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【八人のアダム】2-15 人質

いつの間にかピップは自宅のベッドの中にいた。
うららかな日差しが窓から部屋の中に差し込んでいる。
久しぶりの自宅の部屋は何も変わっていない。
壁に貼られた大好きなミュージシャンのポスター。
じいちゃんが買ってくれた机、愛用のパソコン。スターズの模型…。
そういえば今日は、じいちゃんとどこかに行く約束をしていた気がする。
でもまだ眠っていたい。この穏やかなまどろみから覚めたくない。

どこからか、女の人の声が聞こえる。ピップに近づいてくる。
母さんが起こしに来たのかな?
あれ、でも母さんは事故で……。

近づいてきた女性はティアだった。
ピップは気がつきながらも寝たふりをしている。
「ピップくん」
ティアはゆっくりと顔を近づけてくる。

(ティアさん、ここ、家ですよ、まいったな)

そう思いながらも顔をほころばせ薄目で見ると、なんと部屋の天井にラムダが張り付いて、ピップの様子をじっと見ているのだった。

(ティ、ティアさん、今はだめです、ラムダが、弟が見ているんです)

「ピップくん……」
ティアの顔がすぐ近くにある。もう唇が触れてしまいそうな距離だ。

(…ああ…そんなこと……)

………。

「ピップくんッ!!!」
「うわあッッ!!」

ピップは叫んだ。
目が覚めると、本当にティアの顔が目の前にあったためだ。
そして、体がほとんど動かせないことに気がついた。太いパイプにピップの胴体は縄でくくりつけられており、手も後ろ手に縛られている。足首もガッチリと縛られており、立つことができない。そこは見たこともない冷たいコンクリートに囲まれた部屋の中で、すぐ横にはティアも同じ状態で柱にくくりつけられていた。

「やっと起きた。まったく、なんてだらしない顔をしながら寝てるの」
「いや、えーと、その……あれ、ここは?」
「おそらく、あの廃墟の中の一室だね」
「廃墟……あっ!」
夢の余韻から覚め、ピップは気を失う前の出来事を思い出した。
ザーズとブーラ、そして、ワイルド隊長の裏切りにあったことを。

すると、部屋の外からカツカツと歩く音が聞こえ、勢いよくドアが開き、三人の人物が部屋に入ってきた。
一人が椅子に座り、その両脇に二人が立つ。

「やあ、お二人さん、お目覚めかな。よく眠れたか?」
座った人物、ワイルドがニヤリと笑いながらいった。
「最悪の目覚めだよ、ワイルド隊長。せめて、この体を縛っているものをとってくれたら楽になるんだけど」
ティアが返した。
「それはできないね、ティア殿。あんたを自由にしたら、またこいつらがのされちまう」
そう言いながらワイルドは両わきの二人を示した。
「まだ、玉がいたイ…」
と太った方、ブーラが股間をさする。
「幽体離脱したみたいだった。スーッて意識が抜けて。あんなの初めてだったぜ、ねえちゃん」
と痩せた方、ザーズがあごをさわりながらにやりと笑った。

ワイルドは胸ポケットからたばこを取り出し、火をつけた。
「まったく、あんたがあんなにつええとはな。計画がくるっちまったよ。こいつら二人だけであんたを捕らえて、俺はその坊やの代わりにそこにいる予定だったんだがなあ」
ティアは周囲を見回していった。
「外に待機していた残り二人はどうした? 彼らもあなたの一味か?」
「いや、あの二人は何も知らない。あんたらを眠らせたあと、ちょっと中におびき寄せて、今は別室で大人しくしてもらっているよ」
「つまり、君たち三人だけか。裏切り者は」
「ああ、そう思ってもらって構わんよ。ウィークシティの救援は期待しないことだ。さっき報告したばかりだからな。調査は順調、危険もなし。翌朝にまた進捗を共有するって、な。間抜けなうちの市長じゃ、異変に気がつくこともないだろう」
「ここは、あなたたちのアジトというわけか」
「そうだ。お茶でもお出しできればいいのだが、なにぶん、無骨な男どもしかいなくてね」
「……マザースターがあるという情報も君たちが流したガセか?」
「察しがいいな、ティア殿。その通りだ。ここにマザースターはない」

