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【八人のアダム】 2-10 尋問

「ギャランの犬め、よくもシティに入れたものだ!」
ウィークシティの留置所の取調べ室に、警備兵の声が響いた。
重苦しい灰色の壁に囲まれた室内で、ピップは椅子に座らされ、机に手をつきながら頭を下げ、自分の手にはめられた手錠をじっと見つめている。
ピップの向かい側では、今叫んだばかりの屈強な警備兵が歯を剥いてピップをにらんでいる。
その奥の壁ぎわには、数人の警備兵に守られながら、ロバート市長が苦い表情を浮かべて腕を後ろ手に組んでいる。

格納庫での市長との遭遇のあと、すぐに警備兵が呼ばれ、ピップは市軍の警備室に連行されて取り調べを受けた。氏名、住所などの一次調書が作成され、これから本格的な尋問が始まるところであった。

市長はピップを威圧していた警備兵に目配せをした。警備兵は半歩下がった。市長は自らこの尋問を主導するつもりなのだ。
市長はゆっくりと口を開いた。
「先日の戦いで、我々は貴重なスターズを五機も大破もしくは中破した。死人は出なかったが、私を含めて、怪我人は複数名いる。まさかその張本人が、私のシティに潜り込んできているとはね」
「あのときは、本当に申し訳ございませんでした」
ピップは顔をあげて弁明した。
「ただ、私は、今はもうギャランシティには属していません。ギャラン市長の方針に従えず、シティを逃げ出してきたんです」
「そんなことが信じられるかッ!!」
市長は壁を拳で叩いた。鈍い音が部屋に響く。
ピップは再び下を向いた。
部屋に重い沈黙が残る。
市長はため息をつくと、人差し指で眼鏡を触った。
「よくないな、どうも、感情が昂ってしまいそうになる。まずは、お互いにとって事実といえることだけを挙げていこう。さて、私はつい先日、一週間ほど前か。北東の採掘場で、ギャラン軍に所属する君と、スターズによる戦闘を行なった。そうだね?」
「は、はい」
「そして、私はきみにスターズを半壊させられ、拘束された。銃を突きつけられ、首を膝で抑えられながら、手をバンドで縛られた。……ここまでは間違いないね」
「……はい」
「次に、君の入市についてだ」
市長は部下から渡された一枚の紙を見ながら言った。
「入市申請書類を調べた。これによると、君が入市したのは四日前。書類には、これまでの所属シティや団体などを書く欄があるが、君はギャランシティに所属していたことを伏している。つまり、虚偽を述べていることになる。これについてはどうかね?」
「……ご指摘の、通りです」
「今後は私たちも、もう少し入市審査を厳しくする必要があるのかもしれないな」
市長は部下にそう言いながら書類を返した。
「さて、結論を言おう。入市時の虚偽情報の記載は、我がシティにおいては有罪である。そして、君が数日前まで、ギャランシティの軍に所属していたことも事実だ。よって私は、市長権限において、この場では君の言い分を聞くまでもないと判断する。君にはスパイの嫌疑がある。我々は君を拘束して、収監する」
収監という言葉を聞いて、ピップは色をなした。
「お、お願いです、すこしだけでも説明させてください!」
「それは収監後、取調官に対して、存分にするのだね」
「そ、そんな……」
ピップは天国から地獄に落ちたような気分だった。なるべく市長に会わないように注意しなければならなかったのに、楽しい一日が警戒心を薄れさせていた。
(俺はバカだ。こうならないように警戒して、なるべく早くシティを出るべきだったのに、休日を楽しもうとするから)
ピップは自分のうかつさを呪い、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえた。
ピップが歯を食いしばっていると、部下の一人が市長に近寄って、何かを伝えた。
市長はすこし悩んでから「お通ししろ」といった。

部下は取調べ室の重い扉を開けて、外に待機する警備兵に何かを伝えた。少し間をおいて、
「失礼します」
と言って警備室に入ってきたのは、ティアだった。
ティアは硬い表情のままピップの方を一瞥したが、ピップは思わず目を伏せた。
そして机を見つめながら、格納庫で起きたことを反芻した。

市長の呼びかけで警備兵が集まり、ピップが警備兵たちに囲まれたときだった、
「ロバート市長、待ってください。彼がなにをしたんですか?」
ティアは市長を止めようとしてくれた。しかし、市長は首を振った。
「ティアさん、彼は、ギャラン軍です。彼はあのギャラン=ドゥの部下なのですよ。私は数日前に、彼とスターズで戦闘をしたんだ。彼は、スパイです」
それを言われて絶句したティアの表情と、ピップを見たときの信じられないという目が、ピップの脳裏から離れなかった。
ティアにスパイと思われるのは辛かったし、自分のような人間といたことで、ティアにも宿屋の夫妻にも迷惑をかけてしまうことになるだろう。そう思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだった。

