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【八人のアダム】 2−22 帝国の仇

(なんというスターズだ)

ワイルドは自分たち四機による集中攻撃を回避する小さいスターズを見て、恐怖を感じた。
<ムーンファルコ>は半壊しているとはいえ、その壮絶な火力はいまも健在である。そこにワイルドたち三人の集中攻撃も加わっているのに関わらず、被弾はいまだに皆無である。
その回避性能と情報処理能力に加えて、あの頑強なムーンファルコを半壊させた攻撃力をも有しているのだ。

(やはり、俺の直感は正しかった。俺たちが加勢しなければ、ムーンファルコは撃破されていた。だが、問題は、俺たちが加わったとてコイツを倒せるのか)

ワイルドは思わず背筋が冷たくなった。

そこへ、ザーズから通信が入った。
「父ちゃん、なんなのあいつ、スターズなの!?」
「そうだ、外見に惑わされるな。だが、見たところあのスターズは接近戦しかできない。距離を保つんだ。我々には近づけさせるな。近づかれたら、やられるぞ」
「り、了解」
息子にそういいながらも、ワイルドはその小さいスターズの攻撃がムーンファルコに集中してることに気がついていた。
自律式スターズは命令に忠実なものだ。おそらく、あのスターズは、ピップからまずムーンファルコを撃破するように言われているのだろう。あの小さなスターズの攻撃がワイルドたちに向けられることは、現状では一度もない。

(だが、ムーンファルコが倒れれば、狙われるのは俺たちだ。そうなれば勝ち目はない。しかし、なぜこれほどのスターズをあんなガキが隠し持っていたんだ)

ここまでの性能をもつスターズは、戦場経験豊富なワイルドでさえ目にしたことがない。このスターズがどの国に所属していたのかは定かではないが、おそらく最高機密レベルの存在なのだろう。
と、そこまで考えたところで、ワイルドの脳裏には大戦末期に軍の中で噂になったある話題がよぎった。

ーアダム博士が開発に関わったとされる連合国の超高性能な自律式スターズにより、<黒き龍>が撃破されたらしいー

ワイルドの上官はその噂を否定していた。
しかし、<陸空混成第三機兵隊>、通称<黒き龍>と呼ばれる、ドルグ帝国において最強とも称された精鋭部隊が壊滅したのは事実であることを、ワイルドは独自の情報網により知っていた。
そして、これまでは有人の機体が戦力の中心であったドルグ帝国が、独自の自律式スターズの開発を急加速させたのは、この<黒き龍>壊滅後すぐのことだった。
その結果、数ヶ月後に<ムーンファルコ>がワイルドの部隊に送られてきたのだ。
そのことからも、ワイルドは<黒き龍>を倒したのは自律式スターズであることは真実だろうと考えていた。
ワイルドはあらためてモニタにわずかに映るスターズを睨んだ。

(これほどのスターズを開発できるのは、とてつもない科学力と資金をもつ存在であるはずだ。だとすれば、アダム博士はその筆頭候補だろう。そして、あのガキ、ピップは自分をアダム博士の孫とか言っていたな。ま……まさか!)

ワイルドは目を見開いた。
点在する情報が線になる。ワイルドは寒気を覚え、同時にそれを超える興奮を感じて思わず叫んだ。

「まさか、お前なのか!? 帝国の<龍>たちを殺したのはッッ!!」

ワイルドのスターズの放った攻撃が、ついに小さいスターズの体をかすめた。
損傷はなさそうだが、そのスターズがわずかによろめいたのをワイルドは見逃さなかった。ワイルドは息子たちに通信を送った。

「ザーズ、ブーラ、いけるぞ! あのチビ、馬鹿げた回避性能だが、ボディは弱い。直撃させればやれる。次が勝負だ、タイミングを合わせて集中攻撃を行うぞ!!」
「了解だヨ、父ちゃん!」
「よっしゃ、盛り上がってきたあ!」

ワイルドは操作盤を使ってムーンファルコの戦闘モードを切り替えた。
ムーンファルコの状態表示が<攻撃>から<殲滅>に変わる。攻撃対象に最大限の集中攻撃を行う形態だ。これにより、ムーンファルコはエネルギーを出し尽くしてしまうことになる。今後は使い物にならないかもしれない。しかし、今はこの戦闘の勝利を最優先すべきだとワイルドは考えた。

