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【八人のアダム】 2-4 ディジェノのクロウ

「俺はクロウ。ディジェノのクロウだ。お前、こんなところで何してんだ?」
髪を真ん中分けにしたその男は、ヘルメットを脱ぎながらそういった。

(こっちのセリフだ)
とピップは思いつつ、
「家族を探して旅をしている。スターエネルギーが切れそうなので、近くにシティがないか探していたんだけど、道に迷っていたんだ」
と正直にいった。
「ふーん」
クロウと名乗る男は周囲を見回した。
「ところで、このあたりに虫みてえな形の自律式スターズが来なかったか。手を広げたくらいの大きさのスターズだ」
クロウは両手で大きさを示していった。
「きた」
「そいつらはどうした?」
「倒した。エネルギー不足だったから、どうしてもスターバッテリーが欲しかったんだ」
「倒した? このモルゴンでか?」
クロウはピップのモルゴンをしげしげと眺めた。
「へえ。お前、けっこうやるんだな。どうりで数が足りないわけだ」
「もしかして、あのリルビーはあなたたちのスターズだったのか? だとしたらすまない。急に攻撃してきたので、はぐれスターズだと思ったんだ」
「いや、あれははぐれスターズさ。何機破壊できるかで競っていたんだが、最初に見たときと数が合わなくてよ。スターエネルギー反応を検知してこっちへ向かったら、お前がいたってわけだ」
(やはり、さっきの爆発音はこいつらの仕業か。リルビーを破壊したんだ。いや、そもそも俺とラムダに向かって来たリルビーは、こいつらから逃げてきていたのかもしれない)
ピップはいよいよ警戒心を強めた。
「モルゴンか。懐かしいな。俺も前に乗っていたことがあるぜ」
クロウはモルゴンを見ながらいった。
「弱いけど、悪くないスターズだった。まあ、俺はうっかり壊しちまったんだが」
そういいながら、クロウはすこし寂しそうな表情を見せたようにピップは感じた。だがそれは一瞬のことで、クロウは鋭い目つきとともに、ピップに向き直った。
「おまえ、シティを探しているっていってたな。このあたりには、しばらくはシティどころか集落も何もないはずだぜ。だから俺らも、訓練がてら、はぐれスターズを見つけては狩っていたんだ。それがまさか、こんなところを通るやつがいるとはな。あー、名前はなんて言ったっけ?」
「ピップ」
「ピップ。ここからが本題だ。お前はたしかにただの旅人かもしれない。だが、実は旅人のふりをして、俺たちディジェノの動向を探りにきたやつかもしれない。そういうわけで、俺の仲間は、お前をやっちまえっていっている。あいつらはクズだからな。弱いものいじめが大好きなんだ」
ピップは背中に嫌な汗をかいた。想像以上に厄介な連中のようだ。
(外に出ず、逃げるべきだったか)
とピップは唇をかんだ。
「だが、俺は違うぜ。俺は強いやつにしか興味がないからな。それに、モルゴンをやるのは正直、気分が乗らねえ。モルゴンと俺らの<ダエーワ>とでは、性能も違いすぎるしな」
(こいつらのスターズ、<ダエーワ>っていうのか。もしかすると、オリジナルのスターズなのかもしれない)
ピップはクロウの<ダエーワ>を横目で見た。大きさはモルゴンの二、三倍はあるだろう。分厚い装甲と重厚な機装を備えている。確かに、もし戦闘となればモルゴンでは太刀打ちするのは難しそうだった。
クロウはピップに近寄った。
「だから、お前のモルゴンの中を見せろ。それで、お前がスパイではなさそうなら解放してやる」
「……断ればどうなる?」
「どうなるだろうな。一つ言えるのは、俺らディジェノはみんな気が短いってことだ。俺も含めて」
「わかった、見せるよ。でもちょっと見るだけにしてくれ。家族が乗っている」
「オーケー」
ピップはモルゴンのハッチを開けた。座席には、ラムダが座っている。ラムダはクロウと目が合うと、にっこりと笑って挨拶をした。
「こんにちは! ぼくはラムダです」
「おい。こいつは……」
「お、弟だ。弟のラムダ」
ピップは緊張の面持ちでクロウの表情を見た。とくに疑っている様子はない。
(ちょっと接するだけなら、ラムダは人間の子どもに見えるはず)
ピップはそれに賭けていた。
クロウたちが接近してくる前に、ピップはラムダに言っておいたのだ。
「ピップの身に危険が及ばない限りは、年齢六歳の子どものように振る舞い、自分の弟のふりをしろ」と。

クロウはモルゴンを覗き込みながら、ラムダに話しかけた。
「よう、ラムダ。俺はディジェノのクロウ。元気か? ちょっとモルゴンの中を見せてくれるか」
「はい! でも少しおなかがすきました。ピップ、早く次のシティにつかないかなあ」
(ラムダのやつ、余計なアドリブを入れてきやがる)
ピップは引きつった笑みを浮かべた。
「あー、ラムダ、降りるんだ。クロウさんが中を見たいそうだから」
「はい、ピップ」
「ありがとな、ラムダ。すぐ終わるからよ。これでも食うか?」
クロウは自分のポケットからビスケットを取り出すと、ラムダに渡した。

