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【八人のアダム】 2-8 デート!

翌日。晴天である。絶好のデート日和であった。
ピップは店主から借りたサスペンダー付きのシャツとパンツを着て、鏡を見ながらその場で一周した。
(悪くない)
「ラムダ、どうかな?」
「お似合いですよ、ピップ」
椅子に腰掛けたラムダは、そういうといつものように微笑んだ。
「よし、行ってくるぜ」
ピップは親指を立てながら、颯爽と部屋を出た。

ピップは店主夫妻に見送られながら、緊張の面持ちで待ち合わせ場所へ向かった。
待ち合わせの場所は、ウィークシティのメインストリートにある噴水広場である。ここはシティの人々には定番の待ち合わせ場所として知られている。ピップは約束の二十分前にはそこへ着くように宿屋を出た。
「デートでは女性を待たせてはならん」という祖父アダムの言葉を思い出して、なるべく早く出かけたのだ。
しかし、ティアはピップより先にすでに待ち合わせ場所に立っていた。
(しまった)
と思うと同時に、ピップはティアが早くに来て自分を待っていてくれたことに感激した。
だが、直後ピップは異変に気がついた。
ティアは一人ではない。二人の男がそばにいて、ティアに話しかけているのだ。
(そ、そうだよな、二人きりで会うなんて約束はしていないもの)
はじめ、ピップは思わず落胆しかけたが、ティアの表情から不穏な事態が起きていることに気がついた。
その二人はティアの知り合いではなさそうだった。
ティアは二人組の若い男からナンパをされているのだ。
(ティアさんを助けなきゃ!)
ピップは深呼吸をすると、奥歯を噛みしめながら、ティアたちに向かって大股で歩みを進めた。
「お待たせしました」
とピップは男たちにも聞こえるように、大きく声をかけた。
ティアはピップに気がつくと、しかめていた表情をすこしゆるめて、二人の男に言った。
「ほら、いったろ。先約があるんだって」
二人の男、痩せた背の高い男と太った男のうち、痩せた男はピップを見ると、鼻で笑った。
「なんだよ、ガキじゃん。俺たちといたほうが楽しいぜ、お姉さん」
(ガキで悪かったな)
ピップが何か言い返そうと思うと、ティアが突然ピップの腕に手を組んできたので、心臓が止まりそうになった。ティアは男たちに向かって言った。
「こういうことだから。あきらめな」
怯んだ男たちが何かをいう前に、ピップは鼻息荒く、胸を張った。
「い、行こうか?」
「うん」
ピップとティアは並んで歩き出した。
二人の男たちは信じられないという顔で、去り行くピップたちを呆然と眺めた。

「ほんっっとうに、申し訳ない。あいつら何度も断っているのに、あんまりしつこいから……」
道を曲がり、若い男たちが見えなくなると、ティアは組んでいた腕を外してピップに謝った。
「と、とんでもないです、お役に立てて嬉しいです」
「ありがとう。いいところに来てくれて助かったよ。じゃあ、気を取り直して、早速だけど店に向かいましょうか」
「はい」
二人は並んで歩き出した。
ピップは隣のティアを改めて見た。
今日は昨日よりもフォーマルな服装である。化粧もどことなく丁寧なような気がした。今日は昨日の香水とはまた別の、清潔感のする良い匂いがした。デコルテの部分で輝く、品の良いネックレスがセクシーだった。
そして、やはり、とても美しい、とピップは思った。

二人はスターズのさまざまな部品や器具を扱うジャンクショップに入った。ピップは店内を興味深く眺めた。
(シティにはこんな店もあるのか)
考えてみれば、ピップとラムダがウィークシティに到着して数日が経過していたが、シティ内を本格的に散策するのはこれがはじめてのことである。ピップはウィークシティに関して何も知らないに等しい。
それに引きかえ、ティアはシティ内を迷いなく歩く姿から、シティのことにかなり詳しい様子だった。
昨日の宿屋の亭主の話からすると、このシティに住んでいるわけではなさそうだが、ティアさんは一体何の仕事をしているのだろう、とピップは思った。

