はふんだくったが。

 で、街の新聞社ってのは、知ってるだろうけど、賞金首の手配書の注文を請けることもあるんだ。その発注に、その保安官が職場に来ることがあった。職場のボスは一番いい酒と煙草を出して接待したもんだ。まあ、うちのボスは人気女優のポスターの粗悪な複製品でこっそり小遣い稼ぎしてたから、そのお目こぼしをもらう都合もあったかもしれねえな。

 俺はというと、当時、あれだ、多感な十代ってやつだった。いや十代は終わってたかな。どうでもいいか。とにかく、みんなに好かれる人気者ってやつがむやみに気に食わねえ、そういう時期だった。あるだろ誰にでもそういうの。ついでに言うとその保安官はまあまあ顔もよかったんで、たぶんそれにもムカついてた。
 だから俺はその保安官がいつ職場に来てもろくに話さなかった。向こうも俺には話しかけてこなかった。そりゃ街の英雄様だ、しがない印刷屋の若僧なんかに興味は沸かねェさ、当然だ。
 目の前にいても会話のない相手を褒めそやす記事をタイプして、何百と刷って、折って、畳んで。それがごく普通の日々になってた。
 けど、そんな中で、ちょっとだけ、ちょっとしたことがあった。大したことじゃない。本当にちょっとしたことだ。

 ある日の昼時、その保安官が訪ねてきた。
 ボスはいるかと聞かれ、飯を食いに出てると答えたら、なら待たせてもらうと言って煙草をふかしはじめた。売り物の新聞に臭いがつくとかいうご配慮なんぞ、新聞を作る側でも持ちあわせてねえ時代だ。誰も気にしない、読むやつもたいがい臭ェからな。
 上司が戻るまでの客の接待ってのは、俺の給料にゃ含まれてない。なんで俺はそのまま自分の仕事を続けてた。明日の新聞のプレス作業だ。
 その作業中に、ぎちち、と嫌な音がして、印刷機が止まった。
「ああクソ」
 と毒づいたのが、思ったより声がでかかったらしい。
「……壊れたのか?」
 煙草の煙をくゆらせながら、保安官が聞いてきた。
「中の歯車が外れただけっスよ。何度目だ、ったく」
 答えと舌打ちを同時にやりながら、俺は印刷機の機嫌を取りにかかった。
 俺がガキの頃から使われてる、年代物の足踏み式だ。いいかげん最新の蒸気のやつに買い替えてほしいんだが、そんな予算はねえとボスは何年も言い続けている。似合いもしねえジャケットを今月も新調しやがってるくせによ。ボスの太鼓腹を思い浮かべながら口の中で悪態ついてたら、保安官がまた話しかけてきた。
「……私は機械には詳しくないが、歯車というのは、ひとつでも欠けたら駄目なんだろう?」
「へ? あー……基本、そっスけど」
 唐突だったんで、間抜けな返事をひとつ挟んだ。それから雑な説明をした。
「まあ……、ただ機械を回すだけなら、無くてもいいモンもあります。普通より速く回すためのものとか、強い力を掛けるためのものとか」
 これが酒場でひっかけようとした相手だったら、秒で興味をなくされて終わるとこだ。それぐらいどうでもよさそうな話だったんだが、保安官は煙草を指に挟みつつ、なんでか続けて聞いてきた。
「速くて強いものをいつも使うことはしないのか?」
「そうすると劣化が早くなるんスよ。歪んだりして。ひとつ噛み合わせが悪くなると他のも駄目にするんで、取り除かないといけなくなるんスよね。特に小さいのが壊れると面倒なんで」
 俺も専門の機械工ってわけじゃあないんだが、いちおうこの仕事が長かったんで、自分が使う道具のことは一通り心得ていた。ていう、かっこよく言えば自負ってやつか、そういうのがあったんだろうな。作業中にあれこれめんどくせえな、と思わなかったわけでもないんだが。
「歯車の大きさが変わると何が変わるんだ?」
「大きさつうか、歯の数なんスけど、大きい歯車を動かして小さい歯車を回すと、回転数が上がります。逆に小さいのから大きいのを動かすと回転が遅くなるけど、速さと力は反比例するんで、プレスの圧を強くできる」
 ゴンゴンとクソうるせえ音を立てる機械を前に、愛想のない青い目がこっちを向いて、役に立つわけでもなさそうなことを淡々と質問してくる。それに答えるのに、なんとなく悪い気はしなかった。
「ああ、自転車の変速機みたいなものか」
「そうそう、それそれ。いや旦那、自転車乗るんスか」
「若い頃に何度か」
「似合わねえ」
 思わず吹き出しちまったんだが、これは別に悪口じゃなかっただろうとは思う。
「まあ馬のほうがいいな。たまに言うことを聞かんぐらいのほうが可愛い」
「機械も言うこと聞かねえですけどね。まさに今」
 うまいことを言ったつもりはなかったんだが、保安官は妙に感心した顔だった。そのうちボスが戻ってきて、雑談は終わった。
 え、それだけかって? それだけだよ。だから、ただのちょっとした話だって言ったろ。

