とある男の禊のための自戒文
※この記事には、
アニマスとその劇場版「輝きの向こう側へ」
シャニマスから樋口円香WING編とSカード「ダ・カラ」
学マスから篠澤広の親愛度コミュの一部ネタバレを含みます。
苦手な方はお気を付けください。
どれだけ手を伸ばしても、人に星は掴むことはできない。
されども、手を伸ばしてしまう者がいるのはなぜなのだろうか。
このような問いに皆様ならどのような回答をするだろうか。
その者を愚か者だと笑う者もいるだろう。
それほど強い願いなのだと共感するものもいるだろう。
あるいは何故だろうと足を止めて考える者もいるだろう。
はたまた何カッコつけてんだこの厨二病陰キャがと冷めた目で著者を見る者もいるだろう。
これから著者が書き記す物は、そんな答えのない問いを自らに課し続けてきた一人の男の22年の解を探し回る旅について書き留めたものである。
この記事が誰かに何かを与えられるとは思わない。私には人に笑いを届けられるようなユーモアは持ち合わせていないし、誰かの心に思いを届けられるような素晴らしい文章力もない。そもそも自己啓発を促すにしても私自身誇れるような人生経験もないだろう。
だから本記事は、ただの自己満足にしかならないだろう。私もよく知るその男のペルソナを引きはがし、ネットという衆目の元に晒上げるだけの大きな大儀もない物に。
ただ、それでも今回、私は書き留めたいと思った。彼が課し続けた命題に向き合う為に、そして、今この時の感情、想いをここにしまっておく為に、
いつかまた彼がこの命題に頭を抱えるときにもう一度この記事を見返せす為に、生きる指標として、この記事を残しておこう。
とある少年の答え
とある少年はこの問いに
なんて馬鹿な奴がいたもんだと嘲り笑った。
その少年はこれといった才に恵まれてはいなかった。それどころかあらゆる分野において人より劣ることの方が多かったように感じる。
運動神経は悪く、両親が塾に通わせてくれたのが功を奏し座学の成績はぼちぼちの所に落ち着いたがそれでも人並み以上に優れていたとは言い難い。
知恵が回るわけでもなく、手先も不器用で、コミュニケーション力も人より劣り、友達も少ない。
少年はどうしようもなく凡庸。もしくは、それ以下の劣等な人間であった。
少年は、家族以外の世間と触れ合う内に、じわじわとそれが事実であると言う事を理解していった。
幼稚園からかけっこは最後尾で、
小学校では喧嘩も弱く、いじめが原因で精神を病み、
中学生では得意だった勉強もおざなりになり始めた。
そのどうしようもない劣等感は、彼にこのような思考を受け付けた。
「自分が何か望んだところで、何も手に入りはしない」と、
少年にとってこの事実は耐えがたい苦痛であった。
それもそうだろう。これからの人生の先にある物は輝かしい希望などではなく、欲しいものなど何も手に入りはしないという絶望でしかなかったのだから。
こんな物を一介の小学生が、真正面から受け止めるには余りにも酷だろう。
その事実は少年に、
「これから望むものを諦めていく人生に一体どれほどの価値があるだろうか」と思わせるのに十分だった。
つまり、自死の可能性である。
しかし、彼の精神力では到底自死など選択することはできず、生きる理由を見いだせぬまま、現世に踏みとどまるだけの生活を続けていた。
彼は、星の遠さを知り、彼は手を伸ばすことを馬鹿らしく思うようになってしまったのだ。
13人の少女達の答え
その少女たちは、だとしてもと、
それこそが己が己である証であると
星に手を伸ばし続けた。
少年がそんな少女達に出会ったのは、前述したようなマイナスの思考に飲まれたまま進んだ高校生活の中であった。
中学末から高校にかけては、少年の人生において大きな転換期であった。
今まであまりうまくいっていなかった交友関係が少しづつ上手く行き始め、今まで片手の指で足りるレベルしかいなかった友人が、両手の指が出勤する必要が出てくる程度には増え始めた。
アルバイトを始めて金銭の余裕も出始め、映画やDVDレンタルなどで作品に触れる機会も多くなり、しっかりキモオタとしての道をまっしぐらに駆け抜けていった。