ティアは必要なパーツのメモをピップに見せた。
「こういったものが欲しいと思っているんだ。私のスターズに使っているパーツが劣化して機能性が低下しているので、その代替となるようなものが欲しくて」
「なるほど、ちょっと調べてみますね」
ピップはメモを受け取ると、店主にいくつか質問をして、必要な部品をすばやく選び抜いた。
「元のパーツはありませんでしたが、互換性はこれで満たしているはずです。もし万が一適合しない場合、購入したものが未使用なら無償で返品も対応してくれるとのことです」
「ありがとう。すごく助かるよ。本当にスターズのことに詳しいんだね」
「は、はい。まあ、それほどでも」
「うん、これならきっと大丈夫だ。試してみるよ」
ティアは迷いなくピップが選んだパーツを購入した。
ピップは自分にスターエンジニアの知識があって本当に良かったと思った。
これまでは、どんなにスターズに詳しくても、学校の女子などからはオタクだのマニアックだのと引かれることが多かったが、実社会に出れば、スターズに詳しいことは確実に利点なのであった。
(じいちゃん、ありがとう)
ピップは思わず祖父に感謝を捧げた。

必要なものを買い込んだ後、ティアに誘われて二人は昼食をとることにした。
「いい店があるんだよ」
と言われて案内された場所は、小綺麗なカフェレストランだった。
メニューにあるものはギャランシティでは食べられないものばかりだった。
ピップはキノコとチーズのリゾットを、ティアはレタスとチキンのパスタを注文した。

「へえ、ティアさんは軍のパイロットだったんですか!」
「ああ。<別れの日>はちょうど飛行中で、都市部を離れていたので無事だったんだ。本当に、生き残れたのは偶然だったよ。ところで、ピップ君はどこでスターエンジニアの勉強をしたんだい?」
ピップは念のためアダムの名は隠して、「祖父がスターエネルギーの研究者だったんです」と答えた。
「今は、その祖父を探して、弟と旅をしているんです。前のシティではスターエンジニアをしていて、いろんなスターズの整備をしていました」
ピップはギャランシティの名前は出さないようにした。
「そうなんだ。でも、よかったね、弟さんが一緒にいて。まだ小さいから大変だろうけど、家族がいると励みになるでしょう」
「はい、本当にそう思います。一人でいたときとは、全然違います」
「だよね。私には妹がいるんだ。ほかの家族はみんな行方不明になってしまったけれど、妹がいるから、この二年間もなんとか乗り越えられた。一人だったら、どこかでへこたれてしまったと思う」
「確かに……そうですね。一人だったら、無理だったな」
ラムダに出会っていなければギャランシティを出る決断はできなかっただろう、とピップは思った。
もしラムダとの出会いがなければ、きっと今頃は、ギャランシティであの巨大な自律式スターズの整備をすることを受け入れていただろう。

食事が終わり、二人は店を出た。
ティアはいつの間にか会計を済ませていて、ピップには支払いをさせなかった。
「今日はありがとう、ピップくん。助かったし、とても楽しかったよ」
「こちらこそありがとうございました。食事もご馳走になってしまって」
ピップにとっても実に楽しい時間だった。
ティアはパイロットだっただけあってスターズにも詳しく、ピップは共通の話題があることがうれしかった。
そして、ティアにははやり人目を引く美しさがあった。
デート中、道ゆく男性がティアを見ては振り返るのを、ピップは何度も感じた。
いわゆる美しい女性ということであれば、ギャランシティでもウィークシティでも見かけることはあった。だが、ティアにはもう少し別種の存在感のようなものがあった。周囲に清涼感のようなものを与え、この人の力になりたいと思わせるような、不思議な魅力である。
(まったくタイプは違うけれど、すこしだけ、ギャランさんに似ているかもしれない)
ピップはなぜかギャラン=ドゥを思い出した。

はじめに待ち合わせをした噴水広場までティアが送ってくれるというので、二人は取り止めもない会話をしながらシティを歩いた。
(噴水広場に着かなければいいのに)
ピップにとっては、久しぶりに心から楽しいと言える休日であった。
もしかすると、<別れの日>以来、もっとも心のはずむ時間であったかもしれない。この数時間は、夢のように過ぎていってしまった。
(これで、終わりか)
噴水広場の手前にまで到着し、ピップが何も言えずに無念そうにしていると、ティアが口を開いた。
「えーと、ピップくん、まだすこし時間はあるかい? 無理にとは言わないけれど、もしまだ時間があれば、ちょっと見てほしいものがあるんだ」
ピップはどきりとした。
このあとはラムダと祖父アダムの情報探しをする予定だったが、
「もちろんです、暇です!」
と、二つ返事で了承をしてしまった。
「ありがとう。すこし遠いから、車で移動しようか」
ティアは手を上げて、道路を行くタクシー型のスターズを停めた。

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