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【八人のアダム】 2-24 帰還

「出てくるときに、誰かに見つからなかったか?」
ピップはラムダの服についた汚れを手で払い落としながらいった。
見たところラムダに目立った損傷はなく、ピップはホッとした。服がところどころ焦げてしまっているので、ウィークシティに帰ったら別のものを買ってあげないと。
「はい、ピップ。二階の窓から静かにでたので、誰にも見つかっている様子はありませんでした」
ピップはうなずくと、ラムダにスターバッテリーを持たせた。
「よし。じゃあ、ラムダはシティに先に帰っていてくれ。宿屋の人たちに気が付かれないよう、静かに部屋に戻るんだぞ。もし、ラムダが部屋にいないことがわかって騒ぎになっていたら、<寂しくなりピップを探しに行ってしまいました>というんだ。それでたぶん大丈夫だから」
「はい、ピップ。それでは、また宿でお会いしましょう」
「うん。あ、そうだ。助けに来てくれてありがとうな」
「どういたしまして」
ラムダは激しい戦闘があったことなどなかったかのように、朗らかな笑顔を見せた。そして静かに空に浮かび上がると、彼方へと飛んでいった。その姿はすぐに見えなくなった。

(速いな。一時間もかからずここへ到着できるわけだ)

ピップは周囲を見回した。<ムーンファルコ>の残骸がいまだに煙を吐き出している。
ピップはその姿をあらためて観察した。とてつもなく強大にして強固であることは、残骸からでも想像がつく。だが、ピップが予想した通り、倒しきれなかったとはいえ、ラムダはこのスターズを圧倒していた。それはピップが<ティターニア>で参戦した時、ラムダはほとんど無傷だったが、<ムーンファルコ>はすでに相当のダメージを負っていたことから推測できる。ラムダが与えたダメージがなければ、<ティターニア>のミサイルも通用したかはわからない。

そのあとは四対一という状況もあり、これにはさすがのラムダであっても苦戦はしていた。
「でも」
とピップは思う。

(でも、もし俺がラムダに、ムーンファルコを撃破するように言っていなかったら、先にターゲットになったのはおそらくワイルドたちだ。そして、ラムダはワイルドたちであれば難なく撃破したと思う。その場合、ラムダは<ムーンファルコ>と再び一対一で戦うことができて、そして、問題なく勝っただろうな)

ピップは長いため息をついた。
あらためて、ラムダは恐ろしく優秀で強い自律式スターズであることを認識させられたためである。どうやってあの小さな体にそのような性能を持つことが可能なのか。いまだにラムダの底は見えない。

また、ラムダは人をなるべく攻撃しないよう設定されているが、まったく攻撃をしないわけではないことも分かった。ザーズを躊躇なく攻撃しようとしていたことから、いざ戦闘となれば、有人機であっても攻撃対象となりうるのだ。

(もし、あそこで俺が止めなければ、スターズごと、きっとパイロットも)

それを思うと、ピップは恐怖を覚えるのだった。
同時に、やはり他の誰かにラムダのことを言うのはリスクがありすぎると感じた。ラムダの性能は、悪事を企てるものにとってはあまりに魅力的すぎるし、一般人にとっては恐怖の対象でしかない。
ギャラン=ドゥたちや今回のワイルドたちのように、偶然知られてしまった場合を除けば、ラムダのことは自分だけの秘密にとどめようとピップは思うのだった。

ワイルドは最後に「お前さんはそいつを早めに手放した方がいいと思うぜ」と言っていた。
「そんなの、誰よりもわかっている」とピップは虚空につぶやいた。
だが、ラムダを託せる人物は、ピップには祖父アダム博士一人しか思いつかない。
自分の使命は、アダム博士を探し出し、アダム博士にラムダを返すことなのだ、とピップはあらためて決意を固めた。

(それまで、もうどんな状況でも、ラムダに、人が乗ったスターズと戦わせるようなことはしない)

とピップは心に誓った。

ピップは廃墟に戻ると、拘束されていたティアと二人のパイロットを救出した。そして外に出て何が起きたのかを早口で説明した。

「屋上に連れて行かれた俺は、決死の思いで飛び降りました。砂がクッションになって怪我なく降りられたので、モルゴンのところにかけつけました。それから、ええと、ワイルドたちが巨大な自律式スターズを使って攻撃してきたんです。モルゴンではとても勝てそうになかったので、ティアさんのティターニアを勝手に使いました。勝手なことをして本当にすみません」

ピップが一気に話すのを聞いたティアは、煙を開けて倒れている<ムーンファルコ>を指差しながら言った。
「つまり、君は私のティターニアを初めて操縦して、たった一人で、この巨大なスターズを倒したっていうのか?」
「そ、そうです。本当に偶然が重なって、うまくいきまして。は、ははは」
「うーん。にわかには信じがたいが、状況的にはそうなのだろうな。それで、ワイルドたちは?」
「俺がこのスターズを倒したのを見て、びっくりしたのか、あっというまに逃げ去っていきました。追うべきか考えたのですが、俺ではティターニアをうまく操縦できないし、ここはティアさんたちの救出が先かなと思いまして」
「ふーむ…。ワイルドたちは腕の良いパイロットだ。三人で攻勢をかければティターニアも倒せると考えるような気もするが。君はうまく操縦できなかったというが、よほどの腕前を見せたのかな」
「いや、本当に火事場のクソ力というような感じで…。ははは」
ピップは乾いた声で笑った。
苦しいウソであったが、ピップとしてはラムダのことをいうわけにはいかない。

ティアはしばらく不審な表情ではあったが、一つ大きく息を吐くと、ピップに深く頭を下げた。
「本当にありがとう、ピップくん。君がいなければ、私は完全に拘束され、ワイルドたちに交渉の材料に使われていただろう。ホープシティがマザースターを渡すとは思えないが、そんなことにならずに済んだのは君のおかげだ。心から感謝している」
残りのウィークシティの兵士の二人もピップに礼を言った。
「スパイだなんて疑って悪かったな。それにしても、ワイルドがブラとザーズの父親だったとは」
「ブラとザーズが兄弟であることも知らなかったな。あいつら、それを隠しながらシティで働いていたのか。でもあの三人、あんまり似ていないよなあ?」
兵士二人はそんな話をしている。
ティアがピップに話しかけた。
「さて、この事態をウィークシティに伝えたいところだけど、通信用のパスワードは書き換えられてしまって、使えないんだったな」
「あ、でも、さっき修復プログラムをかけておいたので、そろそろ直ったと思います」
「仕事が早いなあ、君は。どれどれ……あー、ウィークシテイ? こちらティアです。ええ、実はトラブルが発生しまして……」

それから数時間後、空が明るみ始めた頃、ウィークシティの救援隊が廃墟に到着した。
ある程度の現場検証と聴取が行われると、ピップは損傷したモルゴンとともに回収され、救援隊のスターズでシティに送ってもらえることになった。ティアはティターニアを操縦するため、このスターズには乗らなかった。

ピップは離陸したスターズの窓から廃墟を一瞥した。一日弱の間に、とてもたくさんのことが起きたような気がする。

(なぜ、俺はあのとき、ワイルドたちを逃してしまったのだろう。それは正しい選択だったのだろうか)

だが、もはやピップにそのことを振り返る余裕はなかった
凄まじい疲労感に全身を包まれて、ピップはすぐに泥のように眠った。

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