ワイルドは余裕たっぷりに、煙を吐きながらいった。部屋にたばこの煙が充満する。
(こんな換気の悪いところでたばこを吸いやがって)
とピップは顔をしかめた。
ティアは首を振った。
「やれやれ、我ながら考えが甘かったな。マザースターがそうかんたんに見つかるわけがないのに」
「でもねえ、ティア殿。あながち、これが全部ガセというわけでもないんだ」
「どういうことだ?」
ワイルドはタバコを落として、踏み潰した。そして体を前に乗り出しながら、ゆっくりといった。

「俺たちは、これからマザースターを手に入れるのさ。あんたを使ってね」

ティアの顔色が変わる。
「何か察したようだね。そう、俺たちの目的はあんたさ、ティア殿。いいや、ホープシティの市長、ティア=ハートさん」

部屋に沈黙が訪れた。
ティアは無言だった。
だが、否定しないところを見ると、ワイルドの言葉は本当のことのようだった。

(ホープシティ……ティアさんはそこの市長)

驚きつつも、思い当たる節はある、とピップは思った。
ウィークシティの市長ロバート氏は、かなり年下であろうティアに対して、自分と対等以上といってよい態度で接していた。
つまり、ティアとロバート市長の関係は、シティの市長同士。
そして、ウィークシティとホープシティは、同盟関係、もしくは取引相手なのだろう。
前日夜の、宿屋でのティアの言葉、(私と市長の関係はこの作戦が無事に終わったら教えてあげる)の答えもこれで判明した。

「ホープシティの市長さんともあろうお方が、単独行動をするもんじゃないなあ、ティア殿」
「……」
ティアは沈黙を続けた。
「お隣のスターエンジニアの坊やは何も知らなかったって顔をしているな? その様子じゃあ、ホープシティのことも知らそうだな」
ピップは小さくうなずいた。
「ホープシティってのは、ウィークシティからずっと西に行くとあるシティだ。かなり栄えているシティだぜ。人口も、ウィークシティよりずっと多い。坊やもどうせ行くなら、ウィークシティなんてへんぴなシティはやめときゃよかったのになあ」
(ほかのシティがわからなかったんだよ)とピップが心の中でつぶやく向かいで、ザーズとブーラはゲラゲラと笑った。
「父ちゃん、ひでえなあ。自分の暮らしているシティだってのに」
「でも、ホントだもんねエ」
ピップとティアは思わず顔を見合わせた。

(父、ちゃん?)

「ああ、そう。こいつらはな、俺の実のガキだ。家族だとバレていないほうが何かと動きやすいんで、シティには秘密にしていたがな」
「だーれも気がつかねえの、一年も!」とザーズ。
「ザーズはガリガリだからネ」とブーラ。
「おめえが太りすぎなんだよ、豚!」
「なんだト〜? お前、アニキに向かっテ〜」
「おう、あとにしろや、バカ息子ども。さーて、話を続けようか」
ワイルドはそういいながら指を立てた。
「じゃあ、坊や、ここでクイズだ。ホープシティがなぜそんなにも栄えているのか、わかるか?」
ピップはすこし考えるフリをした。

(ここまでの話を考えると、あれしかないよな)

