見出し画像

【八人のアダム】 2-21 決断

「何をやってんだる俺はッ!」

ピップはモルゴンを空中で加速させながら、ワイルドの思惑に気が付かなかった自分を呪った。
目指すのはラムダがムーンファルコと戦闘を行っている地点だが、ラムダとはまだ通信可能な距離にないため、その正確な位置は不明である。そのため、まずは廃墟付近まで戻ろうとしていた。

ワイルドと戦闘を行っていた際、ピップは逃げることにあまりにも必死だった。
ワイルドは元軍人だったということもあり、ピップよりも腕が立つことは明白だった。傷ついたモルゴンでは、ピップに到底勝ち目はない。
そこでピップが取った手は、「ラムダはムーンファルコに勝つ」と信じて、自身はラムダが戻るまで、ワイルドを引きつけておくことであった。

その選択自体は間違っていなかったとピップは考えているし、おそらくそれは正しい。
もし、ピップがラムダとともにムーンファルコと対峙することを選んでいたとしたら、ピップのモルゴンの機動力では、ムーンファルコの火力を前に一分とたたずに撃墜されていただろう。そして、そんなピップを庇いながら戦うことでラムダはその性能を大きく制限され、二人は共倒れとなっていたはずである。

だが、ワイルドから逃げ続けることはピップにとって決死の難題であった。ワイルドのスターズを操作する技術は高く、射撃は正確であり、ビームがモルゴンのボディをかすめるようなことは何度もあった。
もし、ワイルドのスターズが<クライブン>ではなく、もうすこし高性能な機体であれば、モルゴンはやはり落とされていたはずである。

つまり、ピップは命からがらで逃げ延びていたのだった。
ワイルド側からはピップはうまく回避しているようにも見えていたが、ピップ側には余裕などひとかけらもなかった。
そのため、ピップはワイルドが自ら距離をとってどこかへと消えたとき、自分への攻撃がやんだことに安心してしまい、ワイルドが離れた理由を考える余裕がなかったのだ。

(ワイルドはどこへ行った? きっと近くにいる。油断するな、神経を研ぎ澄ませろ)

ピップは岩陰に隠れながらしばらく身構えていた。そして、ワイルドの目的に気がついたのは、ワイルドが離脱してから数分が経過した頃である。

(ワイルドは戻ってこない! あいつの狙いは、ラムダだ。おそらくラムダの性能を通信か何かで知って、ムーンファルコの加勢に向かったんだ。あいつらはラムダを集中攻撃するつもりだ!)

ピップは慌ててモルゴンを急上昇させると、ジェットを全開に噴かせて加速した。

ピップはラムダに頼り切っていた自分を恥じた。
ラムダがずば抜けて高い戦闘能力を持つことは間違いないし、ピップが予想したように、事実一対一の戦闘において、ラムダは<ムーンファルコ>を圧倒している。

だが、ギャランシティでの<オルガレイズ>との戦いのときと異なる点もいくつかある。
<オルガレイズ>はあの巨体でありながら、決して広くはない格納庫の内部で戦闘をしていた。おそらく、本来の性能は発揮できてはいなかっただろう。それに対して、今回の戦いは屋外であり<ムーンファルコ>の動きは制限されない。
さらに、<ムーンファルコ>は採掘されたばかりの<オルガレイズ>と違い、事前に整備をされている。損傷もなく、スターエネルギーも充填された万全な状態だろう。
それを考慮すれば、いかにラムダといえど、あの重厚なムーンファルコをすぐに倒してのけることは難しいのだ。もしそこにワイルドたちも加勢すれば、ラムダといえど戦況は不利になってしまうだろう。

ピップは廃墟のあたりまで戻ってくると、高く上昇し、四方を確認した。

すると、遠く西の方向に、戦闘の光、レーザーの閃光を見た。
光の数と量から、予想通り、ワイルドたちもそこに集結しているとピップは直感した。しかし、戦闘が継続しているということは、ラムダはまだ撃墜されていないということでもあった。

(急がなきゃ。ラムダがやられてしまう)

だが、彼らの戦いに参加したとして、果たして自分は役に立つことができるのだろうか、とピップは考えてしまう。
今のモルゴンの状態と自分の力量を考えると、ピップの戦力はこの顔ぶれの中では最低だろう。
モルゴンが現在使える機装は頭頂部の主砲だけだが、このようにひらけた地形では、連射もできないモルゴンの主砲は当たりづらい。それに、もしラムダがモルゴンをかばいながら戦うようなことになれば、ピップの参戦はラムダの足手まといでしかない。

ピップは自分を助けに来てくれたラムダを思った。
ラムダはとてつもなく高性能な自律式スターズである。
だが、先ほど廃墟の屋上から落下したピップを受け止めてくれた時、ピップを持ち上げたその体はとても小さかった。まるで、本物の人間の子どものように。
あの小さなラムダが、今、四機のスターズの集中攻撃を受けている。

(いちかばちか、突撃するか?)

このままラムダがやられてしまえば、ピップが助かる可能性もないのだ。ならば、身をていしてでも、ラムダの力になった方が良いかもしれない。
しかし、もしその結果ピップが死んだとき、ラムダがどうなるのかは、ピップには想像がつかない。
はぐれスターズのように、目的なく戦い続ける破壊者、殺戮者となってしまう可能性もありえない話ではない。

(それだけはダメだ)
とピップは首を振った。ほかの方法を探さなければ。
ふと、ピップは空から廃墟を見た。その入り口付近に、ティターニアは止まっている。遠目で見た限りではあるが、動かせないような工作などをされた形跡はなさそうだった。

「そうだ!」と頭をよぎったのは、ティアの存在である。
ティアの操る<ティターニア>は、ここに来た当初、自律式スターズ<シルガラ>二機をあっという間に破壊した。その戦闘力も機動力も、ワイルドらのどのスターズよりも上だろう。
今から急いでティアを助け出し、あの<ティターニア>で戦闘に参加してもらえば。
だが、ピップはそこまでにかかる時間を想像し、思わず「それじゃ間に合わない」と口に出した。ティアが<ティターニア>に乗るまでには、早くて五分、手間取れば十分はかかってしまうだろう。

こんなことを考えている間にも時間が経過してゆく。ピップは顎に手を当てて、無意識に唇を噛んだ。集中して考えるときのピップの癖である。

(どうする、どうする。やはり、ティアさんを助けるしか…)

その時、ピップの脳裏にある考えが浮かんだ。

(無謀ッ……いや、でも、今はこれしかない!)

何かを決意したピップは、<モルゴン>を地面に着地させると転がるように飛び降り、<ティターニア>に向かって全力で走り出した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?