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蝶のザワメキ

都心の繁華街は賑わっていた。特に新宿、渋谷が大きな渦となって他の区を飲み込むように活動していた。

神村ミカ。彼女もまた都心に飲み込まれている一人だ。ミカは都内に通う大学3年生で奨学金返済のためにバイトを掛け持ちして生計を立てている。親とは絶縁し、兄弟も親戚にも長らく会っていない状態が続いていた。

ミカは夜の仕事もしている。調べれば出てくるような風俗の仕事は一通りこなし、今はピンサロ嬢に落ち着いている。

PM17時。出勤。少しの待機時間の後すぐ指名が入る。ミカは人気が高く、担当の客にも受けが良かった。仕事歴が長く、ベテランの域に達しているミカは男のイかせ方やどうされたら男は喜ぶのかを徹底的に追求した。その結果、マニュアルの対応でも男がイくようになった。

一人当たり30分。ロングの指名で60分。それを一日に多い時で15回はこなす。常人だったら頭がおかしくなりかねない。だが、ミカは何も考えていない。機械的に作業として行う。なんだったら感覚的にはコンビニ店員と変わらない。

「うっ、イきそう」白濁液を白い布巾に出す。白いのであまりよく見えないが口の中のにおいで分かる。「今日もありがと」そういって一日が終わっていく。

仕事が終わり帰宅途中、LINEが来る。彼氏からのLINEだ。ミカには5つ上の彼氏がいる。正確には彼氏とセフレの間だ。彼氏とは出会い系で出会った。肌黒く、サングラスをかけ、アロハシャツを着ていたプロフィール写真を見て一目惚れし、以後そういう関係になった。彼氏は普通のサラリーマンで営業マンだった。ミカが風俗の仕事をしていることは何一つ知らなかった。

「今週の日曜空いてる?どっか行かない?」彼氏からのLINEはこんなものだった。今日は水曜日。日曜日の予定を確認したミカは「いいよ。どこ行く?」と返す。少し経った後、既読が付いて「分かった!じゃあまた電話でじっくり決めよ!」とありきたりなスタンプと共に返信が来た。

ミカは彼の純粋さに惚れ惚れしていた。自分が風俗業をしているからか男は皆下心しかないと思っているため、彼氏を見ると心が浄化されていく感覚に陥ったからである。

そうこうLINEを返すうち、自宅のマンションに着いた。玄関を開けると畳4畳半のスペースに物が散乱している。それを踏みしだいて道を作る。雪が積もっている場所に道を作る要領だ。ベランダでピアニッシモを吸いながらハイボールを飲む。つまみはスーパーで買った巻物寿司とスナック菓子だ。

一息ついた後、彼氏と日曜日の予定を決めるLINEをした。そしてそのまま眠りについた。




「ミカ!」「ミカ!」誰かが騒いでいる。「水持ってこい!」「こっちだこっち!」何やら事件があったみたいだ。ミカは宙に浮いていた。下を見下ろす感じでその事件現場を見ていた。焦って携帯を探すとどこにもない。「もう!何なの!」とミカが叫ぶと世界が変わり、現実世界に戻った。その奇妙な不気味さで夢から目が覚めた。

AM6時。朝はまだ始まったばかりだった。「ちっ」舌打ちと共に目覚めたミカは誰もいない部屋でこの夢を誰かに気づかれたくないという謎の発想から気丈に振舞った。いつもと同じ行動をして、さっさと家を出た。

「それでさー」「え?そうだったっけ」今日の昼職のバイト先で声が飛び交っている。ミカはバイト先の制服に着替えていると後ろから肩を叩かれた。驚いたミカは目を見開いて後ろを振り返った。「神村さんって初めましてだよね?」と見知らぬ女性に声をかけられた。「はい。そうですけど」今日の夢の一件を隠すように笑顔で接した。これが功を奏したのか「まだ入ったばかりで友達が一人もいないんですー。しかもここのバイト先ってあんまり同年代の女性がいなくて探してたんですよー」と言われた。ミカにとってバイト先の同僚に嫌われるのは大損害だ。簡単にシフト変更できるここのバイト先はなんとしても抑えとかなければいけなかった。「私崎田です。さきだ。下の名前は愛華です」という自己紹介のあとにすかさず「仲良くしましょー。この後とか空いてます?二人でランチとかどうですか?」と初対面にしてはやや強引気味の誘いをするのがミカの常套句だ。「いいですよ!行きましょ!」と言ってくれた愛華とランチに行った。

第一章 終





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