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どうして勉強するの?

マクドナルドのみんなでどう解く?プロジェクトの初めの問い

ネットで調べればすぐに分かるのに、どうして勉強ってするんだろう?

について、私なりに2つの答えを書こうと思います。

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突然ですが、想像してみてください。

明日起きたら何もかもを忘れていた。自分の名前、一般常識、学校で習った知識も何もかも。

私だったら、どうするんだろう?…いや、ほんとにどうするんだ。予想もできない。

先に進まないので、せめて事故などの理由で病院にいて、目が覚めたら何もかもを忘れていたことにしよう。家族や友人(忘れているので誰かはわからないけれど)が周りにいてくれたとする。私が記憶を失ったことに気づいて、色んなことを説明してくれる。

本当に何もかもを忘れてしまったと考えると、まず日本語が分からず何を話しているか分からない。そこから始めないといけない。

日本語を覚えるということはものの名前を覚えることでもある。読み書きまでいくともう小学校でしている勉強になる。もちろん、日本語を使えるようになっただけでは、生活することはできない。例えば、ものを買おうと思うと四則演算レベルの計算はできないと困るし、そうなると算数を学ばないといけなくなる。他にもたくさんあると思う。

何かを学んで先に進めたら、違うことを学ぶ必要性が出てきてまた学ぶ。これは私たちが生まれてから親に教わったり、学校で勉強したりして長い年月をかけて繰り返してきたことだ。子どもだった私にも、先取りする形で大人たちがいろんなことを教えてくれた。

勉強、特に小学校で学ぶことは生活するのに必要だから学ぶのだろう。そして、これらのことを独学で学ぶことは難しい。幼い子どもならなおさら。大学生の私でも独学で一から学ぶのは難しい。だから、答えのひとつは間違いなくこれだと思う。

生活するのに必要だから。そして、ひとりで学ぶのは難しいから。

じゃあ、それだけなのか。

例え話に戻る。

何もかもを知らない私が外に出る。空を見上げる。このとき私はなんで空は青いんだろうと、いきなり考えるだろうか。

私はきっと考えつかないし、多くのひともそうだと思う。

これは極端な例で、そもそも例として適切じゃない気もするが、私はこう思った。

なにも分からない状態だったら、そもそも疑問を持てなくない?

もちろん全く疑問を持たないことは無い。ただ、その状態で疑問を持っても先に進まないのだ。

「上に広がっている青色の景色は何て言うの?」とは思っても、「上に広がるのが青色の景色なのはなぜ?」と思うことはきっとできない。

白色の光は様々な色のひかりで構成されているということを、昼明るいのは太陽の光が地球に届いているからということを知っているからこそ、「なぜ空は青いんだろう?」と疑問を持つことができると思うのだ。

知っていることがあるから、知らないことに気づける。理解していることがあるから、疑問を持つことができる。分かっていることと分からないことという差があるからこそ、疑問を持つことができる。

だから、私が思う1番の理由はこれ。

自分で疑問を持てるようになるため。

調べたらすぐに分かることもある。でも、調べようと思える疑問を持てるのは勉強してきたからだと思う。

あと、この話の本筋とは少し違うけれど、

知識をただの知識で終わらせるのはなんだかさみしいと思うのは私だけなのかな。

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ここまで読んでいただきありがとうございました。自分の考えをまとめるの難しい…

このプロジェクトはQuizKnockきっかけで知ったのですが、考えてまとめて書くことができてよかったなと思っています。QuizKnockは「楽しいから始まる学び」を理念にWebメディアやYouTubeなど様々な活動をしている団体です。

この問いにQuizKnockメンバーも答えていて、自分にはない視点に気づかされました。長い文章ではないけれど、読み応えがある感じ。【みんなの解答】も載っていて全部「そうだなあ」と思いました。他人の考えに触れるのは楽しい。(下のリンクで読めます。)

メンバーの答えと自分の答えでかぶるところがあったりなかったりして、比べてみるのもおもしろい(今見比べてる。おもしろい。)

私の考えに対する意見・感想だったりみなさんの答えだったりをコメントで教えていただけるとうれしいです。

こういう感じの記事も違う感じの記事も書いていこうと思っています。次の記事もお楽しみに。



とんとろん。