「<マザースター>があるから、じゃないか」
「正解!」
ワイルドは拍手をした。
「そう、ホープシティはいまじゃあ超貴重な、<マザースター>を所持しているシティだ。だから栄えている。ティア殿も人が悪いよな。昼にあんな話をしていて、マザースターを持っているのは自分のシティなんだから」
ワイルドが手を叩いた。
「じゃあ、次の問題だ。俺たち三人は、その超貴重な<マザースター>がぜひほしいと思った。さて、どうやって手に入れる?」
ピップは顔色を変えて、口をつぐんだ。
「察したようだな。ものわかりのいい坊やだ。そう、ティア=ハートは人質だ。俺たちが<マザースター>を手に入れるためのな」
そのやりとりを聞いていたティアは鼻で笑った。
「人質とは、私もずいぶんと買いかぶられたもんだ。それが成立するのは、私に<マザースター>と同じだけの価値があればの話だろう。ホープシティには私の替わりなどいくらでもいるよ。でも、<マザースター>の替えは決してきかない。残念だが、交渉にならんよ」
「それを決めるのはアンタじゃない。ホープシティのみなさんが決めることだよ、ティア殿」
ワイルドは下品な顔で笑い、ティアは顔をしかめた。
「マザースターを手に入れてどうするんだ? 君たちには手に余るものだろう」
「おいおい、マザースターはいまや世界でもっとも貴重なものなんだぜ。使い道はいくらでもある。どんな大金を積んでも欲しいっていうシティもいくらでもあるさ」
「さっさと売っちまおうぜ、父ちゃん。俺、マザースターなんて持っていたくねえよ」とザーズ。
どうやら、作戦開始前の会話にあったマザースターが怖いのというのは本当らしい。
「そしたら南へいっテー、豪邸建てテー、一生遊んで暮らせるネ。母ちゃんも帰ってきてくれるかなア」とブーラ。
「南かあ、いいなあ。父ちゃん、噂のワイハハシティってのに行ってみようぜ」
「おう、いいな。値段をふっかけて、ギャランシティにでも売りつけるか。ガハハハ」
ワイルドが笑うと、ザーズが何かを思いついたように手を挙げた。
「いいこと思いついた。そしたら、このガキもギャランシティに売っちまおうぜ。お前さ、ギャランシティから脱走してきたんだろ?」
ザーズはピップの顔を指した。
ピップの顔色は蒼白になった。
もしギャランシティに戻されたら、ピップはギャラン=ドゥにどんな目に遭わされるかわかったものではない。
「へえ。その顔をみると、本当に脱走してしてきたのか。よく、あのギャラン=ドゥに喧嘩を売ったもんだ。意外と根性があるんだなあ、ぼうや。……ピップだったな」
ワイルドはそう言いながら、おもむろに立ち上がった。そして、銃を手にとり、その銃口をピップに向けた。
「ちょっと惜しい気もするが、ティア=ハート以外はいらないんだよ」
ピップはワイルドの顔を見て、寒気を感じた。
口元はニヤつきながらも、その目は、笑っていない。
「やめろ、彼は関係ない! 他に捕まっている二人もだ。用があるのは私だけだろう。三人を解放しろ!」

止めに入ったティアを見て、ワイルドはニヤリと笑った。
「なあ、アンタらどういう関係だ? まさか本当に恋人なのか?」
「違う。だいたい、彼と初めて会ったのは一昨日だ」
「男と女が関係を持つのなんて、一晩あれば十分だぜ」
「ワイルド、くだらんやりとりはしたくない。彼は幼い弟がいるただの少年だぞ。そんな彼を殺すのか? 彼の幼い子供を天涯孤独にさせるのか?」
「ふーむ」
ワイルドは銃をくるりと回転させて弄んだ。
「じゃあ、こうしようか。この坊やを含む三人を誰も殺されたくなければ、マザースターを渡すようホープシティに連絡をすると約束しろ。でなければ、三人は殺す。そして、最初に殺すのは、この坊やだ」
そういってワイルドは銃口を再びピップに向けた。
「人質は三人もいるんだ。先に一人ぐらい減っても、こっちとしては問題ないんだぜ」
ティアはワイルドを強くにらみつけた。
「おー、怖い。うちのかあちゃんみてえだ。美人が台無しだぜ、ティア殿。さあ、どうする?」

しばらく沈黙が続いたのち、ティアは口を開いた。
「……すこし時間をくれ。一度頭を整理したい」
ティアの言葉を聞いて、ワイルドは銃をしまった。
「オーケー。十五分やろう。ブーラ、お前は二人を見張ってろ」
「えー、ずるいよう、ザーズに変わってェ」
「うるせえ、十五分くらい我慢しやがれ!」
「女に興奮して変なことするんじゃねえぞ、アニキ」
そういうとワイルドとザーズは部屋を出ていった。
部屋には、ふて腐れるブーラと、縄に縛られたティアとピップが残された。

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