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【八人のアダム】 2-17 屋上

頭上には満天の星がきらめいている。
廃墟に入ったときはまだ昼過ぎだったが、屋上に出たことでいつの間にか夜になっていたのをピップは知った。昼は暑いくらいだったが、夜は冷え込んでおり、肌寒さを感じた。

「その縁のところに立て」
とワイルドはピップに命じた。
逆らうこともできないため、屋上の縁の部分にピップは立った。柵は壊れており、危うく落下してしまいそうになる。
「なんなら飛び降りてもいいんだぜ。高さは十メートルってところだ。うまく着地すれば、逃げられるかもな」
ザーズがあざ笑うようにいった。
ピップは下を見る。
暗くてよくわからないが、下は廃墟の入り口付近と思われた。
そうであれば、地面はコンクリートの硬い床だったはずだ。仮にここから飛び降りた場合、骨折は免れないだろう。打ちどころが悪ければ死ぬ可能性もある。
それに、下に飛び降りても、ワイルドはスターズに乗っているため、すぐに追いつかれてしまうだろう。

ワイルドはスターズから降りると、銃を取り出して安全装置を外すと、ザーズにいった。
「ザーズ、お前は戻れ。俺はこいつとすこし話をする」
「え、でも父ちゃん、一対一になるのはさすがに危ないんじゃない?」
「俺を誰だと思っている? ティアを見ているブーラの方がよほど心配だ。いいから行け」
「わ、わかった。でも、何かあったらすぐ呼べよ」
そういうと、ザーズはしぶしぶ下に降りていった。

屋上にいるのはピップとワイルドの二人だけになった。二人は五メートルほどの距離に向かい合っている。

ワイルドは銃を片手に持ったまま、タバコを取り出して口にくわえ、火をつけた。そして、おもむろにピップに話しかけた。
「シティへの通信はできなかっただろう。パスワードを設定しておいたからな」
「…ああ」
「準備ってのは、面倒でもしておくに越したことはない。せっかくの脱走が無駄足になったな」
「……」
「いくつか聞きたいことがある。まずは…そうだな、あのモルゴンはどうやって動かしていた?」
「リモートで自動動作するような機能を設定しているんだ。この時計で起動できる」
ピップは左上につけた時計を指し示した。
「はっ、うちのバカ息子どもは、拘束した相手の手を縛るのに、時計も外していなかったか。まったく、あいつらはかわいい我が子だが、気が利かないし頭が悪い」
ワイルドは頭をかいた。
「それにしても、とっさの判断にしてはなかなかだ。ではそのあと、縄はどうやって切った?」
「ティアさんが靴に仕込んでいた刃物で切った」
「大したものだな、あの女は。見た目にだまされてしまいそうになるが、一流の軍人だ。もし、下での格闘のときにそれを使われていたら、うちのバカ息子どもはこの世にいなかったかもしれんな。まあそれはいい、それよりモルゴンだ。本来、自動操縦のような機能はモルゴンにはないはずだ。だとすれば、おまえが自分でそれをセッティングしたのか?」
「ああ」
「さすがはスターエンジニアだな。やっぱり、準備ってのは大事なもんだ。俺は準備を大切にするやつは好きだ」
ワイルドは銃を下ろし、またタバコをスーッと吸って、煙を吐いた。
「モルゴンは大破してねえぞ」
「えっ」
「腕は壊しちまったがな。途中で無人だとわかったし、戦闘用の動きではなかったから、攻撃はやめて強制停止させた。スターズは大事にしないとな。今回の誘拐のために<シルガラ>を三つも犠牲にしちまったしよ」
ワイルドの吐いた煙が夜空に吸い込まれてゆく。ワイルドはタバコの灰を床にトンと落とすと、ピップの顔を見ていった。

「ピップ。俺たちの仲間にならねえか」
「えッ…!!」

思いがけない提案に、ピップはしばらく言葉を失った。それから声を絞り出した。
「どうして、俺を」
「おまえ、自分の家族を、じいさんを探してんだろ。あのアダム博士なんだってな」
「……」
「人を探すなら、仲間がいるに越したことはねえだろう。金も必要なはずだ」
ピップは無言だった。ワイルドは続けた。
「俺たちも同じだ。俺たちには目的がある。そのために、もっと金も仲間も必要だ。それに、マザースターを扱うことを考えても、スターエンジニアは仲間にいた方がいい。どうだ、お互いの利害は一致してんだろ」
「……いくつか質問させてほしい。ここはどういう場所なんだ?」
「前情報の通りだよ。ここはドルグ帝国の軍事廃墟さ。俺は帝国のパイロットだったんでな、ここの存在は知っていて、<別れの日>のあとに根城にしていた。ウィークシティで働くようになる前から、な」
「どうしてこんなことを?」
「ティア=ハートの誘拐か? さっきも言ったように、俺たちは大金が必要なんだ。別にティアに恨みがある訳じゃねえ。理由はお前と同じ、人探しだよ」
「もしかして、あなたの奥さんか」
「ご名答。なんでも察しがいいな。俺たちがウィークシティなんてへんぴなシティにいたのはな、何も好き好んでじゃねえ。俺のかあちゃんはな、ウィークシティで行方不明になったんだ」
「えっ……」
「一年ばかり前のことだ。それまで、俺ら家族は、この廃墟を拠点に適当に盗賊家業で楽しくやっていた。ただ、ちょっと用があって、家族でウィークシティにいくことがあったんだ。そこで、かあちゃんは突然、行方不明になった。俺たちはシティ中を探した。でも見つからねえ。それで、何か手がかりが得られないかと思って、ウィークシティでスターズのパイロットとして働くことにしたんだ」
ワイルドは遠くを見るような目をした。
「手がかりが何も見つからないまま、時間だけが過ぎていった。半分あきらめかけていたときだ。突然、手紙が届いた。三ヶ月ぐらい前のことだ。そこには<私たちは元気です。でも探さないでください。とても遠くにいます>とだけ書かれていた。その字は、間違いなく、俺のかあちゃんの字だった。俺は確信した。かあちゃんは生きている。どこにいるかはわからねえが、生きている」
ワイルドは続けた。
「気が狂いそうだった。こんな小さなシティで、たいした金にもならねえチンケな仕事をしている場合じゃねえって。どこかにいるはずのかあちゃんを探しに行かなきゃならねえのにってな。自分たちの無力さが、つくづく嫌になっていた。そんなときだ。たまたま、ロバート市長の話を盗み聞きして、ティアがホープシティの市長だってことと、ホープシティにマザースターがあることを知った。こいつは大金になるって思ったんだ。今の世界で、マザースター以上に価値のあるものはねえからな。そして、ティア誘拐の計画を考えたってわけだ」
「でも、今回のことで、あんたらはウィークシティにいられなくなるぞ。それでもよかったのか?」
「それは計画が露見したときだろう。俺らはな、ティア=ハートがこの廃墟に潜んでいた強力な自律式スターズにつかまったことにして、シティには嘘をついて戻ろうとしていたんだ」
「潜んでいた強力スターズ…? まさか、本当にいるのか。<シルガラ>以外に」
「そういうことだ。見せてやる。これが俺らのとっておきさ」

そういうと、ワイルドはスターズから何かのリモコンのようなものを取り出し、操作をした。
すると、建物が揺れ、どこかで大きな扉が開くような音がした。
ズズズズ、と轟音が響く。

ピップは目を見開いた。
ワイルドの後方、建物の外側から、見たこともない巨大なスターズがせり上がってきたのだ。

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