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「夜の電車は死にたくなる」片思い4部作(2)

今一瞬、ビルに月が映ったように感じられた。重い頭をゆっくりと上げ、再度確かめる。幻のようにゆらゆらといたはずの月は消えていた。私はまた、音の中に閉じこもる。なにも受け入れないように。誰にも傷つけられないように。信じるということは同時に私に傷を負わされるようなものとも思えるのだ。信じた瞬間裏切られる。信じてもなお、相手のことを信じきれない疑心暗鬼の心はものごごろ着いた時から、大人になるまで捨てきれたものではなかった。それでも、人肌を求めるのは実に愚かしいことだと思う。それだけが幸せではない。……。
ブンブンと横に振り、また自分の世界へと戻った。音の中に篭って、共感を得てくれる世界にどっぷりと浸かる。まるで、深い深い海の中にでも沈んでいくように。以前、似たような感覚をどこかで覚えたような…。気の所為だったかもしれない。まるで夢でも見ていたような。これが前世の記憶と言うやつなのだろうか。つぅっと頬を何かがつたう感覚があった。喉の奥が苦しい。熱い。噎せ返すような感が這い上がってくる。それなのに心と体はとても重く感じられて、嫌でも生を押し付けてくるので、思わず「やめろっ!」と叫んでしまった。実際、声にすらならなかったであろう。この人とも鳴き声とも呼べない音は人でごったがえすホームの視線を集めてしまった。そんな冷ややかな目線たちとは裏腹に、私の身体から這い上がるものはとても熱くて、熱くて、焼けそうで、憎悪のようなものを激しく身にまとっていた。誰も憎んでいないのに。なにも感じないようにしていたはずなのに。心の奥底に秘めていた冷ややかな炎は激しく加速する。全部全部全部全部お前らのせいだ。人間のせいだ。お前らのせいで、私は人並みの幸せすら得られない身体に…!心に…!絶対に許すものか。神とやらにも反逆してやる。運命という定められた理の上に乗せて、逆らえないように無力化して、ただの機械の上のからくりにしか過ぎないというのか。全て全て全て燃やせ。ただただ、憎しみを加速させよ。業火のごとく。ぐちゃぐちゃになった顔を見返すまもなくホームから飛び降りようとして、足を傾ける。のと同時に腹を抱えられた感覚がして、振り向くまもなく意識が途切れた。

また味気のない朝を迎え、家を出て、学校へと向かう。頭にはいつものヘッドフォン。片手にトートバッグを持ち、不安定な歩みを向ける。爽やかな秋風が肩に伸びる髪をそっと撫でた。

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