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【八人のアダム】 2-12 マザースター

翌日、早朝。
ピップにとっては思わぬ出来事が起きた。
それは各隊員、顔合わせの時であった。

ウィークシティからは隊長のワイルドを含めて五人の隊員が作戦に参加するとして、ワイルドからティアとピップに紹介があったのだが、そのうち二人は見覚えのある顔だった。
「あっ!?」
と先に声をあげたのは、痩せ型の男であった。
「うわ、昨日のつれないおねえちゃんじゃん、見ろよブーラ」
ブーラ、と呼ばれた太った男は、荷物を詰みながらティアとピップを見た。
「ふワ〜、本当だネ、ザーズ。こりゃびっくりだヨ」

ピップは唖然とした。
その二人は、昨日の昼に噴水広場でティアをナンパしていた二人組だったからだ。
「なんだ、ザーズ、ブーラ。お前らティアさんの知り合いか?」
様子がおかしいのを見て、ワイルド隊長が声をかけた。
「い、いやあ、なんていうか、昨日ちょっと道でね。へへへへ」
ザーズと呼ばれた痩せ型の男は頭をかきながら、愛想笑いをした。
「なんだあ? まあいい、ティアさん、紹介しておきます。私の部下で、痩せている方がザーズ、太っている方がブーラです」
「ぼくは太ってないヨ、体が大きいだけデスから!」
とブーラが抗議した。
「よろしく、ティアです」
ティアは昨日のことなどなにもなかったかのように、穏やかな笑顔を浮かべて、二人と握手をした。
(大人の対応だ)とピップは思った。
「へへへ、なんだかご縁があるみたいで、うれしいなあ。さて、で、まさか昨日の少年が、ね」
ザーズはピップを見ながらヘラヘラと笑った。ピップは顔をしかめつつ、挨拶をした。
「ピップです、よろしくお願いします」
「エセ彼氏くんはまさかのスパイ疑惑か。また会えてうれしいぜ」
ザーズはピップの手を握ると、ブンブンと縦に振った。
「ザーズ、ブーラ、ティアさんはハンターでもあるが、市長の大事なお知り合いでもある。くれぐれも無礼は慎むように」
「へい、隊長」
「了解ですゥ」
ピップは昨日、ティアが「クセのある連中が多い」といっていた意味を理解した。ティアは作戦参加隊員のリストなどを見ており、この二人の参加を知っていたのかもしれない。
(まあ、いい。今日一日の辛抱だ。まさかあの二人も、任務中にティアさんに余計なことはするまい)
ピップは自分の仕事に集中しようと決めた。

こうして、目標の廃墟制圧にあたるべく、合計七機のスターズ編隊がウィークシティを出発した。時刻はまだ六時前である。
部隊編成は、ウィークシティのスターズが五機、それにティアのティターニア、そしてピップのモルゴンという構成である。
ウィークシティの市長ロバート氏は本作戦の司令官という立場であるが、現地には行かずに、ウィークシティに司令本部を設置し、シティから大まかな指示を出す。
現地での対応と判断は、ワイルドを隊長とする部隊に委ねられた。

目標地点までは約四百kmほどの距離があり、スターズによる通常通信では電波を届かせることは不可能である。
そのため、ウィークシティと目標地点までの間には、移動式の電波塔スターズ<モバディオ>が数機設置されることになった。
モバディオは電波通信の中継塔の役割を果たす無人スターズである。
塔の高さは最長五十メートルに達し、これを適当な中継地点に数箇所設置していくことにより、実行部隊とウィークシティの司令部の間で、通信が可能になる。
モバディオの設置及び、テスト通信にあたってはピップも協力をした。
それをみていたティアから「君はなんでもできるなあ」と感心され、ピップは照れるのだった。

部隊は<モバディオ>を設置しながら移動を続けた。そして、正午近くには、予定通りに目標地点の近くに到着した。
「昼食をとりながらミーティングをしよう」
というワイルド隊長の呼びかけにより、一同は携帯食を手に、適当な岩場の影に集まった。
「作戦目的をあらためて確認する。この先にあるのは、ドルグ帝国の軍事施設だったと見られる廃墟だ。事前の偵察情報では、ここには数機の自律式スターズがいるのみで、人の存在は確認されていない。我々は、まずこの自律式スターズについて破壊、もしくは無力化をする。その後、この廃墟の調査を行う。万が一、廃墟内に人間がいたとしても攻撃はするな。まず俺に報告をしろ。どこに所属している人間かわからんからな」
ワイルドが隊員たちに説明をすると、ザーズが手を上げた。
「あのー、ワイルド隊長。質問をよろしいでしょうか」
「なんだ、ザーズ」
「この廃墟には何があるんですか? 俺たち、目標が何か聞いていなくて」
「ああ、もう言ってもいいだろう。ここには、<マザースター>の存在する可能性がある」

(<マザースター>!?)