ただ、どれだけ誤魔化してみても少年の中にある思想が消えることはなく、
上手く行ってる現状すらどこまでも絶望の未来を誤魔化すためのまやかしに過ぎないのではないか。
そんなことがチラついてしまいどうにも全力で青春を謳歌する事が出来なかったのである。
そもそも、大好きな作品に触れるのも、現実逃避の側面が強かったように思う。未来がどうしようもなく絶望であるということを、アニメやゲームをしている間だけは忘れられた。そんな逃げの道具として見てしまっていたのだ。
未来はどうしようもない絶望で、でも諦めて命を絶つような勇気も無くて────────
そんな日々をずっと続けていた、ある夏の日の出来事だ。
少年はいつものように次に見るアニメを探していた。新たな逃げ道となるはずだった道具を、
そんな彼に一人の友人が提示したのが
The Idolm@sterだ
天海春香を始めとする13人のアイドル達。その成長の軌跡を描いた物語─────
というのは、このnoteを見に来てくれた皆様には周知の事実であろう。詳しい説明は省くことにしよう。
ともかく少年はこの作品を勧められた…のだが
正直あまり気乗りはしていなかった。
なぜかと言うと、彼は女の子がたくさん出てくるアニメに対して、若干の抵抗を覚えていたのだ。
これは彼が、萌アニメ対して毛嫌いを起こしていたことに起因する。
彼がアニメを好きな理由としてかなり強かったのがお話、ストーリーを読むこと。萌アニメはそこを蔑ろにして女の子をイチャイチャさせてるだけで需要が生まれてしまう…そういう構造がとても苦手だったのだ。
(萌アニメ好きの方不快な思いをされたら申し訳ない。彼の偏見が強めの意見なので笑って見逃してやってほしい。)
加えて、アイドル物という物にもあまり興味がなかったというのも大きい。
少年は世に云う根性論がとにかく嫌いだったのだ。
得てしてこういう作品は、
「努力は必ず報われる」だとか、
「諦めないで頑張ろう」だとか、
なんの根拠も保証もない言葉を無責任に吐いて結果成功してしまう。
そんな様を見せられて何を感動しろというのか、馬鹿馬鹿しい。
そんな言葉を信じた所で
足は速くならずかけっこはずっとビリ。
腕っぷしだってちっとも強くはならない。
人並み以上に努力したって中学受験も受からない。
そんな現実が待っているだけではないかと、
絶望の未来を持つ少年には、アイドル物の作品が
「所詮最初から才能のあったやつらが描く茶番劇」
程度にしか考えられなかったのだ。
かくして、ここまでアイドル物を毛嫌いしていた少年は例に漏れずこのアイドルマスターという作品にも興味関心を示さず─────────
─────────────TSUTAYAにて全巻レンタルを行った。
とても不思議な話だが、ここまで毛嫌いしていたアイドル物の作品を、彼は視聴することを決心したのである。
このとき勧めてきた友人に彼が全幅の信頼を寄せていた、というのが大きかったのだろう。
────簡潔に、結論から述べよう
彼はこの作品に、大きく人生を突き動かされることになった。
少年はどこか、アイドルのことを超常的な、まさしく星のような存在のように思っていた。
だからこそそれを目指すものもまた、星のような、我々からは果てなく遠いものであると、勝手に思い込んでいた。
しかし、その物語に映し出される13人は、どうしようもなく我々と同じ人間であった。
ある者は運命の出会いを見つけるため
ある者は引っ込み思案な自分を変えるため
ある者は貧乏な家庭を支えるため
ある者はなんとなく楽しそうだから
ある者は亡き弟に報いるため
そしてある者は
憧れたステージに皆で立つために
どこまでも、どこまでもその姿は我が儘な欲深き人間の姿だった。
人の身のまま星に近づこうとして、届かぬ星の高みに絶望し、嘆き、苦しみ、時に心を病んでしまう。
それでも足掻き、何度でも星に手を伸ばしすその様に、彼は魅入られた。
そしてなにより彼の心を動かしたのは、
劇場版The Idolm@ster 輝きの向こう側へ!
