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【八人のアダム】 2−23 決着

激しい金属音とともに、ザーズの<モルスラッグ>が地面を転がった。

(ザーズ!)

ワイルドは世界が真っ白になったようなショックを受けて、しばらく動けなかった。しかし、倒れたモルスラッグがよろよろと起きあがろうとしているのを見てワイルドは我に返った。よく見ると、破損したのは脚部だけで、コックピットなど機体の中心部に重大な損傷はないようだった。

(あの小さなスターズはどこだ?)

とワイルドは周囲を見回した。どこかへ飛んでいくのを視界の端で見たような気がしたが、やはりもう近くにはいないようだった。
「ザーズ、生きてるか。状況を」
ワイルドはザーズに通信を送ったが、先ほどの被弾により<クライブン>の通信機能が損壊していることに気がついた。
ワイルドはよろめきながら<クライブン>を降りると、ザーズの<モルスラッグ>のそばまで歩いていき、外から声をかけた。
「おい、ザーズ、生きているか」
「と、父ちゃん、大丈夫、ちょっと目が回っただけだ…」
ザーズがハッチを開けながら声を出した。
そこへブーラのスターズも寄ってきた。
「ザーズ、父ちゃん! くそ、あいつラッ」
「ブーラ、もういい」
「え?」
「もう、いい。俺たちの負けだ」
ワイルドは空にスターズの機影と光を見た。やはり<ティターニア>であった。
その胴体部を、あの小さなスターズが下から支えている。
胴体部を支えられながら、<ティターニア>はゆっくりと垂直に着地した。

「お前らはここにいろ」
ワイルドはザーズとブーラにそういうと歩きだし、<ティターニア>から二十メートルほどの距離で止まった。そして、両手を上げた。
それを見て、ピップは<ティターニア>から降りて外に出た。

「もう戦う気はありませんか、ワイルドさん」
「ああ。<ムーンファルコ>が落とされた今、その小さいスターズにはとても勝てん。着地すらろくにできないような、おまえの操縦するティターニアだけならともかく、な」

(見抜かれていたか)
とピップは冷や汗をかいた。同時に、この結果はモルゴンで戦っていたら違うものになっただろうとも思った。

モルゴンを降りたとき、ピップは何をしたのか。
モルゴンでは戦力にならないと考えたピップは、ティターニアで戦うことを決めた。ラムダと通信を行うための通信機だけを持ち、ティターニアに駆け寄った。
ティアは当然、<ティターニア>にロックをかけていた。
だが、ピップは昨日、ティターニアのメンテナンスをした際に、ティアからロックの解除方法を教わっていた。
ピップはそれを思い出しながら、ドアロックを解除して、ティターニアのコックピットに乗り込んだ。予想通り、ティアはすぐ動けるように起動キーをかけたままにしていた。

昨日メンテナンスをした時に、ピップは<ティターニア>の操作系統がどのようになっているかをざっと確認はしていた。もちろん、自分が操縦することなど想像もしていなかったのだが、ピップ個人の習慣として、スターズの起動システムや操作システムがどのように構成されているのかをついチェックしてしまうのだ。
ピップはその記憶を元に、パチパチとスイッチを切り替えてゆく。ティターニアが起動した。
問題はここからであった。<ティターニア>は完全な空戦用スターズである。当然、ピップは一度も操作したことがないし、経験と直感によって操作をすることになる。
ピップはなんとかスター回路を起動し、ティターニアを浮上させると、軽くジェットを吹かせた。

それは想像以上の加速だった。あっという間にラムダたちの戦う戦場に近づいていったため、ピップはラムダに自分がティターニアに乗って近づいていることを通信した。
そして、慌ててミサイルをセットした。ミサイルのロックオンはほとんどが巨体である<ムーンファルコ>にセットされた。ピップは思い切ってトリガーを引いた。
発射されたのはバレッジミサイル。ほぼ全弾の発射だった。
そしてワイルドの<クライブン>もラムダを狙っているように見えたので、副砲のビームを機体の中心を避けるように放ったのだった。
結果、ラムダに攻撃を集中していた<ムーンファルコ>はミサイルを回避できず、そのほとんどが直撃した。屈強なムーンファルコも深刻なダメージを負い、そこへラムダがトドメを刺した。そしてワイルドのクライブンもビームを被弾して、転倒した。
しかし、ピップはその結果を確認することはできなかった。加速させたは良いものの、ティターニアの止め方がわからず、パニックになっていたのだ。
「ラムダ、助けて!」
ピップはラムダに通信を送り、ティターニアの停止と着陸を手伝ってもらったのだった。

