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【八人のアダム】 1-13 自律式スターズ

事情は不明だが、上官であるサイモンからの召集がかかった以上、仮にも軍人の立場であるピップはすぐに行かなければならない。
(第三格納庫か)
そう言われてピップの頭を真っ先によぎったのは、先ほどの巨大な自律式スターズだった。
おそらく、あのスターズを巡って何かが起きた可能性が高いだろう。
ピップは片膝をついて、ラムダに目を合わせて言った。
「ラムダ、きみはここにいてくれ。外は危険かもしれないから、なるべく出ちゃいけないよ。でも、もしこの建物が危険だと判断したら、気にせず逃げるんだ。ここまで来れたきみなら、きっとその判断はできるよな。これを持っていて。何かあっても、俺と連絡を取れるように」
ピップは個人的に所持していた簡易通信機をラムダに渡すと、部屋を飛び出した。
(ラムダ自身のことも、ラムダがしでかしたことも気になるが、それは戻って来てから考えよう)
ピップにとって何よりも大切なことは、祖父アダムが生きている可能性が見えたことだった。ラムダは、ピップがこの二年あまりで初めて巡り会えた、アダムにつながる唯一のてがかりだった。
(早く終わらせて帰ろう。ラムダからもっと話を聞くんだ)
ピップは自機モルゴンが格納されている第一格納庫へ向かった。

第一格納庫では、ギャランとサイモンもスターズに乗り込むところだった。シティの兵士たちもバタバタと集まり始めている。
「ピップ、遅いわよ!」
ギャランが吠えた。
「すみません。一体何が」
「あの巨大な自律式スターズだ。突然動き出した、とミラーから連絡が入った。先ほどの爆発音も、あのスターズの攻撃によるものらしい」サイモンが答えた。
「でも、スターバッテリーは入っていないはずなのにどうして……」
「入れたバカがいるのよ。誰だか想像はつくけれど!」
ギャラン=ドゥは愛機、メタルギャランを起動しながら叫んだ。
「まったく、アタシが気分よく体をウォッシュしていたというのに!」
言われてみれば、ギャランの髪はすこし湿っているようだったが、ピップはギャランの入浴シーンを想像したくないので、モルゴンを起動することに集中した。
「準備ができたものは行くわよ! 指揮は現場を見てから出す!」
ギャランはメタルギャランの外部スピーカーで、第一格納庫に響き渡るような大声で指示を出すと、さっそく発進した。
サイモンもギャランを追うように、自分のスターズ<グラディーズ>に乗って発進した。他のパイロットも次々に発進してゆく。ピップもそれに続いた。
夜のギャランシティを、メタルギャランを先頭にスターズたちが飛んでゆく。
シティの住民たちは不安そうにその様子を眺めていた。

ギャランたちが第三格納庫に到着すると、第三格納庫の入り口は吹き飛び、建物の壁も一部が崩壊していた。そのため、外からでも格納庫内の様子が見える状態になっていた。
ギャランはメタルギャランのスコープを最大まで拡大し、中の様子を観察した。