での
「どうしたいかだけでいいんだよ」
という春香の言葉。
そして、
「夢は自分を叶えるために生まれた証だから」
挿入歌、m@sterpieceのワンフレーズだ。
この先の未来で望んだものには何もなれないという絶望。そんな絶望に対して彼女たちは言うのだ。
「なれないなら目指しちゃいけないの?」
と、
おかしい。その理屈は破綻しているではないか。
なりたいものになれぬのに、どうしてそこまでして手を伸ばす。
全部無意味ではないか。
「でも、そうしたいんでしょう?」
そんな彼女の言葉が聞こえるようだった。
望むものになれないとしても、手を伸ばしたければ伸ばせばいい。
それがきっと、自分が自分であることの証明だから。
13人の少女たちの出した答えは、少年の17年の絶望を打ち砕くのに、十分すぎる答えだった。
望む未来になれないという絶望は変わらない
しかし、彼は彼女達が教えてくれたその言葉を胸に、
少しだけ望むものに手を伸ばす様になった。
その中には叶うものもあったし、叶わないものもあったが、
未来は手を伸ばすまではわからないと───
少しだけ、希望を抱いて星を見上げるようになった。
ため息交じりの少女の答え
その少女はとても残酷だと
星に手を伸ばしながら呟いた。
少しだけ希望を抱けるようになった彼は、以前より明るく、色んな物に目を向けられるようになった。
周囲からみたら些細な変化だっただろうが、彼にとってはその変化はとても大きなものであった。
自分を変えてくれたアイドルマスターに大きな恩を感じた彼は、無印以外のアイドルマスターにも手を出し始めた。
多種多様なシンデレラ
結束力のミリオン
全人類向けのsideM
様々な事務所を巡る中で出会ったのが
現在著者も大好きな
アイドルマスターシャイニーカラーズ
通称シャニマスだ。
シャニマスは前述した事務所たちとはかなり毛色が違い、濃密なシナリオが評価されているゲームである。
アイドルの実在性を謳う本作では、とても一言では表し尽くせない濃密なキャラクターがファンの心をガッチリ掴んでいる。
そんな私がシャニマスに触れるのもそこまで遅い話ではなく、アイマスに出会って1年後の夏頃にはこのゲームを触れ始めた。
初めこそ苦戦したものだが、プレイを続ける内にwing優勝が安定し始め、このゲームのコミュの面白さに触れ始めた頃。trueendの存在を知ることになった。
少年は間抜けにも、trueend講習を受けたにも関わらず、存在を一切認知していなかった。
そのため、trueendの存在を知るまでは少し間が空き10月頃になってしまった。
初めてのtrueendはぜひ何か特別なキャラに捧げたい。そう思った彼だったが当時担当を名乗っていた冬優子はSSR未所持であり、別のキャラを探すことになった。
何か気になるキャラはいないだろうか
そう思って所持アイドル欄とにらめっこした結果、一人のアイドルが目に止まった。
樋口円香である。
twitterでの彼女はかなりの有名人であった。
何故かは分からないが彼女をプロデュースした人間が軒並みわからせおじさんからわからされおじさんになっていく様はかなり異様で気になっていたのだ。
そうして、彼女のプロデュースは始まったのであった。
プロデュースを始め、もう見慣れてきた社長とはづきさんとのやりとりをマウスを連打で吹き飛ばす。新たなアイドルとの出会いに流行り気持ちをぶつけるように、
そうして出会った彼女に、少年は程なくして衝撃を受けることになる。
なんと彼女はアイドルになる気など、これっぽっちもなかったのだ。
彼女が事務所に来たのは、直近事務所に所属した幼馴染が騙されていないかその確認と今後、監視を行うと言う旨を伝えに来ただけだったというのだ。
あまりにも衝撃の開幕である。ここまでアイドルというものに興味がないまま、人はアイドルという職業を選べるものなのだろうか。
結局、プロデューサーのスカウトに二つ返事にアイドルになった彼女に眉をひそめながら、プロデュースは続く。
