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「夜が明けなければいいのに」片思い4部作(3)

目には涙を浮かべている。朧月が余計に霞むので、凝視するように空を睨んだ。目の中の雫はつぅと頬を伝い、また大事なものが零れ落ちるように泣いていた。できる限り声を押し殺して、静かに、しかし、喘ぐように泣いていた。自分の元からは幸せという幸せな思い出は寂れて零れ落ちていくのに、肩にかかる髪はさあさあと吹く風になびいていくので不思議な感覚だ。秋とは言えど昨日から手足を冷たくするので、冬の呼び声をひしひしと感じていた。昔からよく泣き虫で、何も無くとも深く沈んだような瞳と化物のような声を震わせて泣いていた。いつ頃だっただろうか。声を押し殺して偲ぶように泣くようになったのは。そう、あれは小学生の頃、子供ながらに幼稚なお巫山戯を真に受けてしまった自分は、泣きながら日が沈む坂道をとぼとぼと歩いて帰っていた。自分の小さな足ではどこにも逃げることが出来なかった。夜が明けるのが恨めしかった。それなのに朝は訪れるので、嫌だ嫌だとぐずぐずしていると親という大きな力に逆らえずに学校へと足を向けているではないか。そして自分を押し殺して、なにに対しても無でいることで自身の平穏な心を守った。どんなに考えたって無駄だってわかってたし、どんなに死にたいと願っても怖くて苦しくて死にきれなかった。と同時に心配してくる親以外の周りの大人には心配させまいと大丈夫と力ない作り笑顔で嘘を重ねた。結局モタモタしていたので、のうのうと今まで生きているのだ。自分なんかいらない。きっと、今もそれは変わらない。他人にとってとか、自分のためだとか。知ったことか。…。それでも、生きていたくて。生きるのが痛くて。密かに思う事が苦しいことだなんて知らなかったのかもしれない。生と死の狭間を右往左往していては幽霊のような不透明な存在でしかいられないのかななんて。きっと生まれ変わったら空気になるんだ。君のことを優しく見守るために。幸せになれなかったから、幸せを運べるように。緩んでいた目元をぎゅっと瞑り、開いた。ごめんね、これが答えなんだ。どんなに辛くても、幸せになれなくても、死にながら生きるよ。
さぁぁぁああと強い風が吹き込んだ。少しばかり強過ぎるようにも感じられるそれは歩む自分の背中を強く後押ししたのだった。

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