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【八人のアダム】 2-20 ムーンファルコ

自律式スターズ同士の戦いというのは、どんなに激しい戦闘の場合でも、不思議と静かな印象を与えるものだと言われている。
そこには人間のような肉体がなく、神経がなく、感情がないためだろう。

自律式スターズは部品を欠損した痛みで声を上げることもないし、迫り来る死に恐怖の叫びを上げることもない。

「だが、それは本当だろうか?」
そう呟いたのは、かのアダム博士だったという。

人間は、五感で得た情報を神経を通じて信号として脳に送り、情報処理をしている。
高度な機能を持つ自律式スターズも、似たような情報処理をしている。
各部に取り付けられた数多のセンサやカメラにより情報を取得し、それを数多のCPUにて解析して整理し、各パーツに最善と思われる命令を返し、アウトプットする。

そういう点では、人間と自律式スターズは似ているとも言える。

アダム博士はこう言ったともいう。
「自律式スターズは、今のところ、どこか生物に似た進化、発展を遂げている。私には、彼らは徐々に人間に近づいていっているように見える。やがて、彼らは心に近い機能を獲得すると思う。そして、いつの日か、人間を超えた、人間とは違う何かになるのかもしれない」

今、この地には、高度なAIを搭載した二機の自律式スターズ、ラムダと<ムーンファルコ>がいる。
果たして彼らはどのような段階にいるのだろうか。

舞台は戦場に戻る。

ラムダはピップと別れたあと、ピップから受けた命令の通り、まずは戦闘の場を廃墟から遠ざけることを優先した。

ラムダはムーンファルコの前方を横切るように飛んだ。そして、ピップとワイルドがいる場所とは廃墟を挟んで反対方向へと向かった。
ムーンファルコは自分の前を通り抜けようとするラムダに向かって、四つの球形の砲台から次々とビームを放った。
おそらく、まともに被弾すればラムダといえど致命傷は免れないだろう。
だが、ラムダは標的として非常に小さい上に、空中で自由自在に飛び回る。網の隙間をくぐるように、ラムダは砲撃をことごとくかわして彼方へと飛び去ることに成功した。

ムーンファルコもラムダを追いかけて、飛翔する。スターエネルギーの作用により自分の重量を軽くした上で、背中にある巨大なジェットを吹かせた。
この巨体でありながら、速い。
二機の速度は互角であった。一定の距離を保ったまま、どんどんと廃墟から離れてゆく。
その速度はピップやワイルドたちのスターズよりも遥かに速く、唯一対抗できるのはティアの<ティアターニア>だけだろう。

ラムダは廃墟へ流れ弾が飛ばないで位置までくると、ムーンファルコの方へと振り返った。

開けた夜の砂漠の空に、二機の自律式スターズが向き合い、一瞬の静寂が訪れた。

直後、ラムダは足底部からスターエネルギーを噴射し、空中をジグザグに移動しながら、ムーンファルコへと向かった。

ムーンファルコは腹部の両脇にある巨大な機装を展開した。
この機装は「レーザーナイフ」と呼ばれている。
高出力のレーザーを連続的に放射し続け、まるで巨大な刃のように敵機を焼き切る恐るべき兵器である。長さは調節可能であり、最長三十メートルほどにもなる。

その巨大なレーザーの刃が、空を切り裂かんばかりに高速で舞う。
同時に、球型の四つの砲台からもレーザーが発射された。
シミュレーションにおいてはドルグ帝国の精鋭すら殲滅した恐るべき集中攻撃である。
しかし、ラムダはそれらの攻撃を全てかわしながらムーンファルコに接近してゆく。

ムーンファルコに触れるほど接近した瞬間、ラムダの手が、スターエネルギーで輝き、ムーンファルコを殴打した。

鈍く、激しい衝突音が砂漠の夜に響き、ムーンファルコの巨大が空中に浮かんだまま傾く。装甲の破片が周囲に飛び散った。

ムーンファルコは傾きながらも、胸部に隠されたショットガンを発射する。
しかし、ラムダはいち早くショットガンの射程範囲から離脱した。標的を捉えられなかった弾丸たちはバスバスと音を立てて、地面に突き刺さった。

ラムダはムーンファルコの背部へと回り込む。
ムーンファルコは回転しながら、ラムダを迎え撃つ。
レーザーがきらめき空を埋め尽くすが、またしてもラムダはそれらをかわしてムーンファルコに接近していった。

ラムダは戦闘中、一箇所に静止することはほとんどなく、絶えず空間を縦横無尽に移動し続けている。ムーンファルコは狙いを定められない。
そして、わずかな隙を見つけては接近し、打撃を加え、少しずつムーンファルコの外甲を剥がしてゆく。
もしこの戦いの様子を遠くから観察するものがいれば、巨大な機械の周囲を光る蜂のようなものがまとわりついているようにも見えただろう。

ドーン、ドドン、ガンッ。
ドーン、ドドド、ガツンッ。

ムーンファルコの射撃の凄まじい音の合間に、ラムダがムーンファルコに打撃を加える音が砂漠に響き続けた。

詰将棋のように、ムーンファルコは徐々に追い詰められていった。
ダメージは蓄積し、強固であった外甲も剥がれ、ところどころ内部が露出し始めている。四つあった球型の砲台も二基は破壊され、両脇のレーザーナイフも一基は捻じ曲がり、使い物にならない。明らかに機動力も低下している。
それに対して、ラムダはほぼ無傷である。それどころか、ムーンファルコの反応が鈍くなるにつれ、ラムダは攻撃の強度を上げていっているようだった。

<ムーンファルコ>が落とされるのは、もはや時間の問題に見えた。
ラムダの強力な一撃がムーンファルコをこれまでで最も大きく傾かせ、ラムダはとどめを刺すためのエネルギーを貯めようとした。

そのときである。

突如、鋭いビームが夜を切り裂き、ラムダを背後から襲った。
ラムダは空中で旋回し、間一髪でそれをかわした。

ラムダはビームの放出先を見た。
ビームが発射された方角に、人間が操縦する三機のスターズがいる。
ワイルドの<クライブン>、ブーラの<ボリーノ>、ザーズの<モルスラッグ>である。

その間に、ムーンファルコは体勢を立て直し、残された二基の球形砲台からレーザーを発射してきた。
ラムダはそれをかわす。
だが、かわした先には新たに現れた三機の追撃が飛んでくる。
ラムダはその全ては避けきれず、あわや被弾しそうになるが、バリアで防いだ。
バリアはエネルギー消費が激しいため、緊急時以外は使用しない。また、すべてのエネルギーをそらすこともできないため、多少のダメージを負うこともある。

事実、ラムダの服の一部が焼け焦げた。
この戦闘において、ラムダが初めて負ったダメージである。

それを見たワイルドたちは、畳み掛けるように集中攻撃を続けた。
おもな攻撃はムーンファルコが行い、ワイルドらが操縦する三機のスターズは絶妙にタイミングをずらした射撃を続ける。
ムーンファルコの機械的な攻撃と、ワイルドたち人間の攻撃が組み合わさることで、ラムダは回避のリズムがうまく取れないようだった。
さすがのラムダも攻撃に転ずることができない。

戦況は一変した。
ラムダは徐々に劣勢になっていった。

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