結局アイドルになっても、彼女は活動そのものに意欲的な姿勢ではなかった。
仕事は真面目でそつなくこなすものの、そこになにが熱意が感じられるわけでもなく、彼女がなぜスカウトを受けたのか、少年にはまるでわからないままであった。
そんな中、シャニPは彼女の気を引こうとCDショップのミニライブを通りがかりに見学することになる。
それを見た彼女の口から出た感想は────
……少年の怒りを理解してもらえるだろうか。
本記事で前述した通り、彼は765プロのみんなに人生を救われ、深く感謝しているのだ。
そして彼は知っている。彼女たちの歩んできた道が決して平坦で簡単なものではないことを、
765プロだけではない。他の事務者のみんな、彼の見てきたアイドルたちは、もがき、苦しみながらも前に進んできた。
その様を、彼は1年間見てきたのだ。
それを彼女は、何と言っただろうか。楽な商売だと、そう言ったのだろうか。彼女たちの歩みを、楽な商売だと、そう彼女は言うのだろうか。
恩人の歩むその道を小馬鹿にするようなその言動に、少年はこの上ない怒りを覚えたのだ。
……しかし、それと同時に、その言動にとてつもない既視感を覚えていた。
これも前述の通りなのだが、彼はそもそもアイドルというものに興味がなかったし、勝手な偏見も持っていたのも事実だ。
彼女の言動はひどくその時の自分と酷似していたのだ。
そしてまた、彼女もアイドルというものを詳しく知らない。このような発言が飛ぶこともまた、致し方ないことなのかもしれない。
そんな怒りと既視感が入り交ざり、彼女を責めるに責められず、なんとも言えない歯がゆさを残したまま、その時はやってくる。
アイドルをやる気のない彼女だったが、才能は確かなものでWINGの審査をどんどんと通過していく。
アイドルのことと言い、彼女の考えることは妙に自分と近いと少年は感じていた。
ただ、少年と明確に違うのはその才能の有無であろう。
…………いつぞやの少年はその才能の無さ、無力さに打ちひしがれ、
「自分になんでもそつなくこなせる才能があれば、もっと違ったのだろうか」などと考えていたことを思い出す。
少年にとって彼女はいつぞやの自分が求めた理想の姿そのものに思えた。
………だが、だとすれば、
彼女はどうしてそんな辛そうな顔をするのだろうかと、
少年は疑念を積もらせていった。
そんな想いを他所に
彼女のアイドルとしての活動はどんどん先へ進む。
問題なく、つづがなく、彼女の活動は進んでいたのだが…
そんな中、彼女は堰を切るようにつぶやいた。
少女は続ける。私はアイドルになるべきではなかったと、
──────────いや、そんなわけがないと少年は否定する。
彼女には才能があって、先に進めるだけの実力がある。
………自分とは違って、先に進める。
なぜそこまで自分を卑下するのか
届くはずだ、お前なら。なのに、なのに、どうして
先に進むことを―――——————
─────────────────────少年の時が止まる。
体も動かせない。
息だって止まっている。
心臓だって動いているかわからない。
─────────────────────なのに、体は熱くてたまらない。
だって、彼女のそれは、同じなのだ。
彼が十何年と抱えてきた。それと、
何も叶わないと、どうにもならないと、
それならば、目指すことさえ、やめてしまえと
そう願った自分自身と、
樋口円香という過去の自分の理想が、
自らと同じ場所でうずくまっているのだ。
この時の少年の感情を、なんと表現すればよいだろうか。
嬉しさだろうか
悲しさだろうか
苦しみだろうか
嘆きかもしれない
或いは、救いだったかもしれない
……………5分ほどの静寂を破り、
彼は思う。
765プロの皆に導かれた輝きの中に、
今度は自分がいて、
後ろには
かつて自分がうずくまっていた所で膝を抱える少女がいる。
ならば、自分のすることは
輝きに導かれた自分のすべきこととは───────────────────────
彼女を輝きまで導くことしか、ないだろうと。