 それが、ちょうどそういう頃だった。神がかりの腕を持つ保安官に、ガンマンの名誉を賭けて決闘を申し込もうと、どうしようもねえ連中が街に現れ出した、あの頃の。
 最初は、記事のタネが増える、田舎町が賑わうと、みんな娯楽のひとつぐらいに思ってたんだよ。どんな柄の悪い奴でも、海千でござい山千でございと自信満々にしてきた奴でも、その保安官からしたらガキんちょ同然だった。怯えることなんてなんにもなかった。それがいつまでも続くと思ってた。
 ただ、いくら腕利きの保安官でも、街のはじっことはじっこで荒くれをいっぺんに相手にできるわきゃねえ。狭い、ちっぽけな街とはいえ、だんだん数がものを言うようになってきた。怪我人も出た。決闘で負けた憂さ晴らしにそこらを壊しまくる奴や、手当たり次第に因縁をつけてくる奴がいたせいだ。楽しい酒の場で口に出すのは遠慮したいような目に遭う女子供も出てきた。そういう気の滅入る話を載せた新聞を刷ることが多くなった。
 
 そうして、どんくらい過ぎてからだったかな。

「『お尋ね者』サンダウン・キッドの手配書を頼む」
 保安官が、いや、元保安官が、俺の職場を訪ねて、そう言った。ボスが居た時だったか居ない時だったか、いまいち思い出せねえんだが、頼まれたのは俺だった。
 いきさつは街の顔役から聞いていた。荒くれどもに目をつけられすぎた保安官が、自分に賞金を懸けて、そういう連中をみんな引き連れてこの街から出ていくという。命じられたのか本人から言い出したのかは、聞かされてない。ただ本人も納得済みだと、そういうことだった。
 納得してないような顔には、たしかに見えなかった。
「文面は適当にやってくれ。写真は今までにおたくで使ったものから見繕ってくれていい。なんなら似顔絵でも構わんが」
 いつもここに来る時は、糊のきいたシャツにちゃんとした仕立てのウールのベスト、そこに磨かれた保安官バッジがあった。髪も髭もきっちりと整えた姿だった。いまはくたびれたラクダ色の帽子に、くたびれたラクダ色のポンチョ。おなじ形容詞を使い回すしかない、放浪者の風貌。
 正義の星のしるしはどこにも、見当たらない。 
「あー……。わかりました。適当にやっときます」
「感謝する」
 雑な返事に、型通りの返事。
「……。あのー……」
 なにを言おうとしたんだろうと、今でも思う。掛ける言葉を見つけきらないまま口を開こうとした俺に、元保安官が先に言った。
「……いびつな歯車が混じっていると、ほかのものが駄目になる。それだけのことさ」
 笑って、そう言った。それから去った。それが最後だった。