あの蜘蛛のような巨大な自律式スターズは起き上がり、周囲にはそれによって破壊されたであろう警備のスターズが転がっている。
兵士たちが逃げ惑う中、その巨大なスターズになんとか取りつこうと生身で奮闘している男が一人いた。ギャランシティの主任スターエンジニア、ミラーである。ミラーは通信用のヘッドセットをつけている。
ギャランはそれを見て、ミラーに通信を送った。
「ミラー、来たわよ、状況を!」
ギャランは吠えるように言った。この通信回路はサイモンやピップたちにも共有されている。
「ああ、ギャラン様、申し訳ございません! 誠に申し訳ございません!」
「状況を教えなさいッ!!」
「は、はい! 申し…はい!」
ミラーは息を整えると一気に説明した。
「私、この自律式スターズを検査するために、スターバッテリーを装着しました。ただ、電源は入れておりません。しばらくはこのスターズ、完全に沈黙をしておりました。しかし、しばらくすると、突如スターズにアラートのランプが点灯し、このスターズがやおら、立ち上がったのです。まるで何かを検知したかのように……」
「なぜ一人で作業をしたの。私はピップと二人で確認して進めるように言ったはずよ!」
「そ、それは……」
ミラーが言い淀んでいると、サイモンが通信をかぶせた。
「ギャランさん、あとにしましょう。ミラー、こいつは今、何を攻撃対象にしている?」
「スターズです。周囲にある、動くスターズを狙っています。現状では人間は攻撃対象外のようで、私やほかの兵士は狙われておりませんが、しきりに動くため、危険でとりつくことができません」
「スターバッテリーはどれぐらいのものを装着した? あとどれぐらい動くのか知りたい」
「そこまで残量が多いものではありませんが、推定十五分は動けるかと…」
「了解。ギャラン様、どうしますか?」
「こんなデカブツがあと十五分も暴れたら、アタシのシティがめちゃくちゃになっちゃうわね。でもせっかく採掘した化け物を破壊しちゃうのも勿体無い。となると、ピップ!」
「はい!」
「今後も使える状態で、あいつを無効化したい。あれはどうすれば止まる?」
ピップは頭の中で、先ほどのスターズの構造を思い出す。
「大破させずに、また、主要な機関部を壊さずにあのスターズを無効化しようとするなら、腹部に装着されたスターバッテリーを取り外すのが良いと思いますが、その余裕はないと思います。そうであれば、装着部周辺ごと、スターバッテリーを破壊するしかないかと。損傷がひどくなければ、修理は可能かと思います」
「やっぱりそうよね。ピップ、あとで直すの、よろしく頼むわよ」
ギャランは大きく息を吸うと、周辺兵士全てに聞こえるように、外部スピーカーで伝えた。
「作戦目標、巨大スターズの腹部にある、スターバッテリーの破壊、ただし重要機関部への攻撃は避けること。まずはアタシが対象の脚を破壊するわ。ものども、援護しなさあい!」
指令を終えるやいなや、メタルギャランは凄まじいスピードで巨大な自律式スターズに向かった。

巨大スターズに取りつこうとしていたミラーは、メタルギャランが迫ってくるのを見ると、慌ててその場を離れた。
巨大スターズは、メタルギャランの方を向いた。
「ふん、アタシとやるつもり? 上等よ!」
自律式スターズの巨大な砲塔から、スターエネルギーの粒子砲が放たれる。だが、メタルギャランはジグザグに進みながらそれをかわす。粒子砲は格納庫の床や壁を溶かした。
「どんどん無駄なエネルギーを使うがいいわ。ほら、あんたたちボーッとしていないで援護射撃!!」
ギャランにハッパをかけられ、サイモンのグラディーズが巨大スターズの足を狙って射撃を繰り出す。ピップやほかの部下も続けて発射する。
何発かは巨大スターズに被弾したが、見たところほとんどダメージはない。
「ハンッ、装甲も化け物なのね。ますます惚れちゃう!」
巨大スターズは射撃をしてきた方向にエネルギー砲を発射した。逃げ遅れたスターズが、機体の一部をえぐりとられる。幸いパイロットは無事のようだ。
(この距離で、なんて威力だ)
それを見てピップは冷や汗を流した。
ギャランはその隙をついて、巨大スターズに接近し、ビームソードのエネルギー出力を最大まで上げる。
「でも、アタシに逆らう悪い子には、折檻が必要よねえェェ!」
ギャガガガガガ、と凄まじい音が響き、メタルギャランのビームソードが自律式スターズの前側の足をニ本、切り落とした。
装甲のうすい関節部分を的確に狙った、見事な斬撃だった。