不思議な縁だ。アイドルマスターに、765プロに救われた少年は
同じコンテンツの少女を救おうと決意したのだ。
─────────結果から言えば、
少年はこのWING育成にて初めてのtrueendを取ることに成功する。
この時、初心者には攻略が難しいVo1位流行だったこととか、
VoのTop appealを取られたこととか。
割とドラマがあったのだが、今回は割愛しよう。
ともかく少年は初めてのtrueendを取ることに、成功し運命ともいえる邂逅を果たしたのである。
以降彼が、樋口円香担当を名乗り始めたのは、言うまでもないだろう。
何度も倒れた少女の答え
その少女は、
ままならないと
何度も倒れながらその星に手を伸ばした。
樋口円香との出会いは、彼にとってとても大きなものであった。
少女に触れるにつれ、彼女のことを知るにつれ、理解する。
こいつは自分の理想などではなく、
己のコンプレックスそのものなのだと。
先に進むことへの恐怖。
忘れかけていたその自分の弱さと向き合う時間を
彼女はもたらした。
自分は先に進むことはきっと楽しいと歩みを止めなかったけど、
足がすくんで動けなかったその気持ちもまた、嘘ではない。
彼女の気持ちと向き合うことは、そんな自分の弱さと向き合う時間でもあったのだ。
そんな時間が続いて、数年。彼も成人し、社会に出て働くようになった。
少年は青年として、新たなスタートを切りだす。
社会へ出るにあたっての環境の変化、財布の小遣いが増え、取れる選択肢も増え始めた。
アイマス合同現地で初ライブをかまし、改めてアイマスが好きなことを実感したりなど、苦しいことも、楽しいことも今までより増え、充実した時間を過ごしていた。
─────────────────────────────ただ、一つを除いては、
樋口円香は、望む空で羽ばたけない
彼女の求めるもの、うつくしいもの。
ピトス・エルピス実装時からずっと言われてきたことの回答が、
ある日、突然、降り注いだ。
彼女にとって、うつくしいものとは、
浅倉透
その在り方なのだと、彼女は言う。
あの日見た、浅倉透のその輝きに、
今も目を奪われ続けているのだと。
…………………人がどれだけ望もうと、
他人に成り代わることはできない。
どうしようもない、そんな現実に、
彼女は諦めてしまって、いたのだ。
この事実は、どうしようもなく、青年の心に深い傷を残すこととなった。
その諦めは、彼にも覚えがあった。
あの時、星の遠さを知った自分の姿を
彼は円香に重ねずにはいられなかった。
…彼が彼女の手を取った時、
「自分には、何も掴むことはできなかったが、
彼女には、自分よりもずっと凄い才能があるのだから、
彼女には、自分の様になってほしくない」と、
そう、願っていた。
………だがどうだろう。
彼女の最初にして最大の願いは、もう叶わないと、
もう確定してしまっている。
彼女もまた、あまりに遠いその星に、望みを絶たれていたのである。
彼は思った。
出来ることなら、彼女の願いを叶えてやりたい。
だが、どうだろう。
その願いは、彼が魅せられた樋口円香を否定することではないだろうか。
彼女がなぜ浅倉透のようになりたいと思ったのか、それは彼にはまだわからない。
だが、自己肯定の低い人間が誰かのようでありたいと願うのは、
とてつもない自己否定のように、彼には思えてならなかったのだ。
彼女は言った。浅倉透は美しいと、
まるで自分が、美しくないかのように。
ふざけるな
ならば、
なぜ、俺は
あの時、君に心を奪われたのかと。
おまえだって、こんなにも人を魅了できる、美しいものだと。
彼女に一言物申してやりたかったが………
残念ながら彼には、彼女に声をかける手段はない。
一ゲームキャラでしかない彼女に、現実を生きる彼の言葉を届けることは、到底出来うるものではない。
第4の壁を突破することは、フィクション側の表現としてはできても、現実側からそれを行うことは、不可能だろう。
そんな腹立たしさと口惜しさに、彼は思案する。
何か、自分にできることはないだろうかと、