命令を受けて、ムーンファルコが最後の力を振り絞るように、攻撃を繰り出した。
幾多ものビームが宙を走るが、小さいスターズはそれを空中で旋回しながらかわしてゆく。
「ブーラ、ザーズ、交互に撃ち続けろ! ここでエネルギーを使い果たしても構わん!」
「了解!」
指令を受けて、ブーラとザーズが順に攻撃を放つ。小さいスターズはそれも回避する。
ワイルドはその動きを見ながら、小さいスターズに若干クセのようなものがあることに気がついていた。

(そうだ。お前は、そこで一度、下に降りるはずだ。その瞬間を)

小さなスターズが照準に出入りする。ワイルドはトリガーに手をかけた。

(帝国の仇を、この俺が討つ)

ワイルドは感じたことのない感情で胸が高鳴った。そして、自分のような人間にも愛国心があったことに驚きを感じた。

しかし、次の瞬間、ワイルドの乗機<クライブン>が警報を鳴らした。自機がロックオンされていることを感知したときに鳴る警報である。
「父ちゃん危なイ、狙われてるヨ!」
ブーラの通信が聞こえたが、ワイルドは構わずにトリガーを引いた。

同時に、轟音とともに強い衝撃を受けて、ワイルドの機体は吹き飛んだ。シートベルトがワイルドの体に食い込み、鎖骨がきしんだ。いくつかの爆発音が聞こえ、視界は閃光で白く埋まった。

(被弾した!? だが直撃ではない! 俺の攻撃はどうだ? あのスターズを捉えたか?)

ワイルドは必死で体勢を立て直し、ひび割れたモニターを確認した。
だが、そこで目に映ったのは、何かしらの砲撃を受けて、大きく損壊するムーンファルコの姿だった。

(バカな、ムーンファルコ! 誰に撃たれた、ピップのモルゴンか!?)

ワイルドはカメラを上下に振った。すると、上空を通り抜けていく<ティターニア>の機影が確認できた。

(<ティターニア>だと? ムーンファルコと俺を撃ったのはあいつのミサイルか。いや、それよりあの小さいスターズは)

そのとき、ワイルドの目に、矢のように飛翔する光が上空から滑空してくるのが見えた。
そして、その光は、美しい線を描きながらムーンファルコに突撃し、ムーンファルコの機関部をえぐって貫通した。
いうまでもなく、その光は、あの小さなスターズだった。

機関部を破壊された<ムーンファルコ>が、燃え上がりながら崩れ落ちる。
ワイルドたちにとっては、<別れの日>から二年間、守り神のような存在であった<ムーンファルコ>、その巨体が地面に落下してゆく。スター回路は破壊され、もう機体の重量を軽減していない。数十トンを超える金属が地面に激突し、轟音と衝撃と煙が周囲に広がった。

ワイルドは煙の中、燃えるムーンファルコを明かりにした逆光の形であるが、改めてその小さなスターズの姿を凝視した。

その小さいスターズは、やはり人間の子どものような見かけをしていた。というより、外見は完全に人間の子どもだった。
激しい戦闘の最中にありながら、穏やかな笑みを浮かべているその表情に、ワイルドは戦慄を覚えた。

小さいスターズはワイルドに向き直った。
ムーンファルコが倒れ、ターゲットがワイルドたちに切り替わったのだろう。
しかし、ワイルドの<クライブン>は被弾時の損傷により、ほとんど動けない。

「父ちゃん、何やってんだよ、逃げろ!」
「父ちゃんッ、逃げてエ!」

二人の子どもがワイルドを守るように前に立ちはだかり、その子どものようなスターズに攻撃を仕掛けた。
小さいスターズは二人の攻撃を難なくかわすと、上空で急旋回して、ザーズのスターズ、<モルスラッグ>の横方向へ回った。あまりの速さと漂う煙のせいで、ザーズは自分が狙われていることに気がついていない。

「やめろ! やるなら俺をやれ!」

ワイルドは叫んだ。
鈍く大きな金属音が、夜の砂漠に響いた。

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