湯けむり温泉殺人事件 前編3

 警察官たちが文面を考え、翻訳し始める。ここにveiがいるのなら、もしかするとあの馬頭は彼なのかもしれない。いやしかし、そんな偶然は……第一、あれは死んでいるし……
「We are police officers. The investigation of the case is the job of the police. Go amateur somewhere」
 翻訳機から音声が流れる。
「hmm……. It is true that I am an amateur, not a police officer. But he could be an acquaintance of mine. Allow me to participate in a murder investigation, if only for a moment.」
 veiは慎重に言葉を選びながら語りかける。
「彼女はなんと言っているんだ」
「わかりません。Please speak more slowly.」
「More slowly? I spoke slowly, didn't I? 」
「あー そーりー。あい あむ のっとぐっと あっといんぐりっしゅ 」
「発音酷いですね」
「だまれ」
 veiがスマホを取り出し、翻訳して伝える。幾度かやり取りの後、意志疎通ができたようだ。
「しかしだな。被害者が知人かもしれないというだけで探偵を事件に関わらせるのはなぁ」
「おや、探偵になにか怨みでもあるのですか」
「怨みはないがな、探偵の推理を論理的に検証すると飛躍だらけなんだ」
「そうなんですか」
「ホームズのなかでもましな方な例をとろう。スリッパの焦げあとからワトスンの風を推理したときだ」
 先程から、現実感がない。夢のなかにいるようだ。いや、これは夢に違いない。veiがバーチャルの姿でここにいるわけが無いし、halpikaさんが目の前で死んでいるわけが無い。そうだ。きっと酒を飲み過ぎたせいで、うなされているんだ。きっとそうに違いない。
 話し合いの末、絶対に何にも触らないこと、短時間で出ていくことを条件にveiは部屋へ入れることになった。警部はずっと渋っていたが、nyancatと呼ばれた人が押しきった。
 veiが部屋へ入る。中央の馬頭に近づき、しゃがむ。馬頭は動かない。
「入れなくても良かっただろう」
「謎が解けるかもしれませんよ」
「この事件に謎なんてないだろう。凶器はおそらくそこに転がっているガラス瓶、犯人はカメラの映像を見ればわかる」
 そこへ若い警察官が近寄る。
「警部。そのことなのですが、昨日被害者が部屋へ入ったあとこの部屋に近づいた者はいませんでした」
「それは本当か」
「ほら警部。彼女を関わらせて正解でしょう。難事件の出来上がりですよ」
「しかし、先程も話したが推理というものは当てにならんぞ」
「我々が犯人の目星をつけるのも推理によってですよ」
「それは……そうだが」
 veiの目元が光る。彼女はゆっくりと手を口元にやり、離す。
 広い部屋のなかにさびしく音がこだまする。
 彼女は強く強く前を見、決意をかためた。
 現場を調べようとした、そのとき
「うう……頭が……痛い」