何かが彼女に届くことがないとわかってはいたが、
だとしてもだ。何もしないままではいたくなかった。
しかし、現実問題何をすればよいだろうか。
第4の壁を越えて彼女の背中を押せる何かをするというのは、容易なことではないだろう。
本当にそんなことが自分にできるだろうか…
…そう悩む傍らで、彼は気づいていた。
彼女のために自分ができることが、一つだけあることに、
それは、「彼自身が美しいものになること」だ。
もちろんこれは、浅倉透のようになることではない。
「浅倉透ではない美しいものの可能性を自身を持って証明する」ということだ。
ここまでで、青年と樋口円香の近似点の多さについては説明しきったとおもうのだが、
もし、自分とよく似た人間が浅倉透への憧れを捨て去れるぐらい強く彼女の眼を焼けるとしたら、
自分自身のキラめきで彼女の眼を焼けるとしたら、どうだろう。
彼女は少しでも自己を肯定して、前に進むかもしれない。
もちろんこれは、自己満足でしかないだろう。
樋口円香が自分を見る機会などないし、見てもらえなければ評価されることもない。自分が少し変わったぐらいでは、意味があるとはとても思えない。
だとしても、何もしないよりもずっといいはずだ。
それに、届かないとしても、美しくなる為自己研鑽に励むというのは、
自分にとって必ず+になることだろう。
やらない理由はないだろう。
………だが、青年は行動を起こさなかった。
情けない話だが、彼は怖かったのだ。
まず、美しいものになる。と言うだけなら簡単だが、
それはあまりにも険しい道だろう。
いくら精神面で円香に似るところが多いと言っても、
彼は所詮1陰キャオタクに過ぎない。
身なりに気を使ったこともなければ、運動習慣もなく、その癖暴飲暴食がたたり体型だって20代とは思えない太り方をしている。
いくら美しいものが外面だけの話でないとしても、あまりにもかけ離れすぎていて全くイメージが浮かばない。到底できるとは思えない。
だが、それだけなら、まだいい。
所詮自己満足でしかないのだ。できるできないなど些細な問題だ。
そう、皆がおしえてくれたのだから。
問題は結果として今が無くなってしまうかもしれないということだ。
決して恵まれてなどいなかったが、彼は満足していた。
自死を考えていたあの頃を思えば、今の自分は自分にはもったいないぐらい幸せだと思う。
…だから、その行動を起こすことで、今あるそれが無くなってしまうかもしれない。最悪、あの頃の辛い時期に逆戻りになってしまう可能性すらあるだろう。
そう思うと、彼は足がすくんで動けなかったのだ。
…本当に情けない話である。
彼は、樋口円香には前に進んで欲しいと願うのに、
いざ自分のことになると怯えて動けないのだから。
なんと自己中心で、浅ましいやつだろう。
結局彼は何もせず。今ある幸せを噛み締めて生きていくことにしたのである。そんな日々が続けて、一年近くは経過しただろうか。
新たな情報がバンダイナムコから発表された。
学園アイドルマスター
初星学園の生徒となり、アイドル科のアイドル候補生をトップアイドルにするため、彼女たちのプロデューサーとしてプロデュースを行っていくという、今までとは全く違う切り口の完全新ブランドのアイマスアプリゲーム
特筆すべきは、そのクオリティーの高さだろう。
3Dモデルは何と驚異の60000ポリゴンを超えるのだとか、
(参考までにウマ娘は1キャラ2万ポリ前後)
楽曲提供もgigaやハニワ、ナユタン星人など、
かなり有名どころを揃えてきており、
制作人の気合を感じさせる。
これには青年も浮足立たずにはいられなかった。
大好きなアイマスの新ブランド、
シャニマスではリリース当初からの古参を名乗れなかったので、
今回はしっかりスタートダッシュを決めようと意気込むのだった。
そして、リリースが開始すると、早速SNSでの高評価が散見されるようになる。
実際、学マスはとても面白い。
slay the spireというゲームが元ネタになっているそうで、カードゲームとしてかなり完成度が高く、紙が好きなオタクだった青年にもかなりぶっ刺さった。