ピップは驚いた。
一行もざわついた。ザーズが不安気にワイルドにたずねた。
「あのー、隊長。マザースターって、スターエネルギーを作り出すために絶対に必要なもんですよね。でも、<別れの日>のときに消えてなくなったんじゃなかったでしたっけ?」
「たしかにマザースターはそのほとんど消滅したらしいが、すべてではないようだ。それだけに、今は非常に貴重な存在となった。もし我々がマザースターを手に入れることができれば、ウィークシティには巨大な利益がもたらされるだろう。我々への報酬もかなり大きくなる」
パイロットたちから「おおーッ」と歓声が上がった。ティアは無言のままワイルドの話を聞いている。その落ち着いた表情から、おそらくティアは事前に知っていたのだろう、とピップは推測した。
ワイルドは話を続けた。
「マザースターがある限り、シティは半永久的にエネルギーが確保できるわけだからな。スターバッテリーを採掘する必要はなくなるし、ほかのシティにもスターエネルギーを売ることができるようになるだろう。ウィークシティは大きくなるぞ」
しかし、ザーズは浮かない顔で質問をした。
「で、でも、マザースターって<白い穴>の原因になったって噂ですよね? もしここにマザースターがあったとして、俺たち、そんなものを運んで大丈夫なんでしょうか? もし、また<白い穴>が発生したら、俺たちみんな死んじまいますぜ」
「ザーズは心配性だナ」
小太りのパイロット、ブーラがのんきな口調でザーズにいった。
「お前みてえなブタにはわかんねえんだよ、ブーラ!」
「なんだとゥ、ガリガリ」
「おいおい、喧嘩をするな」
隊長がザーズとブーラをいさめる。

黙って話を聞いていたティアがピップの方に振り向いた。
「ピップくん、せっかくだから、スターエンジニアとしての君の意見を聞かせてくれないか。<マザースター>は、果たして今も危険なのかどうか?」
「そうですね…」
そのことについては、ピップもこの二年余り、折に触れて考えたことがある。
ピップはゆっくりと話し始めた。

「まず、<マザースター>と呼ばれる鉱石が、ある特殊な条件下において、スターエネルギーを生み出すことがアダム博士とログディス博士によって発見されたのが、約五十年前のことです。マザースターとスターエネルギーの研究はこの二人の天才科学者によって急速に進み、実用化がされました。そして、その十数年後には、スターエネルギーは世界各国のエネルギーインフラの中心にまでなりました。つまり、マザースターは世界各地で四十年近くにわたってスターエネルギーを生み出すために稼働していたことになります。しかし、<白い穴>が発生したのは、あらゆる記録を見ても、二年前の<別れの日>だけなのです」
ピップは一行の顔を見た。皆が真剣な表情でピップの話を聞いている。
ピップは続けた。
「<別れの日>に<白い穴>は世界中で連鎖的に発生したと言われています。<白い穴>の発生源をマザースターと仮定するなら、あの日、マザースターに関して、これまでまったく観測も予測もされていなかった条件が満たされ、それが世界中のマザースターに伝播した可能性があると考えています」
「ほらみろ、やっぱりマザースターは危ないんだよ!」
痩せたパイロット、ザーズはヒステリックに言った。
「な、なんだか怖くなってきたヨウ」
太ったパイロット、ブーラも不安そうな顔になった。
「ただ、ここで注目したいのは、別れの日以降も、<白い穴>の発生報告をまったく聞かないことです」
とピップは補足した。
ティアが無言でうなずいた。ピップは話を続ける。
「現在、世界中にどれだけのシティが残っているのか、そしてその中にマザースターを所持しているシティがどれだけあるのかはわかりません。ただ、少数とはいえマザースターを使用しているシティもあるとは聞きます。もし<別れの日>以後も、マザースターを使用したシティで<白い穴>が発生するようなことがあれば、なんらかの情報が流れるはずです。でも、ぼくはこの二年余り、各地を旅していましたが、そのような話を聞きませんでした。皆さんの中に、別れの日以降に、<白い穴>発生の話を聞いた方はいますか?」
ピップの問いかけに、皆が首を振った。
「ありがとうございます。そのことから、やはり別れの日に発生した<白い穴>は、かなり特殊な条件下がゆえに、発生したものと想像されます」
「ふーむ」
とワイルドがあごひげをいじりながらうなった。
ピップは異論がでないことを確認して、話を続けた。
「また、マザースターの性質として、マザースターは<スター回路>にかけられない限り、スターエネルギーを抽出しません。このスター回路は、アダム博士とログディス博士が共同発明したものですが、極めて精緻で複雑な回路です。つまり、マザースターは、ただ持っているだけならば、そのほかの鉱石とほとんど変わらないのです。そのため、もし今回マザースターを発見しても、ただ運搬をするだけなら安全である可能性は非常に高いだろうと、ぼくは考えています」
ここまでピップが考えを述べると、ティアも加わった。
「私もピップくんの見解に同意するよ。私は専門家でもないし<白い穴>の原理のことはまったくわからないが、仕事柄さまざまなシティを行き来するので、今現在もマザースターを所持し、かつ稼働させているシティがいくつかあることは知っている。そして、それらのシティで白い穴が発生したという話はまったく聞かない」
「そ、そうなのか? ねえちゃん。間違いないな?」ザーズが聞いた。
「ああ。もちろん、どのシティもその危険性を認識しているので、住居地区から離れたところなどでマザースターを稼働、管理しているのだけどね」

そこまで聞くと、部隊長ワイルドは拍手をした。
「良い話を聞けた。わたしもロバート市長からティア殿がいったことと同じような説明を受けている。そうでなければマザースターを確保するような作戦に参加できんよ」
ワイルドは視線をピップに向けた。
「スパイ疑惑の少年、あんたの話も納得がいくものだった。<モバディオ>の設置のときの手際といい、今の説明といい、あんたがスターエンジニアというのは本当のことなのだろうな。さて、不安は解消できたかな? 特にザーズ」
「うーん、まあ、みんながそう言うなら信じるっすよ」
「ほーら、おいらがいったとうりだショ、ザーズ?」
「お前は具体的なことはなんもいってねえだろっ! この豚がっ」
「おウ、やるのカ、ガリっ」
ザーズとブーラはまた例のやりとりを始めた。
「おまえらいい加減にしろ。さあ、疑問は解消したな。作戦を開始するぞ」
ワイルドが手を叩くと、各隊員は自分のスターズに乗り込んだ。

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