市長はティアに言った。
「彼は収監します。やはり、ギャランシテイのスパイである嫌疑がありますので」
「そうですか」
ティアはすこし考えて、口を開いた。
「ロバート市長、市長たちの受けたことを思えば、市長の対応は実に適切なものだと思います。だが、一つ言わせてほしい。私は彼と昨日会ったばかりで、縁あって今日はともに半日過ごすことになりました。ただ、その短い時間でも、彼がどういう人かは、すこし理解できたつもりです。彼はまっすぐで、正直で、頭の良い青年だ。本当にスパイであるなら、捕まるようなうかつなことはしない」
ティアはピップを見た。
「私は、彼がウィークシテイにきたことには、なんらかの事情があると思っています。一度、彼の話を聞いてくれませんか?」
それを聞いて、ピップは視界が霞んだ。
市長は困惑した表情で答えた。
「しかしですね、ティアさん……」
「部外者である私が、あなたのシティの判断に口出しをすべきではないのは理解しています。ただ、私にとって彼は恩人です。どうか、すこしでも彼の言い分を聞いてみてくれませんか?」
ロバート市長は「うーむ」と唸った。
そしてしばらく考えたのち、言った。
「わかりました。ここはティアさんの顔を立てましょう。ピップ君、だったな。君の事情を話してみたまえ」
「あ、ありがとうございます!」
ピップはウィークシティにくることになった背景と、自身の現在の状況を話した。

採掘場での戦いでは、自分はギャランの命令で戦闘に駆り出されたこと。
ギャランシティを弟とモルゴンに乗って逃げ出したこと。
弟と二人で祖父を探していること。
自分たちの祖父がアダム博士であること。
突然の脱走だったため、スターバッテリーも食料もなく、唯一得られた周辺シティの情報がウィークシティだったこと。
ウィークシティにはあくまで補充と情報収集のためだけにきたこと。
モルゴンはシティの周囲の岩場に隠してあること。
そして、今は宿屋夫婦のもとで住み込みで働かせてもらっているが、夫妻はピップがギャランシティから来たことは何も知らずに雇ってくれており、夫妻にはなんの罪もないこと……。

ピップはできる限り正直に話した。
唯一、ピップが言わなかったのは、ラムダが自律式スターズであることだった。

ピップの話が終わると、ティアが補足をしてくれた。
「私が彼と出会ったのも、宿屋の酒場でだった。彼は真面目に働いていたよ。彼の働きぶりは、ほかの客の証言も得られると思う。また、雇い主である宿屋夫婦に不審がないことは、私も保証します」
市長はしばらく腕を組んで考えたのち、周りにいた兵士に何か指示を出した。それを受けて、何人かの兵士が部屋を出て行った。
おそらく彼らはピップの発言の裏を取るために宿に向かったのだろう、とピップは推測した。宿の夫妻にピップについての話を聞き、ラムダのことも確認するだろう。
(もし、ラムダがスターズだとバレてしまった場合は……)
ピップは唇を噛んだ。

ラムダに助けてもらうべきだろうか、という想像は、捕まった時点からずっとピップの頭の片隅にある。
ラムダならばこの留置所の壁などは難なく破ることができるだろうし、ウィークシテイのスターズや警備では、ラムダを捕えることは難しい。
しかし、それはこの場をとりなしてくれたティアと、ピップとラムダの面倒を見てくれた宿屋夫妻を裏切ることになる。
だから、もし、ラムダが自律式スターズだと露見したときは、ラムダのことも正直に言おうとピップは思っていた。だが、そうなると、市長たちはラムダを拘束しようとするだろう。

ピップがもっとも不安なのは、このときにラムダがどのような行動を取るのかまったくわからないことだった。

ラムダはピップのいうことをすべて聞き入れるわけではない。
ラムダにとってピップは、アダムを探すために必要な人間としてプログラムされているだけなのだ。ラムダにとって重要なのは、アダムの探索とピップの無事であり、そのためなら破壊行為もいとわないことはギャランシティでの戦闘からもわかっている。
ピップが拘束されているとわかれば、ラムダはピップがなんと言おうと関係なく、ウィークシティの人を傷つけてでも、ピップを救出しようとするかもしれない。
それは、想像される中で、最悪のシナリオだった。

(だから、ラムダ、頼む。スターズであることは隠し通してくれよ!

ピップは祈るような気持ちで、ただひたすら待った。

しばらく時間が経過したのち、兵士が戻ってきて市長に何かを伝えた。
市長は口を開いた。
「君の供述は、宿屋の夫妻が言っていることとも一致している。君のいう、弟がいることも確認できた。ラムダくん、だったな。兵士たちにもしっかりと挨拶をしてくれたようだよ」
(スターズだとはバレていなさそうだ)とピップは胸を撫で下ろした。
「さて、どうしたものか」
市長は机を指で叩いた。
しばし部屋に沈黙が訪れたのち、ティアが市長を部屋の隅に呼んで小声でささやいた。
「ロバート市長、例の依頼に彼もモルゴンで参加させるのはどうですか?」
「例の依頼……、まさか、討伐の件ですか!?」
ティアはうなずいた。
「ギャラン軍にいたほどだ。きっと彼はそれなりに腕も立つのでしょう」
「それはまあ、身をもって知っていますが。いや、ただ、彼がモルゴンでそのまま逃げてしまう可能性もあるのでは?」
「ラムダくんをシティで預かっておけばよいでしょう。言い方は悪いが、人質です。彼は弟を置いて逃げるようなことはしないでしょう」
「うーむ。ティアさん、一度別室へ行きましょう」
「わかりました」
そういうと、市長とティアと一部の警備兵は部屋を出て行った。

それから三十分ほど待つと、市長とティアは警備室に戻ってきた。
市長は机に手をつき、ピップにおごそかに伝えた。
「君に、ある依頼をしたい。依頼内容は、あるスターズ討伐への協力。成功報酬として、君の収監は取り消し、拘束状態から開放することを約束しよう」

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