加えて、このローグライクカードゲームというゲームタイプが、
アイドルが少しずつ成長している感覚を体感的に味わうことができ、脅威のマリアージュを見せている。
そのため、かなり体感型のゲームとしてもクオリティが高く、人気なのも頷ける面白さになっている。
青年もその面白さにのめり込み、はちゃめちゃに楽しんでプロデュースしていたのだが、そんな中、
1人の少女が倒れながら彼の前に現れた。
名を篠澤広と言う。
彼女にはリリース前から興味があった。
というのも、アイドルを志した理由が
「一番私に向いてなさそうだったから」
という、まるで意味不明な理由であったためだ。
絶対にシナリオ面白いじゃん!!!!!!!
という確信が彼にはあった。
引けたSSRから順番に育成したいと思っていた彼は、
まだ引けていない彼女を後回しにし、SSRを取得してから育成しようと考えていた。
結局彼女がガチャから引けることはなかったのだが、どうしてもSSRで育成を始めたいと思った彼は、ピース変換を用いてフラワーを取得し、広のピーースを交換することで、SSRを開放したのだった。
彼女のプロデュースを始めて、リリース前の期待は間違っていなかったことをすぐに理解した。
彼女はまず、自己評価の通り
「全くアイドルには向いていない」
彼女は14歳にして大学を卒業した天才少女であり、学園の入学試験において筆記を満点で合格するほど、勉学はできるとんでもない人間だ。
だがそれ故だろうか、運動は壊滅的に不得手なのだ。
入学試験の実技部門は0点。
歌もダンスも表現力も、彼女には欠片もなく。
運動不足のせいでレッスンのたびに倒れて保健室行き。
通学すらもハードレッスンになるほど貧弱である。
そのあまりにもアイドルとして絶望的過ぎるステータスに、
プロデューサーも彼女の逆スカウトを一度断るレベルだ。
本当に、なぜアイドルになったのか全くの理解不能である。
彼女にどれだけの人間が将来を期待していたのか、考えるより明らかであろう。
それにも関わらず、それら全てをかなぐり捨ててまで向いていないアイドルになる理由とはいったいどんなものであろうか。
このあまりの意味の分からなさが、彼の興味を搔き立てた。
そしてその理由は、すぐに明らかとなった。
「彼女にとってアイドルになることは趣味だった」のだ。
彼女は才女だ。
しかし、それゆえに何をしても上手く行く。
誰もが彼女に期待して
誰もが彼女を褒めてくれた。
しかし、だからこそ彼女は退屈だった。
何も苦戦することなくEDまで行けるゲームがつまらなく感じるように、
彼女は人生イージーモードがつまらなく退屈だったのだ。
だからこそ、向いていないことを頑張ることが
新鮮で面白そうに思えたのである。
苦しくて、ままならない日々は、彼女にとって
たまらなく楽しく、新鮮で、充実した日々だと言うのだ。
彼は驚愕する。
考えたこともなかったのだ。あの、辛く、苦しい日々が、楽しいなど。
しかしと、彼はあの頃を思い返す。
思えば自分は、あの頃踏み出してすらいない。
ただ勝手にできるわけがないと塞ぎこんでいただけだ。
今は確かに充実しているかもしれない。
面白いことには事欠かないし、友人だって少なからずいる。
現状維持のままだとしても、これから生きていく上で困ることなどないのだろう。
でも、もし、もしだ。
踏み出す先が、彼女の言う通り楽しい日々だと言うのなら。
今より、新鮮で、充実した毎日が待っているかもしれないのなら。
…………踏み出してみることは悪くないかもしれない。
少なくとも、自分には人に誇れるようなものなどありはしない。
765プロの皆のような強い心は持ち合わせていないし、
円香のような器用さ、コミュニケーション力も無いし、
広のような頭の良さもありはしない。
でも、だからこそ、
ままならないことだらけの自分だからこそ、前に進むことは楽しいのでは ないだろうか。
何もできないからこそ、歩む楽しさがあるのではないだろうか?
