寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」 第1回 アイルランド篇 ――(4)
←(3)はるばる来たよ、アラン島を望む断崖へ からのつづき
アイルランド篇――(4)地底から、海から、妖精の声が響く
次の停車地バレンは書店のパットさんから「この世の果てを見たければ」と芝居がかった言葉でイチ押しされた必見ポイント。
バス停のはるか手前から、車窓両側の視界いっぱいに白とグレーの石灰岩の丘陵が続く。ガイドブックには、約3億年前の地殻変動で海底から押し上げられた石灰層が水による長年の侵食を受けて現在の姿に、とある。
バスを降り、海岸に向かって石灰岩の上を飛び石のように歩くものの、直前まで行かないとわからない深いクレバスがあちこちに待ち受けていてヒヤヒヤする。
落っこちないよう、筋力もバランスも衰えつつある足さばきに意識を集中せざるをえなかったので気がつけなかったけど、石灰層の音響効果で地下の水流が水琴窟のように響く場所があるのだそう。
あとで、バス後部席の若者カップルがスマホで録った澄んだ水音を聞かせてくれた。
見渡す限り土も木もない石の下で何億年もの間、複雑な水路を豊かに流れ続ける繊細な水音。なんて不思議な音だろう。
不思議な音といえば、この辺りでは沖で働く漁師の声や、その先にかすむアラン諸島の島民の声が風や波の音に混じることもあって、それら非現実的な音をこの地域では昔から〝妖精の声〟と呼んできたそう。
一見さんの私には、残念ながらどんな〝妖精の声〟にも出会えなかった。当たり前か。バスで通り過ぎるくらいじゃ、この地域が秘めた見えない世界のとば口にさえ立てない。
→(5)世界中どの街も黄昏の美しさは格別 へつづく
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