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【八人のアダム】 1-12 どうしよう!?

ラムダがスターズであると聞き、ピップは驚愕した。
驚愕したが、同時に、
(じいちゃんなら可能かもしれない)
とも思った。

アダム博士の会社、アダムカンパニーは、主に医療用のスターズを製作している世界的な大企業であった。
その商品群の中には、人間や動物に近い動作をするものもあったし、医療メーカーである以上は、人間の構造についても十分すぎるほどの研究がされていただろう。
そのアダムカンパニーの技術を駆使すれば、外見上は限りなく人間に近いスターズの作成も十分可能だろうと思えた。
ただ、それはあくまでも「外見上」のことだけである。
ラムダは外見だけではなく、人間のように笑い、話し、見て、歩く。
ラムダのこの小さなボディに、人間のような機構を充足させ、違和感なく実現させている技術と仕組みは、スターエンジニアであるピップでさえ想像もできないほどに高度なものであった。

(一体どんな技術を使っているんだ? この子は何ができるんだ?)
スターエンジニアとしての好奇心がむくむくと頭をもたげてきたが、ピップは興奮してくる気持ちをなんとか抑えながら、ラムダに聞いた。
「ラムダ、きみがスターズであると聞いて、いくつか合点がいったよ。きみには、俺の部屋くらいのドアならロックを解除する機能があるんだね?」
「はい」
ラムダは屈託のない笑顔で答えたので、ピップは思わず苦笑した。
ギャランシティのセキュリティ機能は、全体的にお世辞にも高度とはいえないものだとピップは知っているからだった。
「ああ、やっぱり。じゃあ、どうやって俺がここに住んでいることを調べたの? 誰かに聞いたのかな?」
「いいえ、ぼくはピップのことを知っている方にはお会いできませんでした。ただ、このシティの住人に関することなら市長さんが詳しいと道行く方にお聞きしました。だから、ぼくは市庁舎の市長さんの部屋を訪ねました」
「えっ」
「ただ、残念ながら市長さんは不在でした。ですが、その際、市長さんのデスクのパソコンが閲覧可能だったため、住民データを調べて、ピップの名前を検索したところ、ピップと同性同名の人がいることを確認し、この部屋の住所もそこで知りまいした」
ラムダはほがらかに、よどみなく答えた。
ピップは先ほどの興奮が一気に引き、体が冷たくなるのを感じた。
つまり、ラムダは、

(1)一部の幹部以外は入れない市庁舎、ギャランタワーの五階に侵入した
(2)ギャランとサイモン以外はまず入ることを許されない市長室に侵入した
(3)重要機密が満載であろうギャランのパソコンから、住民データを盗み見た(というか、おそらくダウンロードした)

ことになる。
この時点で、ギャランシティの法においては重罪確定である。最悪、銃殺すらありうるレベルの犯罪だった。
ピップの部屋に侵入したこととは、わけが違う。ピップは聞かなければよかったと後悔した。
「そ、そうか。でも、ギャランさんが不在でよかった……」
「いいえ、データを確認して戻る途中、市庁舎の五階ロビーでギャラン=ドゥ市長にお会いしました。また、サイモン参謀長もご一緒でした」
「え、嘘」
「はい。お二人にできたのは、ご挨拶だけですが。そのあとすぐ、ぼくは守衛の方に連れて行かれてしまったので」
「よく守衛が解放してくれたね。まさか、暴れたりはしていない、よね?」
「いいえ、ピップの所に行きたいといったら、ぼくを解放してくれました」
そこまで聞くと、ピップは崩れ落ちた。ラムダは変わらず穏やかな笑みをたたえている。
ギャランはともかく、あのサイモンも見ていたのでは、いずれはラムダが市長室に侵入したことと、市長室のデータを盗み見たことも露見するだろう。しかも、ラムダはピップの名前を出している。
(もしかしたら、もうすでにこの部屋に警備が向かっているのかもしれない。どうしよう、どう言い訳をすれば……)
ピップはブツブツと独り言を言いながら、ごまかすための理由を考えた。



だが、そんなピップをよそに、ラムダは窓の方を見ていた。
「ピップ、強いスターエネルギー反応を検知しました。二百度の方角。距離は五千メートルから、七千メートル」
「えっ」
直後、ドオン、と爆発音が聞こえた。そして、シティに警報が鳴り響いた。
「な、なんだ、なんだあ?」
ピップは窓を開けて外を見た。夜のためわかりづらいが、遠くで煙が上がっているようにも見えた。

そのとき、ピップに支給されている携帯電話が鳴った。
発信者を見るとサイモンだったため、ピップは携帯電話を落としそうになった。
(もうだめだ、きっとラムダのことがバレたんだ……)
だが、警報が鳴っているような状況で電話に出ないわけにもいかない。ピップは震える手で通話ボタンを押した。
「はい……ピップです」
「ピップ、緊急事態だ。さっきの爆発音を聞いただろう。大至急、スターズに乗って第三格納庫へ。シティが攻撃を受けている。繰り返すが、大至急だ」
サイモンが普段はしないような早口で一気に話した。そしてピップが何かを言う前に、電話は切られた。

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