ならば自分も、そうしたい。
ここ数年、彼は面白そうなことには首を突っ込むのを主義にしてきた。
もし、美しいものになることがままならないと言うのであれば…
きっと、そんな楽しそうなことほっといていいはずがない。
───────この後、広は着々と成長し、
初のライブに挑んだりするのだが…
……それはまた別の話。
とある青年の答え
かくして、青年は決意する。
ため息交じりの彼女の背中を押すために、
ままならない日々楽しい日々を手に入れるために
美しいものになることを。
様々な星に望む者を見て、
彼もまた星に手を伸ばすことに決めたのだ。
…だから、そのための禊として、
樋口円香の担当Pなどと言う肩書は今日を限りで置いてしまおう。
彼は決めた。樋口円香の背を自らが輝くことで押すと、
ならば、自分はもう担当Pなどではないだろう。
彼女と相対する、好敵手だ。
自身のキラメキで彼女の眼を焼くために、
その称号はきっと邪魔だ。
そして、そのたの、第一歩として、
彼は今、この記事を書いている。
正直怖くないと言われると嘘になってしまう。
この記事を出すのだって、結構迷いに迷ってしまった。
それでも、きっと
これから進む道のりは
楽しいものになると信じている。
少なくとも、私は今ワクワクしている。
自分がどこまでできるのか
どこまで行けるのか
どんな景色が見られるか
どんなことを待っているのか
あぁ、楽しみだ。
あとがきという名の蛇足
最後まで、読んでいただきありがとうございました。
あなたは、これを読んで何を思うでしょうか。
くだらないと嘲るでしょうか
無駄なものを読んだと怒るでしょうか
或いは…心を打たれたり、してくれたでしょうか
新たな私の門出を祝ってくれる人がいるでしょうか
前置きで書いた通り、正直これはきっと誰かに何かを届けるため、というよりは自らの決意表明のようなもので、
誰かのために、書いてはいません。
それでも、もしかしたら、
私と同じように、星の遠さに怯えてしまっている人が
この世にはいるかもしれない。
そういう人たちへのエールになったりはしないだろうか…
そんな思いも、ひそかにあります。
ただ、言葉というのは難しいもので、
受け取る側次第でいい意味でも悪い意味でも受け取り方が変わってしまいます。
思わぬ所で誰かの助けになるかもしれないし、あるいは逆に、誰かを攻撃する内容になってしまっているかもしれません。
だからこれは、私の願い。祈りのようなもの。
エゴから生み出されたこの記事だけど、
いつか誰かを救ったらいいな
そんな願いを蛇足という名のあとがきとして、ここに書き記しておきます。
重ね重ねこんなところまで読んでいただきありがとうございました。
ここまで読んでくれたあなたに、またどこかで出会えることを願っています。
それでは、また。
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