ピップは慌てた。
(まずい、ラムダがスターズだとバレてしまう)
だが、ラムダはクロウからビスケットを受け取ると、
「ありがとうございます、クロウ」
といって、ビスケットをごくんと飲み込んでしまった。ピップもクロウも唖然とした。
「おいおいラムダ、少しは噛んだらどうだい。まったく、そんなに腹が減っていたのか」
クロウははじめて笑った。
思ったよりも子どもっぽい笑い方だな、とピップは思った。かなり年上かと思ったが、案外、自分と近い年齢なのかもしれない。
「あんま弟にひもじい思いさせんなよ、兄ちゃん」
ピップは首をすくめた。この男は意外といいやつなのかもしれない、と思い始めていた。
クロウはモルゴンの中に入ると、外にいるピップにいった。
「ピップ。このモルゴン、かなりしっかりメンテナンスされている。それに、武装も一通りついている。ただの旅人の装備にしちゃ、いささかしっかりし過ぎてねえか」
「実は、俺はあるシティでメカニックをしていたんだ。だけど、そこでひどい目に遭わされそうになって、このモルゴンで弟と逃げてきた。だから、モルゴンの機装は軍のチューンだけど、スターバッテリーも食料も、もうあまりない。だから、もろもろ補充をできそうなシティを探しているんだ」
「ふーん……」
クロウはモルゴンから外に出た。
「嘘を言っているようには見えねえし、筋も通っている、か」
クロウがピップとラムダを眺めて、何か言おうとしたときだった。

「おい、クロウ。何してんだ、お前」
いつの間にか、もう一人別のパイロットが近づいてきていた。顔面に傷がある強面の男で、銃を手に持ち、ひどく冷たい目をしていた。
「異常がないか、確認し終わったところだ。なんてことはねえ、旅の途中の兄弟だとよ。不審なところはねえよ」
「でも、こんな何もないとこをうろついてるのは怪しいぜ。しかも、このモルゴンはしっかり武装している。アジトに連れてくか?」
「やめとけ。そんな必要はねえよ」
「だがよ」
「おい」と凄んで、クロウは傷のある男を睨みつけた。
「この小隊のリーダーは俺だ。その俺が必要ない、と言ってるんだぜ。どういうつもりだ?」
「……」
しばし、沈黙が訪れた。傷のある男が口を開いた。
「……新入りが、偉そうに」
「ハッ。その新入りに負けたのはどこのどいつだ?」
「あんなのは、まぐれだ。大体、模擬戦と真剣勝負は違う。俺は認めてねえ」
クロウは鼻で笑った。先ほどの幼く見えた笑顔とは別人のようだった。
「へえ、じゃあ、今ここで、やるか? 人皇様には伝えておいてやる。規律を乱して勝負を挑んてきた部下がいたので、粛清しておきました、ってな」
「クロウ、てめぇ…」
なんだかやばい雰囲気だ、とピップが思ったときだった。
クロウの腰のあたりで、ビーっと無線機の呼び出し音が鳴った。クロウがそれに出る。
「……了解。遊びは終わりだ。任務の時間だとよ。戻るぞ」
「ふん」
顔に傷のある男は地面に唾を吐くと、自分のスターズに戻っていった。
「カスが」とクロウは呟き、急にピップの方に振り向いた。
「ここから近いシティはな、百四十度の方角。約四百キロほどのところに、ウィークシティってのがある」
「あ、ありがとう、クロウ」
「それと、ディジェノとここで出会ったことは誰にもいうなよ」
ピップはすこし迷ってからクロウにたずねた。
「ええと、聞いていいことかわからないけど。その、ディジェノっていうのは一体……」
クロウがピップをにらんだので、ピップは慌てた。
「ご、ごめん。聞かなかったことに」
そういいかけたピップを、クロウは手で制した。
「今後のために最低限だけ教えてやる。<ディジェノ>ってのは、人皇様を頂点とした戦闘集団だ。人の手による社会の再構築を標榜していて、自律式スターズはすべて破壊するべき、という理念のもとに動いている。で、まあ見ればわかるだろうが、スターズは高性能。パイロットは気が荒くて、腕に自信のあるやつばかりだ。ま、俺はいずれその頂点に立つわけだが」
そこまで一気にいうと、クロウは一息ついた。
「ようは、ろくでもない組織ってことだ。お前みたいな、ちっこい家族のいるやつが関わるもんじゃねえ。あと、もし今後、どこかでディジェノに遭遇することがあったら、スターズを捨てて逃げろ。絶対に歯向かうな。今回は、運が良かっただけだと思え」
クロウはそう言い捨てると、自分のスターズに戻っていた。

ピップは何も言えなかった。
クロウのいう「自律式スターズはすべて破壊するべき」というものが本当にディジェノの理念だとすると、ディジェノにラムダの存在は決して明かしてはいけないことになる。
そして、好青年であるように見えたクロウが、先ほど傷のある男と対峙したときの目。あれは、必要とあればどんなことでもする、という目つきだった。何かを捨てた人間の目だった。
(もし、クロウたちにラムダが自律式スターズだと露見していたら)
とっさに弟であるというウソをついておいて良かった、とピップは思うのだった。

ピップがそんなことを考えていると、クロウが何かを手に取って引き返してきた。そして、ピップにそれを投げて渡した。
「餞別だ。ピップ、弟を守れよ」
クロウはそういうと、再び自分のスターズに足早に戻って行った。それは小型のスターバッテリーが一個と、二本のシリアルバーだった。
「あ、ありがとう」
「クロウ、ありがとうございます」
ピップとラムダが礼をいうと、クロウは軽く右手をあげて無言で答えた。
そして、クロウたちディジェノの<ダエーワ>三機は発進し、どこかへと去っていった。

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