 で、ここからはおまけみたいな話だけどな。 
「……おい、サンダウン・キッドの手配書はどうなっているんだ!」
 って、街の顔役が怒鳴り込んできた。そのうち来るだろうなと思ってはいたんで、俺は仕事の手を止めないまま流した。その日もボスは不在で、可愛い印刷機ちゃんは少々ご機嫌斜めだった。
「ちゃんと指示通りに納品しましたが、何か」
「写真の顔はほとんど帽子に隠れてよくわからんし、ろくに情報もないじゃないか。こんなもんが手配書になるか!」
 青筋を立てた手で机に叩きつけられたのは、その文句通りの仕上がりの、俺が作った手配書だった。
「仕方ねェでしょ、残ってた写真がそれしかなかったんだから。だいたい何の罪状で書けとも言われてねェんすよこっちは。適当にやってくれって言われたから、その通りに作っただけです。ご不満なら本人呼び戻して記念撮影でもしてもらいます?」
「冗談も休み休み言え!」
「……ま、どうしてもっておっしゃるなら直しますけど。あれだけみんなして街の英雄だなんだと有難がった御方ですからね。もうちょっと真面目に探しゃあ、いい写真が見つかるでしょうよ」
 そこまで問答した時点で、俺もたいがいどうかしてたんだな。ここで仕事を失くしたらよその街に移るか、別の商売を始めてもいいかな、なんて、わりと他人事みたいに考えてた。
 けど、
「……もういい」
 苦情の嵐ははたと止んだ。気持ち悪いぐらいに凪いだ表情が、浮かんでいた。
「これでいい」
 そう言って、顔役は背を向けた。
 あっけに取られた。文句言うだけ言いたかっただけかよ、とも内心で毒づいた。だけど口に出すことはしなかった。去ってしまった元保安官と、古い馴染みだったその顔役は、俺が思うよりはいくらか濃い目の後ろめたさを肩に乗せて、誰に向けてだか、つぶやいた。
「これで、よかったんだ」
 
 俺は、人気者ってやつが嫌いだった。人気者を取り囲んでわいわいやる連中も嫌いだった。けれど、その人気がほかの奴にとって邪魔くさいものになって放り出されるのを、いい気味だとも思うこともなかった。
 ただ、俺は、人相がよくわかんねえ手配書を作った、それだけで、何かをしたような気分になってた。クソみてえだなと、顔役の背を見送りながら自分で思った。命懸けで悪を倒すとか、己の信念を貫くとか、自分が悪者になってでもなにかを守るとか、物語の主人公になれるような素養は、俺には縁のないものだ。だから俺も、なにかに毒づく権利なんてないんだろう。

 潮が引くように、とまでは行かないが、街は静かになっていった。
 腕利きの保安官が消えたあと、それを知らず、あるいは信じずに街にやってきて居座ろうとしたろくでなしども相手に、顔役が手配した自警団はよくやってくれていたと思う。厄介ごとはゆるやかに減っていって、俺がガキの頃から知ってる、ちっぽけで退屈で平和な街が帰ってきた。
 誰も、誰かがしたことを責めなかったし、いなくなった誰かを責めたりもしなかった。ただ、口にすることをやめた。彼は居なかった者になった。でも、誰も忘れてはいなかったと、思う。置いて行かれたひとつの保安官バッジのこと、その持ち主だった男のこと。今もみんな、たぶんどこかで、絡まり草が心のどこかにくっついたままみたいになってるんだよ。
 それもまたクソみてえな話だな。追い出してしまいましたけど、私たちはずっと彼のことを忘れません、なんてな。
 
 そんな昔話を聞かせてどうしようってんだ、って顔してるな、あんた。いや、別にいいんだ。自分には関係のない話だと、あんたが思うならそれでいいと思う。
 最初に言ったが、俺は正義の保安官様じゃない。あんたみたいに恰好いい賞金稼ぎでも、ワイルドな魅力をふりまく悪役でもない。ただ、あんたが持ってるその出来の悪い手配書、その紙切れ一枚にも、ちょっとした物語があったりするってのを、知ってくれてもいいんじゃねえかと思ったのさ。なんにも情報をやれなくてすまねェな。ここは俺の奢りにするから、まあ気を悪くしないでくれよ。
 ああ、そうだ。もしもあんたが、その手配書の男に会うことがあったら。
 ……。
 いや、なんでもない、何も言うことはない。
 言えることなんてない、何も。

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「……とんだ無駄足だ」
 そう言って、若い賞金稼ぎはしわくちゃの手配書をポケットにつっこみ、酒の代金を置いて出て行った。その後、この街で彼の姿を見た者は、いなかった。

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