「隠し玉は、おまえの方が上等なものを持っていたようだな」
ワイルドは手を上げながらいった。
「それにしてもそのスターズ、見た目はまるで人間だな。どこで手に入れた?」
「……」
「そりゃ、言いたくないか、じゃあ、どうしてだ」
「?」
「どうしてそいつは、ザーズへの攻撃を外したんだ。ザーズはもうやられちまったと思ったんだが」
「人の乗っているスターズの方に対しては、パイロットを攻撃しないように言いました。直前でしたが、聞いてくれて、よかった」
「なぜそう指示した?」
「人を傷つけてほしくなかった。人を殺すようなことを、してほしくなかったから…」
暗いためよく見えないが、ワイルドはピップがどんな顔をしているのか想像がついた。
「ふん。おまえ、やっぱりただのガキなんだな」
「悪いですか」
「いいや。ガキはガキらしくいた方が健全だ。で、これから俺たちをどうするんだ。そいつに殺しはさせたくないってんなら、自分で撃つのかい?」
「いいえ。このままどこかへ行ってください」
「は?」
「あなたたちは、この巨大な自律式スターズと戦っているうちに逃してしまった、そういうことにします。だから、早くどこかへ消えてください」
「おいおい、マジかよ」
「ただ、一つ条件が。このスターズのことを……誰にも言わないでください」
ワイルドは何かを言いかけて、口をつぐんだ。そしてヒゲをなでてからいった。
「なあ。もしかして、報告にあったおまえの弟ってのはそのスターズか」
「はい。そういうことにしています」
ワイルドは天を仰いだ。
「はは、そうかい。おまえもわけわかんないもの背負ってんだな、ピップ」
ピップは何も言い返せなかった。
ワイルドはため息をつくと言った。

「おい、ピップ。やっぱり俺たちと一緒に来ないか?」

ワイルドの言葉にピップは驚いたようだった。
「そのおチビちゃんはよ、一人で背負いこむには、ちょっと重すぎるんじゃねえか。おそらくアダム博士が作ったものだろう? それでお前はアダム博士を探している、違うか?」
ピップは何も言わずにラムダをみた。ワイルドは続けた。
「もう、誘拐はやめだ。ティア=ハートは解放する。その代わりに、おまえとおチビちゃんを仲間に加えて、別の方法で金を稼ぐ。殺しや誘拐はもうしない。どうだ?」
ピップはしばらく黙り込んだ。そして、ゆっくりと首を横に振った。
「やめときます。ろくでもないことをさせられそうだ」
ワイルドは大声で笑った。
「ちげえねえ。勧誘はあきらめるわ。命が助かっただけでもうけものだわな。じゃあな」
そういうと、ワイルドは背を向けて歩み出した。その背中に、ピップは声をかけた。
「あの」
「あん?」
「モルゴンを壊さないでくれてありがとう。大切な相棒だったから」
ワイルドは手を振った。
「言ったろ、あとで使えるかもと思っただけで、なんとなくだよ。ま、おかげでこっちは命拾いしたのかもな。長年生きてると、勘ってのもバカにならねえとわかってくんのさ」
ワイルドは一歩進むと、首だけ振り向いていった。
「せっかくだ。そのおチビちゃんの名前を教えてくれや」
「ラムダです」
「ラムダ、ね」
ワイルドは何かを地面に投げ捨てながらいった。
「これは俺の勘だが、お前さんはそいつを早めに手放した方がいいと思うぜ」
「……」
ピップは無言で返した。
「ふん、余計なお世話だったな。じゃあな」

それきりワイルドは振り返らず、ブーラとザーズのいる場所へと歩いていった。
<クライブン>と<モルスラッグ>は、ブーラが応急処置をして、飛べるぐらいには動けるようになったようだった。
そして、ワイルドたち三人はそれぞれの機体に乗ると、どこかへと飛び立っていった。

(きっと、別の拠点があるんだろうな。抜け目ないおっさんだから)

ピップはワイルドが投げたものを拾った。
それは鍵の束だった。おそらく、廃墟の鍵なのだろう。
「ピップ、捕まえなくて良いのですか?」ラムダがピップにたずねた。
「いや、いい」
ピップはワイルドたちが去った方角を見つめた。スターズの光が、夜の砂漠と瞬く星々の中に溶けてゆく。
「いいんだ。これで」

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