【短文】『黒い自販機』

喉が渇いた。

しばらくうろついていると自販機を発見。
さて何にするか、しばし熟考。
人生単位で見たら下らないなぁーなんて。

「ん……?」

自販機の隣にまたまた自販機発見。
別に自販機が二台、三台と並んでようがそんなに珍しいことなんかじゃない……のだが。

「真っ黒ときたか……」

おおっ、なかなかカッコイイじゃないか。
普通はジュースやらコーヒー(いやこの際それは関係ないか)なんかのサンプルが覗いているはずの窓やボタンが無くてそれなりに怪しさを漂わせてはいるが、しかし人は謎めいているものミステリアスなものに魅力を感じるものだ。
早い話がいつもの缶ジュースより、このわけのわからん黒い箱から産み落とされる得体の知れない物体に興味が移行していた。
コイン投入口らしきところから、とりあえず百円玉と十円玉三枚を入れてみる。
チャリーンと吸収されていく小銭を見送りながら、黒い自販機の動向を見守る。

………。

反応なし。
おっかしいな、自販機の一般的な基本料金じゃ足りないのか。
いや、そもそもこの黒い自販機の内容物が缶ジュースと決まったわけじゃないのだから、仕方ないといったら仕方ないのかもしれない。
ちまちま入れるのも面倒なので一気に五百円玉を投入してみた。
すると。
コイン投入口の横から何かが出てきた。
一センチほど顔を出したそれはどうやら紙のようで、すすす…と何とも地味な動きで外に押し出されていき、最後にはひらひらと静かに地面へと落ちた。
所要時間三十秒、ようやく全貌を捉えることに成功。
あまりにも地味、かつ意味不明。なんじゃこりゃ。
拾い上げてまじまじと観察してみると、折り畳まれたその紙の形状からして初詣の必須アイテム・おみくじを思わせた。
というかまんまおみくじに見える。

「……ふっ、脅かしやがって」

無駄に格好つけてみながらお釣りの取り出し口を探る。
しかしどこにもそれらしい物がない。
百三十円と五百円、計六百三十円。
おみくじ一つで六百三十円。

…………。

深く考えないとこう。
そんなことよりこのおみくじの内容の方が気になる。
簡単に留めてある端っこをぺりっと剥がしておみくじを開いた。


【交代の時間です】


…………あれ?
まさかこれだけ……とか言わないよ…な……?
裏、表、裏、表、裏、表、表、裏、裏、裏、表と何度見ても同じ。
光に透かしてみたりしたがそれも駄目。
さすがに水に浸けたり火で炙ったりとかはやめた。

「何っだっかな~っと」

はは…と笑って上を向いた。
込み上げてくるものがこぼれ落ちないようにするためだ。

さーてと、帰るか。
払った金は惜しいが話のネタにするには十分だ。
当初の予定だった喉を潤すことは叶わなかったが、今となってはどうでもよく感じられる。
まず誰に話してやろうかと考えながら、黒い自販機に背を向けた。


ガタッ!


それは明らかに背後の“あれ”からの音だった。
そ~っと振り返ってみると、自販機の下部に取り出し口らしきものが現れていた。
……いや、ないな。うん、ないない。
最初からあったあった。見えなかっただけですよ。
屈み込んで取り出し口を開けて中を確認。
今のが六百三十円製の音であることをひそかに期待して。
どこからどこまでも真っ暗闇で何もない空間にろっぴゃくさんじゅうえん…!と再び涙をこらえるために上を向いた瞬間に、

腕を捕まれ「へ?」と情けな~い悲鳴をあげる前に、物凄い力でさっきまで何もなかったはずの空間に引っ張り込まれそうになり、パニックになり、軟体生物なんかじゃない人間は、骨をべきべき折られながら、ズルズルズルズル引きずり込まれていく。


「じゃ、あとよろしく」


見知らぬオッサンに肩を叩かれた。




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とんでもなく昔に書いたものをリサイクル。

おみくじの価格を増税により値上げ修正しました。

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