「海月姫」・片思い4部作(1)
人生はべちょべちょだ。
例えば、夕立に降られてしまい、全身が重苦しく感じるように。あるいは、記憶の奥底にこびりついた油のように。どんなに拭っても、拭っても、拭っても、こびりついた嫌気のさす粘着質な笑みは拭いきれないのだ。ねっとりとした私の心は腐水のなかに深く深く沈んでいく。常に人生について落胆しかしてこなかった私には、生ける価値などないと思ってしまうほどで、腐水の中でもがくことが人生だなんて言ってるのだから、よほど落ちぶれ、不貞腐れている。
それでも、憧れのひとつやふたつは抱きたい。悪役が淡い期待をするように。叶いもしない夢を見るように。そう、美味しいものをたらふく食べるとか、好きなバンドのライブに行くとか、いろんな本を読むとか、好きな人ができるとか。そんなの目の前の幸せ。一瞬の栄光。気泡のように脆くて儚い。実際問題、私には好きな人がいて、その人には他に憧れの王子様がいるのだ。私は2人が幸せならなにも望まないと決心しているので、私の想いなどただの余談、ムダにしか過ぎないのだ。憧れの人にこの気持ちが届いてしまったら、きっと私はかの、黒蜥蜴のように、人魚姫のように。無垢な笑みを浮かべ、口に毒を含み、いなかったもののように消えていきたいのだ。いま、そうしているように。身体を海へ投げ出す。
目を瞑り、君のことを思い浮かべる。4月、初めて出会ってから喧嘩したことも、夜道を2人で歩いて帰ったことも、友人のことで悩みきって相談したことも、君の人肌恋しい夏も、きっと、君にとってみればたわいのない思い出だったのだろうけど、私にしてみればとても夢のような。儚い幻想のような。永久的に残ることが許されない存在なのだと。ああ、きっと根本的に幸せにはなれないんだなって。幸せの片隅に、どこか含みがある気がして。幸せになりきれないように、こびりついた悪意が想起されて。藻が足に絡んでくる。それが昔にあった辛いことなのか、それを経験した私自身なのか、子供の心ゆえに破壊的欲求を満たしたい別のベクトルのものなのか。忘れさせるものかと常に巻き付き、こびりついて私を離さないのだから、意識を持っていかれないように常に平然を装う。君がこんなことを知ったらどんな顔をするのだろう。きっと嘲笑ってくれる。そうであって欲しいものだ。ふと、素直に思いを伝えれたらな、なんて思う。そしたら君は少し困ったように笑って「 」って言うのかな。今となっては夢なんだけれど。
―来世はきっと君の…――――――――――――
ゆらゆらと海月のような気泡がひとつ。秋風に霞む月とともに消えていった。まるで、なかったもののように。ほんの、一瞬の出来事だった。
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