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【八人のアダム】 1-15 決断

対象が完全に沈黙したことを確認したラムダは、ピップのモルゴンのそばに歩み寄った。
「ピップ、無事ですか?」
ラムダは変わらぬあどけない表情で尋ねた。
「ラムダ……きみは……」
モルゴンのハッチを開き、ピップは顔を出した。
「ぴーーーーーっっぷ!!」
そんなピップの声を遮るように、ギャランの声が第三格納庫に響き渡った。
ギャランはメタルギャランのハッチを開けて、ピップとラムダの方に向かって来ようとしていた。興奮して血が頭から吹き上がっているが、本人はまるで気にしていないようだった。巨大スターズに跳ね飛ばされた時の衝突で負った傷だろう。
「最高よ、ピップ。あなた、こんなものを隠していたの?」
気味が悪いほどの満面の笑みで、ギャランはピップたちに近寄ってきた。
「ねえ、この子、いや、このスターズのお名前は?」
「……<ラムダ>、というらしいです」
「ラムダくんね。こんにちは、私はギャラン=ドゥ。ピップの主よ。あら、どこかでお会いしたかしら? まあいいわ」
ギャランはピップに向き直った。
「ピップ、あなたがこの子のことを隠していたのは、不問にするわ。我々の危機を助けてくれたんだもの」
(隠していたわけじゃ、ないんだけど、な)
ピップは心の中でつぶやいた。
「そして、あの巨大スターズを壊してしまったことも、多めにみましょう。だって、ねえ、こんな、すごい……人間にしか見えないわ」
ギャランは恍惚の表情で、ラムダをじろじろと眺めた。
「ねえ、これはあなたが作ったスターズなの?」
「まさか。俺にはこんなすごいスターズは作れませんよ」
「そう。じゃあ、察するに、これはアダム博士の作品じゃないのかしら? なんというか、そういう感じがするのよね。ねえ、ピップ。あなたも人が悪いわね。きっとこれが、本当の<アダムシリーズ>なんでしょう?」
ギャランが笑っているのか睨んでいるのかわからない顔でピップを舐めつけるように見てくる。ピップは何も言えない。
「なんてこと! ああ、やはり天は私に微笑んでいる! こんなものが手に入るなんて!!」
ギャランは両手を広げ天空に向けて叫んだ。
「確信したわ、これをもってすれば、私はこの世界の王になれるッッ! これが、アダム・シリーズ!! なんという強さなの、まさしく最強のスターズだわッッ!」
ギャランはピップの両肩を掴んだ。
「ピップ、あなたを選んでよかった。あなたには何かがあると思ったのよ。さあ、ピップ。この子をアタシのいうことも聞くようにしてちょうだい。私もラムダに何か命令してみたいのよ」
「命令……」
そう言われて、ピップは考えた。
自律式スターズであると言うことは、誰かが指示権限を持つはずである。
だとすると、ラムダは、誰のどのような指示権限で行動しているのだろう。そもそも、自分はラムダに何か命令できる立場なのだろうか?
ピップはラムダにたずねた。 
「ねえ、ラムダ。さっき、俺はラムダに部屋で待機をしているように言ったね。でも、ラムダはそうせずにここへきた。それはどうして?」
「はい、ピップ。ぼくはあなたを守るように、アダム博士に言われています。このままではピップが危機的な状況になる可能性があると判断し、ここへ向かいました」
「なるほど。じゃあ、きみは俺に何か命令をされても、それを聞くわけじゃないんだね。きっと、アダムじいちゃんとかの命令でなければ聞かないんだろ」
「誰がぼくに対しての指示権限を持つかは、開示不可のため、お答えはできません。ただ、ぼくからピップにお伝えできる情報はあります」
「何だろう?」
「ぼくは、ピップからの命令は、より上位の命令や目的と競合しない限り、聞くように言われています」
「それも、アダム博士が決めたの?」
「はい」
ピップは遠くを見るようにして、考えた。

(目的はわからないけれど、じいちゃんは俺に、ラムダに関してある程度の指示権限を与えている。これほど賢く、恐ろしいほどの戦闘力を有するスターズを。なぜだろう?)

ピップは祖父アダムを思い浮かべる。
絶対に理由がないことはしない人だった。優しく、柔軟でありながら、鋼鉄のような意志を持つ人だった。
ピップは拳を握りしめる。

(理由はわからないけれど、きっと、じいちゃんは、俺にラムダを預けようとしている。俺が、ラムダをおかしなことにつかったりしないと、信じて)

ピップの心が、ピップに何かを訴えていた。
ピップはさらに強く拳を握った。
「ねえ、ピップ。何を確認しているのよ。早くアタシにもこの子に何か命令をさせなさい。あなたならそうできるんでしょう?」
「そう、ですね……」
ピップの目に、ギャランの後方二十mほどのところ、サイモンがグラディーズから出てこちらに近づいてくるのが見えた。今、ピップのそばにいるのはギャランとラムダだけである。
ピップはラムダを見た。
ラムダは目を合わせて、にっこりと笑った。

(……決めた)