(すげえ、あれが、本気のギャランさんの腕前か)
ピップはギャランの操縦テクニックに舌を巻いた。自分にはあんなことはとてもできるとは思えない。
足を失いバランスを崩した巨大スターズが前のめりに倒れた。メタルギャランは素早くその後ろ側に回る。
「これね、スターバッテリー!」
隠れていた腹部のスターバッテリー部分を発見し、メタルギャランがビームソードを構えながら巨大なスターズに突進する。
しかし、それを見ていたピップはハッとする。
「ギャランさん、離れて!」
次の瞬間、自律式スターズは不意に宙に浮かび上がるとコマのように横に急回転した。人間が乗っていない自律式スターズだからこそできる動きである。
「うぐっ!」
メタルギャランは回転する巨大スターズの脚に吹き飛ばされ、格納庫の壁に激突した。
間髪を入れずに、巨大スターズは残された五本足を胴体から切り離した。切り離された足はジェットを噴射してメタルギャランを追いかけると、覆い被さるように組み付き、メタルギャランを動けないよう固定してしまった。
そして巨大スターズはエネルギーを主砲に充填し始めた。動けないメタルギャランをその主砲で仕留めるつもりであることは明らかだった。
「ギャランさん!!」
サイモンが悲痛な叫びを上げ、グラディーズで一直線にメタルギャランをかばいに向かう。
ピップは全速力で巨大スターズの方に向かった。
(ギャランさんとサイモンさんがやられる! こいつは破壊するしかない!!)
ピップに迷いはなかった。
今では、このスターズはアダムの作ったものではないと確信している。
このスターズにはアダムの匂いがしないのだ。祖父のアダムの作るものは、いつもどこかにやさしさを感じさせるものがあった。そう、あのラムダのように。

(ラムダが家で待っている。こいつを止めて、ラムダからもっと話を聞くんだ)

「お前なんか、じいちゃんの作ったスターズじゃない!」
ピップは前進し、狙い澄ましたモルゴンの主砲の一撃を、巨大スターズの機関部に打ち込んだ。

ドン!!

爆発音が響き、巨大スターズがななめにぐらついた。
だが、巨大なスターズはすぐに体勢を戻した。モルゴンの主砲はわずかに機関部をずれていた。
ピップの目には、巨大スターズがモルゴンの攻撃を感知して機関部を守ったように見えた。
(なんてヤツだ。仕留めきれなかった!)
逃げなければ、とピップは操縦桿を切ったが、モルゴンはなぜかほとんど動かなかった。
先ほど切り離された足の一本が、いつの間にかモルゴンの胴体を抑えていた。巨大スターズは防御だけではなく、反撃の準備もしていたことに、ピップは戦慄を覚えた。
そして、巨大スターズは、エネルギーが十分に充填された主砲を、メタルギャランではなくピップに向けた。
「あ……」

ピップにはその巨大スターズの動きが、ひどくゆっくりに見えた。
ピップの視界は色が抜け落ちたように灰色になり、すべてがスローモーションになった。
モルゴンの装甲は薄い。今の状態から回避は不可能だ。メタルギャランもグラディーズも体勢を立て直せていないし、そのほかの味方はまだはるか遠くにいる。

(おれ、死ぬんだ)

ピップは己の死を直感した。
十七年の人生が、走馬灯となって脳裏を駆け巡ってゆく。
両親と自然の中で暮らした穏やかな生活。祖父アダムの職場でアダムや大人たちと活発に議論を交わした日々。アダムとの別れ。<別れの日>のあとの孤独な旅路。ギャランシティで働きはじめたときのこと。

そして、最後に、先ほど出会ったばかりのラムダの姿が浮かび上がった。
(ごめん、じいちゃん。俺、やっと手掛かりをつかんだのに)
だが、浮かび上がったラムダの姿が、なぜかなかなか消えない。それどころか、ラムダはモルゴンに向かって手を振っている。
ピップは目を見開いた。
ラムダが目の前にいるのは現実だった。
そう、いつの間にか、ラムダはピップと巨大スターズの間に入り込んでいた。
「ピップ」
先ほど渡した通信機から、ラムダの声が聞こえた。
ラムダは初めて会ったときと同じように、にっこりと笑った。
「だ、ダメだッ! 逃げろラム……」
ピップの声をかき消すかのように、巨大スターズの主砲がラムダとモルゴンに向けて発射された。

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