「ギャランさん」
「ん?」
瞬間、ズンっと鈍い音が響く。
ピップがギャランの股間を思い切り蹴り上げたのだ。
「ぐほうぐぅゥゥウ!!」
ギャランが苦悶して股間を抑える。
「ラムダ、この人を、突き飛ばして!」
ラムダはすこし間をおいた。ピップの意図がわからなかったのだろう。
「この人は俺に危害を与えようとしているんだ。怪我させない程度に突き飛ばすんだ!」
ピップは急かした。
「はい、ピップ」
というなり、ラムダはふわりと浮いて、苦しむギャランの肩を軽く押した。
巨体のギャランが五mほど吹き飛び、さらに五mほど地面を転がった。
「これでよろしいですか?」
「あ、ああ」
(もう、戻れないぞ、ピップ!)
ピップは自分に言い聞かせた。
「ラムダ、モルゴンに乗れ!」
ピップはモルゴンに飛び乗ると、ラムダに手を伸ばした。
突き飛ばされたギャランが立ちあがろうとしている。サイモンが銃を抜きながらピップに向かって走ってくる。
「ラムダ、行こう。アダムじいちゃんを探しに!」
それを聞くと、ラムダはにっこりと笑い、ピップの手を握って、モルゴンに飛び乗った。
「はい、ピップ」

「ピップぅゥゥ! きっさまあああああ! この俺に逆らうのかあああッ!」
ギャランが股間を押さえよろめきながら近づいてくる。
サイモンも走りながら銃を構えて、叫んだ。
「ピップ、行くな、戻れ!」
ピップはその声を聞かないようにして、モルゴンを急上昇させようとした。
それを見たサイモンが銃を発砲した。
弾丸は開いたハッチの間を抜け、ピップに命中するかに思われたが、ラムダがそれを弾いた。
サイモンは信じられない、という目でラムダを見た。
続いてギャランの部下たちも発砲したが、モルゴンはもうすでに何mか上空にあり、その何発かがモルゴンのボディに当たったが、ただの銃ではモルゴンの薄い装甲とはいえ、ろくな傷はつけられない。
最後に、ピップは格納庫の二階部分に立っているミラーと目があったような気がした。
ミラーは銃も構えずに、手すりにつかまって、ピップをじっと睨んでいた。そして何かをつぶやいた。
その口の端に笑みが見えたような気がしたのは、ピップの気のせいだったろうか。

モルゴンは第三格納庫の破損した天井をくぐり抜けて、地上から五十mほどの位置まで上昇した。下からギャランの怒声が聞こえる。
「ピップぅぅぅ! 待ちなさあい! アタシにそのスターズをよこせえええ!」
「じいちゃんのスターズをお前なんかに渡せるか! ばーか!」
ピップはハッチの隙間から顔を出して言い返した。
(ああ、言ってしまった。絶対に戻れない)
ピップは恐怖と高揚が入り混じった、泣きたいような、笑いたいような気持ちになった。下の方でギャランがなにか絶叫する声が聞こえた。
ピップはモルゴンを水平方向へとジェットで加速させた。
だが、空中でのモルゴンのスピードはそこまで速いわけではない。ギャランたちはスターズに乗り込もうとしている。
「やばいな、追いつかれてしまうかもしれない」
「ピップ、手伝いますね」
そういいながら、ラムダは高さ五十mのハッチの外にふわりと出て、宙に浮いた。
「ハッチを閉めてください」
「ま、まさか、ラムダ」
「はい。ぼくがモルゴンを押します」
ラムダはモルゴンを背後からつかむと、鋭く発光した。
モルゴンはラムダに後ろから押され、急加速した。モルゴンに表示されるスピードメーターがぐんぐんと上昇してゆく。
ピップは強い加速度を受けながら、
(もうどうにでもなれ)
とやけくそな気持ちになった。
加速するモルゴンの背部カメラに見えるギャランシティは、みるみる小さくなってゆく。

(あのシティで、三ヶ月暮らした。よくしてくれた人もいた。信頼してくれた人もいた。ああ、家に何もかも置いてきてしまったな。でももう取りに戻ることもできない)

遠くの上空で、小さなライトがいくつも発光している。ギャラン軍のスターズたちだろう。ピップたちを追いかけてきているのだ。
だが、ピップはスターエンジニアだったからわかる。この速さについて来れるスターズは、ギャランシティには存在しない。ギャラン軍の光はどんどん小さくなってゆく。
ピップはあの中にいるであろう、サイモンのことを考えた。
サイモンには目をかけてくれたことへの恩があった。こんな形でなければ、お礼を言って旅立ちたかった。ピップはこれまでの恩を裏切るような形になってしまったことへの罪悪感を感じていた。
同時に、サイモンが自分に向けて発砲したことが、少なからずショックだった。
ラムダが弾かなければ、あの弾は俺に当たっていただろう。
最後のサイモンの声が頭に響く。聞いたこともない声だった。

「ピップ、行くな、戻れ!」

ピップはその残響を払うかのように頭を振った。
(もう戻れない。行くしかないんだ)
そして外にいるラムダに通信機で伝えた。
「ラムダ、南へ。とにかく南へゆこう!」
「承知しました」
モルゴンに乗ったピップとラムダは、乾いた大地の上空を、南に向けて飛び立ってゆく。
こうして二人の旅は始まった。
始まったんだ。

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